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世界最弱の希望  作者: 人鳥
終章『本当に勇者なら』
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第十七話『覚醒』

 青い光を放つ〝武神〟――それは、本来ならこの戦闘ではあってはならないことだった。この魔は魔力を吸いとる。千紗の〝武神〟は恰好の餌だ。

「駄目だ! 千紗!」

 だが、その制止に何の意味があっただろう。ここでそれを撃たないということは、自分の腕が喰われるかもしれないというのに、それに対して全く抵抗をしないということだ。そんな馬鹿なことがあるはずがない。

 彼女は至極当然のことをした。

 そして、それがマズいことだったというだけのことだ。

「いやぁああああああああああ!」

 〝武神〟の光は何の衝撃も生むことなく魔に吸われ、魔を傷つけることはなかった。だがそのかわり、その光を放ったはずの拳は――千紗の腕に繋がっていなかった。

「ひぎゅああああ!」

 そして響くのは千紗の悲鳴。

 悲鳴。

「千紗!」

 千紗の右腕は、手首と肘のちょうど中間あたりからなくなっていた。ぼとぼとと千紗の血が滴り落ちる。

「キュァァァアアア!」

 魔力を得た魔が咆哮を上げ、この場は一瞬にして混沌とした場と化した。しかしそれでも、この魔の左腕はぼくの〈揺光(ようこう)〉が貫いている。千紗の腕を喰って得た魔力も、この《揺光》が吸い上げてくれるはずだ。

「千紗!」

 視線を魔に向けたまま、ぼくは千紗の名を呼んだ。

「あぁああ……」

 千紗の意識はすでにここにはなかった。腕を失った痛みで、ここの状況を認識できないようになっている。意識を失ってこそいないが、とても戦える――いや、話せるような状態ではない。

「お前が――」

 目がない魔が、ぼくを見据える。

 そして――変化が起きた。

 千紗から得た魔力が魔のものに変換されたということなのか、魔から〈揺光〉に流れてくる魔力の質が変わった。勢いが今までとは違う。より早く、より強く――魔力が流れてくる。押し寄せてくる魔力の波に、〈揺光〉は喜びの声をあげるかのように発光を始めた。

「え……」

 〈揺光〉はその美しい白の刀身を淡く輝かせている。さらに普段は光の角度によって見ることができる刀身の紋様が、今はその光によってはっきりと浮かび上がってきた。この世の物とは思えないほどに美しく、その刀は魔の腕を貫き――その魔力を奪う。

 これは〈揺光〉に魔力が満ち、そしてぼくに魔力が満ちたことを示していた。これはぼくの推測にすぎなかったのだが、この状況、ぼくの推測が当たっていたとうことだろう。

 〈揺光〉の覚醒。奇しくもそれは目の前の魔によって初めて、ぼくはその存在を知った。〈揺光〉がフルチャージされた時に発揮される隠された力。今まで戦ってきて初めて、ぼくは〈揺光〉が持つポテンシャルを最大限に引き出すことができた。あとはぼくがその力に応えるだけだ。手に持つだけで伝わってくる――この恐ろしいまでの力に。

 突き立てた〈揺光〉をひと思いに引き抜く。引き抜いた切っ先を、魔の血が追った。拘束を解かれた魔はその場から飛びのき、獰猛な口を大きく開けてぼくを威嚇する。魔の腕の傷は回復していない。千紗から魔力を得たものの、その魔力の大半は〈揺光〉に吸われてしまった――ということか。

 傷ついた魔に対し、ぼくの体は絶好調だ。

 体は軽く、痛みもなく、さっきまでぼくの中で渦巻いていた恐れは消え、今はどうやって目の前の敵を倒すか――それだけが頭の中にある。早く倒して千紗の手当てをしないといけない。実際、今すぐに手当てしないといかないのだろう。だけどぼくはそれを選ばなかった。

 敵を倒すこと――それを優先した。

 素早く倒せばいい。

 今のぼくなら――できる!

