第五話『緑の軍団』
「――前回の失態も取り返さなくちゃね!」
言い終わるや否や、千紗は一歩を踏みこんだ。前に立っていた数匹の魔が、何かの力を受けて後方に吹っ飛ぶ。それがわかったあと、ぼくはそこに千紗が立っているのを確認した。
「さて……」
ぼくも棒立ちしているわけにはいかない。〈揺光〉を抜いて、周りの草木を適当に切った。切られた草木はすぐにその本来の姿を取り戻す。そしてぼくは――〈揺光〉はその魔力を吸収した。
わずかに、再生の速度が落ちているように思う。
「さすがにこれじゃあ量が少なすぎるか」
魔力を帯びたこの森では、そこらの草木を切るだけでも魔力は得られる。けれど、その量は魔を斬った時のそれとは比べ物にならない。
上から妙な気配を感じ、すぐにその場を飛びのく。さっきまでぼくがいた場所に、ドサッと音がして、数匹のココが落ちてきていた。斬り込もうとすると、ココはすぐさま四散し、ぼくの剣は空を斬った。
「これは……相性が悪いかもしれないな」
前回は〈揺光〉の能力を引き出せなかったことが敗因かと思っていたけれど、どうもそれ以前の問題のようだ。〈揺光〉の能力を引き出すには、そもそも攻撃を当てなくてはいけない。
だが――ココ。
このココという魔は、それを許さない。
その高い機動力が、敵の攻撃を許さない。
漫画にあったあまりにも有名なセリフ――当たらなければどうということはない、だ。
「攻撃力は他に見劣りするとはいえ、この機動力でこの数――十分に厄介な相手だよ」
千紗はそれでも魔力の消費を抑えて戦っていた。〈力は満ちて〉の能力を主に使っているが、それでも力は抑えているし、〈武神〉にしてもヒット時に一瞬だけ魔力を射出するという方法をとっている。聖は〈揺光〉から魔力を得られるが、千紗はキューブなどがないと魔力を回収できないからだ。魔力タンクのような〈揺光〉から魔力を得ることも考えたが、それはできなかった。〈揺光〉自体、魔力を吸う武具――いや、魔具だからである。
「全く――こういうところで無駄に魔力を消費したくないんだけどなあ」
ぼやきながら、緑の魔を一体ずつ確実に倒していく。ココの機動力も、千紗の前では『少し速い』程度のそれでしかなかった。
術式によって得た規格外の身体能力――それが彼女を勇者たらしめているものだ。それでもって多くの魔を屠ってきた。
千紗は狩りに近い戦いの合間、時折聖の様子をうかがった。案の定というかなんというか、千紗が予想していた通りの状況がそこにあった。
聖はココの速さに翻弄され、ほとんど攻撃を加えることができていなかった。それでも前回と違って地に伏していないのは、やはり〈揺光〉の力をある程度引き出せているからなのだろう。
お互い身体能力を向上させる術を持っているが、敵に依存するか自分に依存するかという差は大きい。後者――つまり千紗なら自発的に能力を向上できるが、前者――つまり聖はそれができない。力の差が大きければ、それだけ一撃で得る魔力も大きいが、当てられればの話だ。今回のような相手では、あまり意味がない。
「あれが――最強?」
聖が強いということは、今まで共に戦ってきた経験から千紗も知っている。だがそれでも、彼が最強だということには、やはり、どこか納得できないものがあった。彼を最強として認めるには、まだ抵抗がある。
世界最弱にして、世界最強。
あり得ない――とまでは言わない。現に、それが個々に体現している。体現していると言われている。しかし納得はできない。
最強っていうなら、それくらい自分で倒してほしいっすね。
とはいえ、聖は相棒である。見殺しにする気はないし、たとえ前回の自分のように戦力にならなかったところで、それを足手まといとは思うまい。
自分より強い――と言われている相手には、自分より強くあってほしい。ただそれだけのことだ。
すでに何体を倒したか――千紗はいつからか数えるのをやめていた。数えることに意味がないのも理由だが、あまりに数が多く、数える余裕もない。
