第三話『思い出される日々』
「……わからんな」
ジオンさんは首を振った。
「門とは言っているが、そもそもどんなものかわからない。それにたとえできたとして、誰が門をくぐろうと思う?」
「ぼくたちが」
ふつうならば――常識的な判断力を持っているならば、門をくぐろうなどとは思わないだろう。なぜならその必要がないからだ。そうする理由がないからだ。何もなくその門をくぐるというのは、命をドブに投げ捨てるのと同じことだ。
だがぼくたちは、もしくぐれるなら、くぐるしかない。このまま魔を――ゼノを追うには情報が少なすぎる。ない、と言ってもいい。探していても、『向こう』に戻ってしまわれてはこちらからは手を出せない。
日陰の国がどんな魔境だろうとも、ぼくたちは行かなければならない。そこへ行くための道を知ってしまったのだから。
「きみたちは……」
「ゼノを倒すために旅をしています」
「無茶だ。今までどれだけの人が立ち向かい、そして敗れたか。かの大導師でさえ、やつの前にはひざを折ったというのに」
先代の世界の希望。
三人の英雄。
「でもあたしたちは勝つんすよ。絶対。勝って終わらせるんす」
そしてぼくたちは、最も大きな選択を強いられる。
「……案内は必要か?」
「いえ。簡単な地図をもらえれば」
半分は強がりだ。
断りつつも、道に迷うかもしれないな、なんて考えている。でもぼくにとっては、もう半分のほうが重要だった。
案内役はどれだけ戦えるか。
たとえば途中に魔と遭遇した場合、自分の身を守れる程度に戦えるかはわからない。案内役に追加で戦闘役を加えるにしても、人数が増えることで行動が制限されないとも限らない。
「そうか。いつ発つ?」
「明日にでも」
やることが決まったなら、この町にとどまる理由もない。もはや悠長に観光を楽しむような気分にはなれない。
目と鼻の先。
そこにゼノに繋がる道があるのだから。
無謀だということはわかっている。
無謀以外の何物でもない。
だけれど、そうとわかっていても行かずにはいられない。きっと千紗も同じ気持ちだろう。
「明日、この町から出る前にここに寄ってくれ。その時までに地図を作っておく。今あるものでは、少々わかりづらいと思うからな」
千紗はもう少し町を歩いてくると行って、どこかへと行ってしまった。ぼくは宿に戻って、ひとりベッドに腰かけた。
あと少し。
あと少しで終わる。
この馬鹿げた旅が終わる。
ぼくの意思なんて関係なく、千紗の意思も関係なく、唐突に、理不尽に始まった旅が終わる。
門をくぐれるとは限らない。
くぐれたところで、そこからどうなるかはわからない。
だけど、なんとなく終わりの予感がある。
ぼくたちが勝つにしろ、負けるにしろ。
「ねえ、アーシャ。ひとりで買い物もできなかったやつが、ここまで来たんだぜ?」
あの頃はこの世界を歩くだけで精いっぱいだった。わけもわからないままに放りだされて、ひとりで旅をして――。
道で転んだアーシャと出会った。警戒心は強いけれど、解かれてからは気さくで明るい子だった。
「レアンさん。ぼくの剣はまだ泣いていますか?」
ぼくを騙した人。
きっとあの人たちは、今も変わらず人を騙しているのだろう。
ぼくが旅をし続けているように、ぼくがぼくのままであるように――彼らも彼らのままなのだろう。
「あなたたちに会えなかったらと思うと、足を向けて寝られませんよ。ねえ、アランさん。ローズさん」
彼らに会えなかったなら、ぼくはあの時に死んでいた。
彼らに会えなかったなら、たとえあの時死ななくても、今は死んでいる。
肉体的に生きていても、精神的に死んでいたかもしれない。
ぼくはまだ戦っていますよ。
「あなたとはもっと話したかった。でも、あれ以上の会話は野暮ですよね。出遭い方が――いや、出会い方が悪かった。そういうことですよね、ブリューナ」
彼は本当に魔だったのだろうか。
ぼくは今でも、たまにそんな疑問を持つ時がある。もしかしたら彼、槍使いのブリューナはハーフだったんじゃないかと思う。もしかしたらクォーターかもしれない。程度はどうあれ、人の血が混じった魔だったんじゃないかと――そう思わずにはいられない。
今ではその真偽はわからないけれど。
彼の存在が、ぼくの魔への考え方に大きな影響を与えたのは言うまでもない。
「『あなた』は誰よりもぼくを支えてくれた。家族そろって世話になったね。そろそろ帰るから、ちゃんと話ができるように仕事片づけておいてくれよ――」
名前は――呼ばなかった。
それは帰ってから――『彼女』との約束を果たしてからだ。
ぼくは自然と〈邂逅〉を手に取っていた。ぼくと『彼女』を繋ぐ、唯一の魔具。
世間話をしたり、励まされたり、時にはレミアさんを愚痴ったり。
ぼくの失態を責めてくれなかったのは、助かったという気持ちはあるけれど、少しだけ辛くもあった。『あの時』くらい、ぼくを滅茶苦茶に責めてくれても良かったんだ。
『彼女』はとても強いのだと思う。だからこそぼくは支えられたし、だからこそそれに答えたいと思う。
手に握る〈邂逅〉が、普段よりも重く感じた。
明日からはまた、いばらの道だ。