 動いたのはぼくだった。

いつもは相手の行動を待つが、今回はそうする必要はなかった。相手より早く動けなかったぼくは、いつも相手の動きを待った。反応速度にはそれなりに自信があったし、元々不利な戦いをやみくもに動く無意味さを知っているからだ。

 だが、今回はそうじゃない。

 敵は強いが――今までの誰よりも強いが、倒せる。その確信がある。

 〈揺光〉の輝きは衰えない。

 魔もぼくの動きに合わせて行動を開始したが、ぼくの体はその動作を確認してそれに対応する動きができるほどまで強化されていた。自分でも信じられないほどの動きで、魔の右側に回り込む。魔の左腕は今使い物にならない。

 この程度の浅知恵など、魔には考えるまでもなく見抜かれていたようだ。ぼくが回り込もうとしたところで、魔は体を沈ませてぼくの懐へもぐりこんできた。口を広げ、闇より暗い口腔を晒して襲いかかってきた。挙動は安定せず、次の動きを予想させない。眼前に迫る魔に対し〈揺光〉を突き出す。白銀の切っ先は魔の頬を裂いた。構わず突進してくる魔に、突き出した〈揺光〉をそのまま振り下ろす。体重は前にかかったままで大した威力は出ないが、動かないよりはましだ。

 そして予想通り、魔にはダメージというダメージはなかった。体重の乗っていない太刀は何の苦労もなく回避された。ぼくに相手の攻撃が届くということは避けられたが、この調子ではいけない。この戦いは早期決着が条件だ。

 千紗の悲鳴が――収まらない。ぼくを呼ぶ声。痛みで狂ってしまいそうな、不安をあおる声で千紗がぼくを呼ぶ。だが目をそらせない。一瞬でも目をそらしてしまったら、ぼくはその時点でこの魔にやられてしまう。

 千紗のほうへ向いてしまうのを必死でこらえ、声をかけて集中が切れてしまうのを必死でこらえ、ぼくはあくまで魔と対峙する。

 今度は魔から動いた。

 魔は軋んだような声をあげながら、ぼくのほうへ直線的に駆けてくる。今まで何度も繰り返されてきたこの動きは、ぼくにはもう慣れたそれでしかなかった。だがそれはきっと相手にしても同じことだろう。いつも通りに突きにかかるのをやめ、ぼくのほうからも魔へと走った。そしてお互いがお互いの間合いに入ったところで、一歩右側へ進路をずらし、すれ違いざまに〈揺光〉で斬り上げ――魔の左腕を切断した。

「キュアアアアアアアアア! よくも! よくもヨクモ! 楽しいネ! 痛い痛い痛い! もっともっと斬ろうか! 斬るんだね!」

 左腕から噴き出る血など気にもせず、魔は目のない顔でぼくを睨む。そして狂ったようにまたぼくに襲いかかってきた。振り上げた右腕を地面に叩きつけ、浮き上がった岩盤の一部を持ちあげて投擲する。それをかわして魔に接近を試みるが、それを待っていたかのように魔の拳がぼくへ迫る。

 とっさに〈揺光〉で魔の拳を斬りつける。勢いが乗りきらず、魔の拳の中ほどまで刃が届いたところで停止した。切り口から魔の血が滴る。流れる血は〈揺光〉の刀身を伝い、鍔に受け止められて地面に落ちていく。

 そのままお互いの力が拮抗し、動くに動けない時間が数秒続き、ぼくは〈揺光〉を魔の拳に噛ませたままで左側に振った。魔は苦悶の声を上げながら、〈揺光〉に引っ張られて体のバランスを崩した。がら空きになった魔の半身を、拳から引き抜いた〈揺光〉で斬りつける。

 血しぶきが飛び、ぼくの体は魔の血で赤く染まった。〈揺光〉はさらに魔力を吸い、その輝きを増す。この刀は一体どこまで力を増幅させるのだろうか。もはやぼくはこの刀に恐れを抱くまでになっていた。

 魔が片膝をつく。

 だが、予想された悲鳴がとどろくことはなかった。冷静に――獲物を狩る獣のような集中でぼくを見つめていた。

 ――違う。

 これは……さっきまでの魔とは違う!

「再び相見えることになろうとはな。クク……クハハハハハハ!」

 魔が。

 最大にして絶対の魔が――覚醒した。

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