第9話 ギルド結成(前篇)
サツキはこの世界での自分の居場所を見つけることができて幸せだった。
さすがに昨日の戦いがハードだったので、今日は休養日にしようということで三人の意見は一致し、昼食の後は滝壺から回収したインゴットクエストの報告に行ったり、ニルたちに教わって競売所に『蜘蛛の糸』を出品したりと、のんびりとすごした。
クエストでは報酬としてかなりのお金と経験値を貰えたし、蜘蛛の糸も即完売してかなりの儲けとなった。
「じゃあ『女帝蜘蛛の毒』はまだ永久付与していないんですか?」
「うん。せっかくだからもう少し良いダガーを買ってからにしようと思ってねー」
「それに昨日、回復薬が付与された杖を使い切ってしまったので、今日はそちらを新調するために永久付与を使ったんです」
ミンクスのメインストリートをそんなことを話しながら歩いていると、不意に声をかけられた。
「あれっ、ニルじゃない? それにティムも。二人とも久しぶり」
サツキたちが振り向くと人間の女性が立っていた。金髪の色白美人で、スタイルも完璧だった。
サツキが彼女のステータスを調べると名前は『Silvia』、ギルド名は『Atlantis』、その他の情報は当然のように隠された状態となっている。
「ああ、シルヴィア。……久しぶり」
「シルヴィアさん、お久しぶりです」
ニルとティムの知り合いらしい。サツキも会釈をする。
「二人ともまだミンクスにいたんだ。レベルはいくつ?」
「んー、たいして変わってないよ」
「もう現実世界で忙しいってことはないんだから、ガンガン上げればいいのに」
「……そだね」
サツキはわずかなやりとりを聞いただけで、このシルヴィアという人物に反感を覚えた。
ニルたちのレベルが低いままなのは、二人のジョブが戦闘向きではないからだし、現状では戦闘不能になるリスクをさけるために慎重にならざるをえないからだ。
いつもは明るく快活に話すニルの歯切れが悪いのも、シルヴィアのことをあまり好意的に思っていないからだろう。
そんなニルに代わってティムが会話を引き継ぐ。
「シルヴィアさんはどうしてミンクスへ?」
「他の都市で受けたクエストの用事でミンクスへ来たの。あとはギルドマスターに頼まれたちょっとした野暮用」
「信頼されていますね」
「そうでもないけど」
ティムの態度はサツキたちと話している時とまったく変わらない、大人だなあとサツキは感心した。でもそうするとニルが子供っぽいということになってしまう、ニルに知られたら怒られるだろう。
サツキがそんなことを考えているとシルヴィアと視線が合った。あからさまに値踏みをするように見られて居心地が悪い。
「ふーん。この子が今のお仲間?」
「サツキさんです。私たちの命の恩人ですよ」
「へぇー。それは凄い」
凄いと言いつつどこか馬鹿にするような響きがあった。現実世界でもこういう人は苦手だったなあとサツキが思っていると、ニルがいきなり手を叩いた。
「あっとシルヴィアごめん。あたしたち用事があるんだった、またね。サツキ行くよ」
そう言い残してスタスタと歩み去る。
サツキも慌ててシルヴィアにお辞儀をすると、その後を追った。
「サツキ、ごめん」
ニルに追いつくと小さな声で謝ってくる。
「そんな。別にニルさんが悪いわけじゃ」
「昔のギルドメンバーなんだ」
「そうなんですか……」
現在ニルとティムはギルドに所属していない。以前はあの『Atlantis』というギルドに二人も所属していたのだろうか。だとしたらなぜ辞めたのだろう。聞きたいことはいろいろとあったが、サツキは黙ったままニルの後を歩いた。
ニルは冒険者の宿の、自分たちの部屋に戻ってからも、何も言わずに黙り込んだままでベッドに寝そべっていた。サツキも部屋についてきて、窓際の椅子に座っている。
そのまま無言の時間が流れたが、部屋の扉が開いてティムが入ってくると、それを待っていたかのようにニルが叫んだ。