「キューブはあと四つ、か」
後に控えているゼノとの戦いを考えると、できればこの四つのキューブは温存しておきたい。それに今自分たちが向かっているのは、日陰の国への入り口――門である。ストックはいくらあっても足りないくらいだ。
「あー面倒くさいなぁ」
倒しても倒しても湧いて出てくる魔。
緑の軍団。
「千紗!」
「どうしたの?」
聖の声がして、声がした位置を確認する。どうやら何度か攻撃を加えることができたようで、聖は徐々にココに対して優位な状況を作っていた。
飛び交うココを殴り飛ばしながら、千紗は聖の近くへと駆け寄った。
「こいつら、門から出てきてるんじゃないか? もしそうなら、ここでどれだけ戦っても意味がないと思う」
「そうならどこにいても同じだね。門に入ってもここにいても、敵に囲まれてるのにはかわりないし。じゃあ……焼いてもいいかな?」
「焼く? なんで」
「手っ取り早く門の位置を特定するためだよ」
聖はその意図をすぐに察したが、やはり不安が残るといった表情で渋った。魔力の消費が、それでは大きすぎると感じたのだ。とはいえ、地道に戦ってもそれは同じことではある。むしろ戦闘時間が伸びて、千紗のそれよりも効率も燃費も悪くなることだって考えられる。
どっちにしても、もしかしたら同じなのかもしれない。
「任せたよ」
「うん、任された」
千紗は魔力を探る。確かに森全体から魔力を感じ、それで魔の接近は許してしまったが、それでも濃度の差くらいはわかる。より魔力が濃い方向を探り、その方向へ光を飛ばした。
魔が、木が、草が――消失する。その方向にいたであろう生き物も、同時に姿を消した。植物はその魔力によって再生だろうが、動物や虫までそうなるとは限らない。聖はすこし心苦しい気持ちになったが、すぐに思い直した。自分が死ぬかもしれないという状況で、そんなことは気にしていられないのだ。
開けた視界の先には、森の天蓋はなく――代わりに緑の軍団の姿があった。蠢く緑は千紗の読み通り、そちらの方向からやってきていた。いくらこのふたりであっても、あの数を相手にするのは骨が折れそうだ。
「どうする? 千紗」
「極力無視。とにかく進もう」
「だね」
走る。
森の木々がすでに再生を始めており、視界が少し悪くなってきている。再生しかけの木につまづいたりしながらも、ふたりは門がある(と思われる)ほうへ走る。
「邪魔!」
前に立ちふさがるココの壁を千紗がこじ開ける。聖は四散したココの死体に〈揺光〉をひっかけ、そこからわずかばかりの魔力を充填した。走る速さがほんの少し速くなる。
聖は視界の端に、倒壊した家屋のようなものが見えた気がした。けれどそれは再生していく木々に隠され、すぐに見えなくなった。あれがキモンだったのかもしれないし、もっと別の何かだったのかもしれない。家屋のようなものが見えただけで、それが本当に家屋だったのか――その判断はできなかった。
聖の後ろのココが着地した。音で気づいた聖は、振り返りざまに〈揺光〉を振るう。着地したすぐだったココは反応が遅れ、その体を二分された。聖はそれ以上その魔には意識を向けず、すぐに先を行く千紗を追った。千紗は迫りくる魔を振り払いながら、どんどんと先へ進んでいく。極力無視するという自分の言葉通り、本当に邪魔になった相手しか千紗は手を出さなかった。
それはそれだけ――魔力を温存したいという気持ちの表れでもある。
「あっ!」
千紗は悪くなる視界の先に、奇妙なものを見た。
それは魔力の塊のようなものだった。しかしそこからはほとんど魔力を感じない。魔力を感じないのに、それが魔力の塊だとわかる。しかもその周囲は、千紗の攻撃を受けたのにも関わらず、ほとんど損傷の跡が見られない。
そしてそれは完全に木に隠され、千紗の視界から姿を消した。
「どうかした?」
聖が千紗のとなりに並び、少しあがった息を吐きながら言った。
「門、見つけたかも」