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世界最弱の希望  作者: 人鳥
終章『本当に勇者なら』
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第二十一話『約束と決意』

 案内された部屋は、本当にぼくひとりが使っても良いものか悩んでしまうような広い部屋だった。だが用意されているベッドはひとつだし、ダブルではなくセミダブルのベッドだ。他に寝具が準備されていないところを見ると、やはりこの部屋はひとり部屋なのだと納得せざるを得ない。

 広い。

「ヒジリさん、おかえりなさい」

 部屋に入ったところで、ドアを閉めた『彼女』が震える声で言った。『彼女』のほうへ向き直り、もう一度「ただいま」と笑う。体はずっしりと重いが、このまま寝るような気分にもなれない。気を抜けば寝てしまいそうだが。

「あの人……えっと、チサさんなんですけど」

「か、彼女に何かあったの?」

 ふるふると首を振って、慌てた様子で「そういうわけじゃないです!」と『彼女』は否定した。

「そうじゃなくてですね、チサさんの処置は終わったのであとは目を覚ますのを待つだけだそうです」

「よかった……」

 彼女が助からないなら、なんのために頑張ってきたかわからない。彼女と会って共に旅を続ける内に、ぼくは彼女のために頑張ることを考え決めた。彼女を失うなんて考えられない。

 片腕を失ってしまったけれど――生きていてくれるならそれでいい。たとえこの旅の『本当』の終わりで別れてしまうとしても。ぼくは彼女のために戦い抜くと決めたのだから。

「ここに座って」

 部屋にひとつしかない椅子を、ベッドの前に置いて『彼女』をそこに座るように促した。ぼくはベッドに椅子と向き合うように座った。『彼女』はぼくの記憶よりも髪が伸びていた。

「はい」

 『彼女』は行儀よくぼくが促した椅子に座った。

「ごめん」

 口をついて出たのはそんな言葉だった。本当はもっと楽しい話をしようと思っていたのに、いざ話そうとするとそんな言葉は出てこなかった。

「どうして謝るんですか? ヒジリさんが謝ることなんて何もないじゃないですか。むしろ称賛されるべきことをしたんですよ」

 そうなのかもしれない。ゼノ(Xeno)を倒したと言うのは、きっとその価値があることなのだろうと思う。けれどぼくはそれでも――『彼女』に謝らなければならない。

「きみの家族を守れなかった。ぼくの力が及ばなかったせいで……アランさんを死なせてしまった」

 どれだけ時間が経っても、あの村でのことは忘れられない。たとえ元の世界に戻っても、重くぼくの心の中に残っているのだろう。そうであってほしい。元の世界に戻って忘れてしまったなら――もしくはこの旅が無為なものになってしまうような気がする。

 『彼女』は一瞬目を開いたけれど、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。

「それはヒジリさんが気に病むようなことじゃないですよ。父の力では魔を倒せない。けれどヒジリさんがいたから騎士団が到着するまで持ちこたえ、村は守られました。ヒジリさんがいなければ村がなくなっていたかもしれません」

「でも……」

「わたし謝るなら……そうですね、ヒジリさん。約束を覚えていますか?」

「約束……?」

 『彼女』はにっこりと笑ってうなずいた。

「はい。ヒジリさんがいた世界のことをお話してもらう約束をしていました」

「ああ……。そうだったね。うん」

 『彼女』の目は好奇心で輝いていた。

「ぼくの世界は――」

 話し始めると、『彼女』は「おー」とか「ええっ」とか、なんとも小気味良いリアクションをしながら聞いてくれた。あまりに聞き上手で、ぼくの舌は滑るように話を続けた。『彼女』は特に学校の話や都市の話に興味を示していた。

