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世界最弱の希望  作者: 人鳥
終章『本当に勇者なら』
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第十八話『決着』

 最悪のタイミングだ。

 なにもこのタイミングで目覚めることないじゃないか。

 ゼノ(Xeno)――最強にして最凶の魔が目覚めた。

「やはりお前は面白い。我にここまでの傷を負わせたのは、お前が――お前たちが初めてだ」

 ゼノは千紗を一瞥し、千紗を含めるように言い直した。

「だがそっちの娘は、どうやら戦力としては物足りないらしいな」

「そんなことは……ない」

 千紗がいたからこそここまで来られたし、千紗がいたからこそ勝つことができた魔がいる。今回だって、千紗がいたからこそこの状況まで持ってこれたんだ。もしひとりなら、ぼくはとっくに負けている。死んでいる。

「お前がそう思うのなら、そうなのだろうな。……ところでその娘、お前のなんだ?」

 血が滴る右腕で顎をかきながら、ゼノは世間話のように言う。

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だ。前も一緒にいただろう? 我を狩るための傭兵か? とはいえ、前回は役立たずそのものだったようだが」

 ゼノはあくまで戦意や殺意をぼくへは向けず、あからさまな興味本位で話し続ける。

「それでもその娘はお前の名を呼び続ける。その娘、お前のなんだ?」

 ぼくは言葉に詰まった。ゼノがそんなことを聞いてきたのも意外だったけれど、改めて聞かれると彼女がぼくにとってなんなのか――その質問に答えることができないからだ。

 言葉が出てこない。

「千紗は……」

 やっとの思いでそれだけを言う。こうしている間でも、千紗はぼくの名を呼び続けている。

「彼女はぼくの相棒だ。一緒に旅をしてきた大切な仲間だ」

 彼女を形容する言葉はきっと、これがもっとも適切だろう。ぼくはずっと彼女のことをそうだと思ってきたし、きっと彼女もそう思ってくれていたに違いない。ぼくは彼女のためになら命を張れる。

 ぼくは彼女のために戦うことを決めたのだ。

「……ふん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「は?」

「止血だ。早く止めぬと死ぬぞ、その娘。我をそこらの安っぽい魔と同じにしないでもらおうか」

 どうして――と思ったが、この魔は心が読める。ぼくが口に出さなくても、ぼくの考えていることは文字通りお見通しなのだ。

「そういうことだ」

 だがぼくは彼の思考を読むことはできない。だからこれが罠で、ぼくが止血の作業に入った途端に襲いかかってくる可能性も否定はできない。ゼノがそんなことをしないとは言うが、信用できるはずもない。

「人は窮屈なものだ。ならば問うが、このまま我と戦い続けて娘を失うのと、娘を止血したうえで我と戦い、その娘の体力を信ずるのではどちらが良い?」

 ぼくはそこで考えるのをやめた。ゼノからは目を離さず、千紗へと駆けよる。ぼろぼろになったぼくの上着を〈揺光(ようこう)〉で裂き、千紗の二の腕の付け根をきつく結んで止血の処置をする。だがあまりに傷が大きく、まだ血は止まりきっていなかった。何か棒状の物はないかと探しながら、ゼノの様子を視界の端でうかがう。ゼノは退屈そうにぼくたちを眺めるだけで、何かをしようとはしていない。

「我を気にする暇があるのなら、早く目的のものを見つけるほうが先だろう。目的を見誤るな」

 ゼノは一体何を考えているのか――あの名もない魔のような理解不能なそれではなくて、この考えが読めない感覚は怖い。単純にわからないだけならば警戒を怠らなければ、それはある程度恐れを弱められる。だけど、こういう理知的なわからなさは、どれだけ警戒しても駄目だ。

 迷う思考を振り払いながら、少し離れたところから太めの木の枝を持ってきて、それを使って千紗の腕に巻いた布をさらにきつく締めた。そうしてようやく流血が収まった。

「どうして待ってくれたんだ」

 処置を終えて、もう一度ゼノと向き合う。ゼノはさっきと変わらない様子で、けれど、にわかに殺意を発し始めていた。

「二度と失わぬように」

「……どういう意味だ」

「お前にはわからぬ。知る必要もあるまい」

 そう言って、ゼノは構えをとった。前傾姿勢で、いつでもぼくに仕掛けることができる体勢をとっている。

 ゼノを斬った時に流れ込んできた『記憶』が、ぼくの頭をよぎる。

「剣が鈍る」

 呟いて考えを打ち消し、ゼノに〈揺光〉の切っ先を向けた。それが開戦の合図だった。ゼノの右腕に光が収束を始める。そこに集まる光は徐々に強く輝き、集められた力に共鳴するように空気が振動する。

「させない!」

 この魔法は知っている。

 前回の戦いで使われそうになった魔法だ。あの時はどういうわけか、またあの状態に戻って魔法が中断されたけれど、今回のゼノは安定している。あの時のように戻ってしまうということはないだろう。

「前回はうまく出なかったが、今回はそうなるまい。今一度その身に受けろ!」

 突き出された右の手。

「〝揺らめく光〟」

 光が――弾けた。

 とっさに〈揺光〉を前に構えて、魔力の衝撃に耐える。ある程度効果はあったようで、〈揺光〉が魔力を吸収しているのを感じた。〈揺光〉の刀身が、魔法による光の奔流にも劣らぬ光を発している。