「あーっ、ほんっとアタマにくる!」
「まあまあ、あの人は以前からあんな感じでしたよ」
「なんであんたはそんなに冷静かなー」
「私までニルさんみたいだと困るでしょう?」
「ふーーーんだ!」
ニルの態度はまるで拗ねた子供のようだったが、サツキには愚痴らずにティムが帰ってくるまで待つあたり、ニルも自制しているのだろう。
ティムはニルをなだめると、サツキに対して謝ってくる。
「サツキさんすみません、嫌な目に遭わせてしまって」
「わたしは全然気にしていません。――あの、以前、同じギルドだったとか」
「ええ、『Workaholic』という社会人を中心としたギルドでいっしょでした」
ということは、二人が『Atlantis』を辞めたということではないらしい。
「そのギルドはどうされたんですか?」
「名前からもわかるとおり、基本的には仕事で忙しい人たちが集まってできたギルドだったんです。と言っても特に加入条件はありませんでしたので、社会人じゃないメンバーもいましたが。さっきのシルヴィアさんも学生さんだったはずです」
「ウソウソ、あれはニートよニート、異常な速さでレベル上がってたし。そんでもって絶対ネカマ。だってファッション誌のことも化粧品のブランドも知らなかったもん」
まだ機嫌の直らないニルが横やりを入れてくる。
(わたしもファッション誌や化粧品のこと詳しくないな……)
サツキは現実世界でのことを思い返した。華やかなクラスメイトを横目で見て、いつも目立たないように過ごしていたあの頃の自分を。
考えに沈んでいたせいでティムの話を少し聞き逃していた。
「――というわけであの日以前にすでに人が少なくなっていたんですが、残っていたメンバーもシルヴィアさんのようにレベルの高い人は、フォーチュンの噂が流れると大きなギルドに移籍しましたね」
「ティムさんたちは、新しくギルドに入ろうとはしなかったんですか?」
「私たちはいつも二人でいっしょにいますから人恋しさがなかったですし、そもそも入れてくれそうなギルドもありませんでしたからね」
確かに二人のレベルは高くないが、ティムの知識と温厚な人柄、ニルの人を引っ張る力とポジティブさは、どんな集団にあっても貴重なのではないかとサツキには思えた。
するとそれまでずっとベッドに寝そべっていたニルが急に起き上がった。
「そうだ、あたしたちでギルドをつくろう! そうすればいつでもギルドチャットで話せるから、今日みたいにサツキが不安になることもないし」
それはサツキにとって嬉しいことだった。
だが同意してくれるものと思っていたティムが困った表情を浮かべている。そのティムの顔を見てニルも何かに気づいたようで、慌てて前言を撤回しだした。
「あー、べつに常時パーティを組んでいればギルドは必要ないか……。エリアが離れるとパーティ解消されちゃうけど……。まあ、たぶんなんとかなるでしょ……」
言っていることが矛盾しているし、歯切れも悪くニルらしくない。
サツキは直感的に、二人が新しいギルドをつくりたくない理由が自分にあると悟った。
「あの、わたしはお二人といっしょにいられるだけで満足ですから……」
そうは言ったものの、声に力がないのが自分でもわかる。
部屋の中に重苦しい空気が流れた。
「んと、サツキ。わかってると思うけど、あたしたちはあんたといっしょのギルドがイヤだって言ってるんじゃないよ。ただちょっと事情がさ……。あ”ーっ! もう本当のこと言っちゃっていい?」
「ええ、その方がいいでしょう。変なわだかまりができて、サツキさんとの信頼関係が壊れる方が問題です」
本当のこととはなんだろう。サツキは何が語られるのか不安になった。
「ティムとちょっと話し合ったんだけどさ、サツキは将来的には大きなギルドに入るべきだと思うんだよね。サツキの性格や能力的にもそれがふさわしいし、何よりもフォーチュンを目指すっていう目的のためにね」