「まるで夢みたいな世界ですね」

 そう言って『彼女』はくすくすと笑う。だからぼくも笑って、

「でも魔法がないからね。あっちからするとこっちも夢のような世界だよ」

 と返すのだった。

 一体いつまで話していたのだろうか。いつの間にかぼくの意識はまどろみに呑まれ、眠りに落ちた。その夜の眠りは、誰かに抱かれているような安心感があった。


 翌日、『彼女』に起こされて謁見の間に案内された。『彼女』は謁見の間には入らず、「仕事がありますから」と言ってどこかへ行ってしまった。

 扉を開いたぼくの目に信じられない光景が映った。

「なん……で……」

 謁見の間にはレミアさんとエヤスさんの他に、三人の人物がいた。

 ひとりは千紗。一体どんな回復力だというツッコミを許さないほど顔色も良く、本当に昨日まで意識を失っていたのかと疑いたくなる。ただ片腕を失っているその姿が、昨日までのことが夢ではないと告げている。

 もうひとりはエレナさん。千紗を召喚した人物だ。ぼくたちがゼノを倒したのを機に、エヤスさんの転移魔法で招集されたのだろう。

 そして最後。ローズさんがいた。いやそこまでは良い。ローズさんは『彼女』の親だし、〈揺光〉を返さなければいかない。だが、その服装が問題だ。彼女は和服を着ていた。

 そしてエレナさんとローズさんがこの場にいること……それにぼくは絶句したのだった。予想外も予想外。驚きと喜びがない交ぜになって、ぼくから言葉を奪ったのだ。

「千紗! もう大丈夫なの?」

 千紗の元に駆け寄り、彼女の手を取る。彼女はいつものはつらつとした笑みを浮かべて「うん」とうなずいた。

「心配かけてごめんね。あたしは魔力さえあれば多少の怪我じゃ死なないから」

 死ねないから――と、彼女は笑う。

「千――」

「ヒジリ」

 言いかけたところで、レミアさんの声が飛んできた。

「貴方を元いた世界に戻したいと思います。礼もろくにできませんでしたが、元の世界に帰すことが私にできる最大の礼だと思いますから」

「待ってください」

 こんなことを言われると思わなかったのか、レミアさんはきょとんとぼくを見た。

「千紗は……千紗はどうなるんです? ぼくはこのまま帰れますが、千紗は……」

 千紗は術式の影響で魔力なしでは生きられない。その体を媒介にするという滅茶苦茶な術式のせいで。

「あたしは……」

「チサのことは私がどうにかしよう。私としてもこの子をこのままにしておくのは不本意だ」

 ぼくの訴えに応じたのはエレナさんだった。千紗はエレナさんの手をとって握った。エレナさんは千紗を見上げ、「無茶をさせて悪かった」と頭を下げた。千紗はそんなエレナさんに笑みを返した。

「他に何かありますか? ヒジリ」

「はい、ひとつだけ」

 ローズさんに向き直る。和服を着ているローズさんは、改めて見てみればどう見てもこの世界の人とは違う雰囲気を持っていた。

「ただいま」

 それでもぼくはあえて、そこに触れようとは思わなかった。その代わりにぼくはローズさんとの約束を果たす。必ず帰ってくる――そう言ってササ村を出た、あの時の約束を。

「おかえりなさい」

 ローズさんは優しく微笑み、ぼくの頭をくしゃくしゃと撫でた。そしてぼくに一歩近づいてその両の手でぼくを抱擁した。

「ローズ……さん?」

「おかえりなさい……おかえりなさい……」

「ただいま……」

 ローズさんはぼくを抱いたまま、離そうとはしなかった。もしかしたら今は顔を見られたくないのかもしれない。ぼくを抱きしめるこの人の体は、かすかに震えていた。

「ローズさん。〈揺光(ようこう)〉をお返しします」

「ええ……でも、その前にやらなくちゃいけないことがあるみたいよ」

「え?」

 ローズさんはぼくを離して、視線でぼくの後ろを示した。振り返ると、残った左腕にはめた〝武神〟に青い光をたたえる千紗がいた。

「……千、紗?」

 なんで。

 なんで千紗が〝武神〟を発動させている。どうしてその手にキューブを握っている。なんで。どうして。

「聖」

 千紗の顔に笑みはない。ただ真剣に、これから戦いに赴く戦士のような目でぼくを見据えている。だから――どうしてそんな目をぼくに向ける。ぼくと千紗は仲間のはずだ。相棒のはずだ。

 一緒に苦難を乗り越えた仲間のはずだ。

「あたしと手合わせしてくれないっすか? これがあたしの最後のわがままっす」

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