「光だけ――とでも」

 光の後に襲ってきたのは衝撃だった。立っていられないほどの衝撃に圧され、〈揺光〉を地面に突き立ててぎりぎりのところでこらえる。光が弱くなっても、ぼくを襲う衝撃は弱まることを知らない〈揺光〉が吸収するのは、あくまで魔力だ。その()()を吸収することはできない。

 この光も衝撃も、魔力によって生み出されたものではないということだ。

 これらはその結果。

 ゼノの魔法によって抑圧された魔力が解き放たれ、それによって光と衝撃が生まれた。〈揺光〉では消せない。

「ぐっ……」

 衝撃が弱まりを見せ、ぼくはようやくゼノの姿を確認することができた。ゼノはさっきと変わらない場所に、変わらない姿勢で立っている。だが、ひとつだけ違うことがあった。

 その背に――いくつかの光球が浮かんでいた。

 白い輝きを持ったそれらの球は、ゼノの後ろでふわふわと待機している。

「さて……」

 ゼノが大きな口をゆがませる。

「それが〝揺らめく光〟か」

 さっきまでの光も衝撃も、あの光球を作るために生じたものでしかない。

 六つ。

 あの光球は六つ浮いている。

「同じ〝揺光〟の名を冠す剣と魔法。どちらが上か決しようではないか」

「知ってるはずだろ」

「その〈揺光〉のことか。そんなことは百も承知だ。だが……」

 そう言って、ゼノはふと視線――とはいえ、目はない――をそらした。ゼノの顔が向いている先には、手入れの行き届いた墓がひとつあるだけだ。

「……お互い引けぬだろう?」

 ぼくも無意識に千紗を見た。もうぼくを呼んでこそいないけれど、腕を失った痛みに震えている。それに血も失いすぎた。もう一刻の猶予もない。

「引けないな」

「ならばもう言葉は必要もあるまい。行くぞ」

 ゼノが動いた。頭上の光球がひとつ、ゼノに先行してぼくに迫る。ゼノも光球のうしろから走ってきている。試しに横へ移動してみたけれど、当然のように光球はぼくの後を追ってきた。

 避けられない。

 だけど、このまま待ってもいられない。

()()()()

()()()()

 ぼくの声に、ゼノのそれが重なった。

 あと数メートルとまで迫った光球を〈揺光〉で無力化し、〈揺光〉を振り下ろしたことで隙が生じたぼくを潰しに来たゼノに備える。ここまではぼくも予想済みだ。そしてここまで予想していることも、ゼノは知っている。だがぼくは愚直に――どこまでも愚直にゼノに挑む。

 策はない。

 戦略もない。

 全てが筒抜けになるからだ。

 ぼくはその一瞬で判断し、行動しなければならない。

「――――」

 ゼノが何かを言った。

 ゼノの凶拳が襲い来るのが、ぼくには止まっているかのように見えた。ただ死を目前にして思考速度が急速に上がったのかもしれないし、最高のポテンシャルを発揮した〈揺光〉が成せる業なのかもしれない。どちらにせよ、この時のぼくの認識の速度は、今までのそれをはるかに凌駕していた。

まるで操られるように〈揺光〉の刃を返し、そのまま上へと振り上げた。

 〈揺光〉はゼノの拳を裂き、そこから血を噴出させた。

「――――」

 ゼノの口から何か声が漏れた――ように感じた。感じただけで、本当は漏れていないのかもしれない。気のせいなのかもしれなかった。

 一歩後退したゼノとの距離を詰め、振り上げられたままの〈揺光〉を振り下ろす。それはゼノの左肩に触れた。

 そこで疑問が生じる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。このまま振りきってしまうのでは、今までと同じではないだろうか。確かに大きなダメージを与えられるかもしれない。人間相手なら死んでしまうだろう。けれど、この敵はゼノだ。魔の長だ。この程度の攻撃ではひざを折ることはないだろう。

 もっと強く。

 もっと強く。

 この魔を打ち倒すには、より強い力が必要だ。

 この一撃で仕留めたい。

 これ以上戦いを長引かせたくはない。千紗が心配だし、もう戦いには疲れた。もう終わりで良い。

 〈揺光〉はその魔力でぼくの身体能力を高めてくれた。けれどそれだけか? 輝きを放ち、普段は見えない紋様を刀身に浮かばせて、できることはそれだけなのか。違うはずだ。もっともっと――〈揺光〉は力を秘めている。

 ()()()()

 それでゼノが倒れないなら、それはそれでいい。

 だから。

 だから〈揺光〉――お前の力を出し惜しむな。

 祈りは通じたか。

 ゼノが咄嗟に飛ばしたの光球を、ぼくの体が勝手に斬り裂いた。すでにゼノの肩に食い込んでいた刃――それなのに、ぼくの手は、腕は、光球を全てさばききっていた。もはやぼくの意思は体の動きに介在していない。

 無意識の内にぼくは戦っていた。この感覚は前にも一度だけ味わったことがある。船上での戦い。あの〈報復する(Answerer)クリル(〝Clir〟)〉との戦いだ。あの時ぼくは戦うことを楽しんでいた。普段の自分にはない感情が芽生えていた。自分が自分でない感覚――それがあった。

 それでもぼくの意識ははっきりしている。

 何も考えずに戦う――そんな荒唐無稽なことをやりながら、それでも意識は覚醒している。

「――――」

 ゼノが何かを言った。

「終わりだ」

 ゼノの頭部を〈揺光〉が貫いた。

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