ニルはサツキの顔を正面から見て真剣な表情で話し続ける。
「それで、今ここであたしたちとギルドをつくっちゃうと問題がふたつ出てくるのよ。ひとつはすでにギルドに加入している人間はスカウトされにくいっていうのと、もうひとつは、あんたがあたしたちに遠慮してギルドを抜けづらくなるっていうこと」
サツキは最初、ニルが何を言っているのかわからなかったが、徐々にその意味が頭に浸透してくる。
「……それは、ニルさんたちは将来的にはわたしと別れたいっていうことですか?」
「ちがう、ちがう! あくまでもギルドが別っていうだけでサツキとの関係は何も変わらないよ」
本当にそうだろうか。そうなったらニルたちはサツキから離れて行くのではないだろうか。サツキが何も言えずにいるとティムが静かな声で話しかけてきた。
「サツキさんはフォーチュンを見つけようと思っているのですよね?」
「いえ、そんな確固たる信念があるわけじゃなくて……。ただフォーチュンがこの世界から脱出できるためのカギなのだとしたら、それを見つけるためにできる限りの努力はするべきだと思うんです」
「……なるほど。やっぱりサツキさんは素晴らしいです」
ティムに面と向かってそんなことを言われると、サツキとしては困ってしまう。
「サツキさん、はっきり言いましょう」
「は、はい」
「私はフォーチュンについて懐疑的です」
「……え」
「勘違いしないでください。フォーチュンが存在しないとは言っていません、おそらくはあるのでしょう。ただしそれが噂されているような希望の光とは思えないのです。そしてそれが――私とサツキさんの違いです」
「……どういうことでしょうか?」
「私には可能性があってもそれを信じることができないのです。そして信じることができる人間の隣に、信じることができない人間がいてはいけないと思っています。これが私たちとサツキさんが、いつかは違う道を進むべき理由です」
ティムが話し終えると部屋が静寂につつまれた。その沈黙を破ってサツキがかすれた声をだす。
「……納得できません。わたしがフォーチュンを信じているのは、単にわたしが馬鹿だからです。ティムさんが信じていないのは頭が良いからです。ただそれだけのことなのに、お二人と別れるとかそんなのは絶対に嫌です」
「頭の良し悪しではありません。信じられるかどうかは心の強さの問題です」
「そんなの知らないっ!!」
サツキは叫んだ。
「わたしは、わたし自身がどれだけ弱い人間か知っています。現実世界にいる時の自分がどんなに駄目な人間だったかも。強いなんて言われたこと……一度だってない……。お願いです、わたしといるのが嫌なら、はっきりとそう言ってください……」
最後のほうになるとボロボロと涙をこぼしていた。ほんの数時間前に、もう二度と泣かないと誓ったはずなのに。サツキは自分を本当に情けない人間だと思った。
ニルがそっと寄り添うと、サツキの頭を抱きかかえる。
「サツキ。あたしもティムもあんたといるのがイヤだなんてこれっぽっちも思ってないよ。それはあんたにだってわかるでしょう?」
「……わたしはニルさんたちと離ればなれになるくらいなら、フォーチュンなんて見つけたくありません」
ニルはしばらくサツキの頭を撫でていたが、最後に軽くポンと叩くと明るい声を出した。
「わかった。あたしもあんたとずっといっしょの方がいいや。だからあたしたちのギルドをつくろ。ティムもそれでいいよね?」
ティムは何も言わずに頷いた。
「ただしサツキに、ひとつだけ条件をだすからね」
「条件――ですか?」
どんなことでもニルたちといっしょにいるためならばクリアしてみせる、そうサツキは決意する。
しかしニルの条件はサツキの予想を超えていた。
「サツキがギルドマスターになること」




