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世界最弱の希望  作者: 人鳥
終章『本当に勇者なら』
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第六話『魔の通る道』

 千紗が門を見つけたかも――と言って示した場所には、それらしいものはなかった。そこにあったのは、石でつくられたステージのようなものだけだ。さすがに根まで完全に消滅させられたらしい草は再生せず、地面が顔を見せている。

 この石のステージの周りを囲むように、人の顔のようなものが浮かび上がっている木が並んでいる。まるでこの森の聖域のような雰囲気を醸すこの場所にやってきたぼくたちを咎めるように、さっき森で出会ったグロテスクな容姿の鳥がステージの上を旋回しながら鳴いている。

「門はどこ?」

 注意深く観察してみたけれど、やっぱりどこにも見つからない。気のせいってことはないだろうが、ぼくに見えないことにはどうにもならない。

「そこだよ」

 千紗が指差したのは、ぼくの前――石のステージを挟んだ向こう側だった。しかし――ぼくにはやっぱり何も見えない。

「見えないんだけど」

「だと思ったよ。門は魔力の塊だよ」

 魔力の塊。

 そんなもの、ぼくに見えるわけがない。ぼくは魔力を感じることすらできないのだから。

 今になって初めて、その不便さを知った。今までも不便したことはあるけれど、それでも何とかなってきたが。さて……今回もなんとかなるか。

「どうする? とりあえず触ってみる?」

「……ちょっと怖いものがあるね」

 何が起こるかわからない。門がもし目に見えるものだったら、とりあえず触るという選択もできたかもしれない。けれど見えないものを触るというのは、なんとも言えない恐怖心がある。何が入っているかわからない箱の中に、素手を突っ込むようなものだ。

 とはいえ、結局この門をくぐらなければいけないわけだが……そこはどうクリアしよう。そもそもこれ、くぐるとかいうようなものなのか? 門という名前でそう思っていたけれど、もしかしてそう簡単なものではないのかもしれない。

「千紗はその門、どういう風に見える?」

「うーん」千紗は首を傾げ、門があるらしい方へ歩く。「形として表現できないかなぁ……煙が一か所に留まってる感じ?」

「大きい?」

「ううん。高さは二メートル弱かな? あ、でも横には広いね」手を広げて、その広さを計るように歩く。「ここから……ここくらいまで」

 手で計っておきながらあいまいなのは、形が固定じゃないからだろう。

 さて……触っていいものか。

「魔力自体はそれほど強くないよ。ただね、すっごく奥行きっていうか、深さを感じる」

「深さ?」

「うん。門の魔力はそれほど強くないけど、やっぱり魔力は漏れてるんだ。それも濃いのが」

「濃いと強いは違う?」

 同じようなものと思ってしまうのは、魔力がどういう感覚のものかを知らないからか。

「違うよ。説明はやっぱり難しいんだけどね。まあ簡単に言っちゃえば、もしこの門の魔力がすっごく強いとしても、漏れる魔力が薄ければこんな森にはならなかったと思う」

「ふうん?」

「とにかく、この門からは濃い魔力を感じるんだけど、どうする?」

「どうするって?」

「通るか、通らないか」

「そんなこと――」

 決まっている。ぼくたちはそのためにここにいるのだから。

 だけど、そのリスクは知っておきたいのだが……。

「リスクなんてやってみなくちゃわかんないよ。だけどこれが門ってことだけは、あたしにはわかるんだ。初めて見たし、話に聞いたのもこれが初めてだけど、これを近くに見たらさ確信しちゃうんだよ」

 ぼくには見えないし、感じない。

 目の前にあるという門。

 日陰の国に通じる門。

 魔の通り道。

「だからかな? さっきからあいつら――ぼくらを襲ってこないみたいだけど」

数でぼくらを攻めていたココ(Coco)の攻撃は、いつの間にか――否、ここに到着したときから止んでいた。それは見つかってしまっても、ぼくらにはどうすることもできないからなのか。それとも、見つかることに抵抗がないのか。

 それとも。

 この門が破壊可能なのか。

「千紗、門は壊せると思う?」

 もし門が壊せるなら、大きなリスクを冒して日陰の国に行く必要はないのかもしれない。そしてそれで良いなら――。

「それは本気で言ってる?」

 千紗の表情は、今まで見たことがないほど静かで冷めていた。

 冷めていた。

「それで良いにしても、この世界に門がいくつあると思う? わかんないじゃん。ここの門を壊してまた世界を回る? 山海を越えて?」

 できなくは――いや、無理だ。どれだけの時間をかけるつもりだ? 下手すればぼくらの一生を犠牲にしても、なおそれは達成できないかもしれない。それに門が魔の手で作ることができるなら、道化もいいところだ。

 やはり乗りこんで、日陰の国を見ないことには始まらない。

「何を馬鹿なことを。……でも、問題はこれをどう使うかだよね」

 そう――ぼくはもちろん、門が見えている千紗でも使い方まではわからない。これはそもそも人が使うものではないし、人が使うものでも使おうとする人はいないだろう。

 これはそういうものだ。

「だからさ、ひとまず触ってみようよ」

「駄目だから!」

 千紗がおもむろに伸ばした右手をぼくは慌てて掴んで止める。それはあまりにも危険すぎる。何が起こるかわからないのに、どうして生身で触ろうとするのか。

「でもさあ、触ってみないとわかんないよ?」

「触る前に木とかで試すってことはしない?」

「それもそうだね」

 うなずいて、千紗は近くの木から枝を一本折ってきた。その木には人の顔のようなものがあり、その顔が一瞬苦悶に歪んだように見えた。

 いや。

 いやいや……。

 あれは絶対顔だし、それに表情だって痛々しいそれに変わっている。枝がその再生能力によって再生した後も、しばらくは千紗を憎々しげに見ていた。

「つんつん……」

 枝を何もないところに突き出している様は、なんとなく滑稽に見えた。だが、枝に変化が起きたことで、そこに何かがあることがわかった。

「…………」

「消えた」

 枝は突き出した先から姿を消し、引き戻すとまたその姿を現した。どうやらその門の中に入ったことにより、何かが起きたようだ。引き抜いても何もないところを見ると、別に攻撃がしかけられるようなことはないようだ。

「聖」

「ああ。時間は有限だしね」

 安全――とは言えない。不確定な要素は多いし、これをくぐった先が本当に日陰の国なのかもわからない。日陰の国だとしても、どういう場所なのかわからないし、日陰の国のどこに出るかもわからない。

 だけど、いつまでも立ち止まっていられない。

 最低限の安全が確かめられたのだから――あとは出たとこ勝負で行くしかない。

「あたしの後についてきて」

 歩きだそうとする千紗の手を掴む。

「聖?」

「手を繋いで行こう。何があるかわからないしね」

「うん」

 千紗の姿が――今掴んでいる手以外見えなくなる。千紗の力が少しだけ強くなった。ぼくも強く握り返して、千紗の後に続いた。

 門をくぐった時、特に何も感じなかった。

 くぐったそこは、暗い場所だった。

「千紗」

「聖」

 どちらともなく名前を呼び合った直後――ぼくたちは落下した。


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