第二話『世界は同時進行』
二時間ほど町を歩いてみたけれど、騎士団らしき建物はやっぱり見つからなかった。騎士団なら大きな魔力を持っているだろうということで、千紗に頼んで大きな魔力がないか探してもらったけれど、それらしい魔力も見つからなかった。いくつかの大きな魔力はあったけれど、それも騎士団というには物足りない代物だったらしい。
ぐるぐると町を歩いていろんな人に声をかけてみたけれど、騎士団がこの町にあるという人はひとりもいなかった。道に迷いつつもまた町の広場に戻り、行きかう人の波を避けてひと息ついた。
「ないねー。海を渡った別の土地だし、やっぱり認識に差があるのかもしれないね」
「そうは言っても、魔の脅威は世界共通だろ? 騎士団に準じる組織がないのはおかしいと思うんだけど」
名前が違っても、それと似た組織はあってしかるべきだ。それに最初の人の話だと、ここはレミアさんの傘下にある町だ。なぜ――騎士団がない。
「それもそうだね。それにエレナの言ってたうわさでは、この町の西の森――そこのキモンが魔を信仰している可能性があるってことだし」
うわさはうわさ。仮にそうだとしても、そういう土地が近くにあるのにこれほど無警戒でいられるだろうか。
ササ村とは違う。あそこは農村だった。ここはおそらく重要な意味を持つ港町。魔にしろ海魔にしろ、警戒するものは多いはずだ。魔だけじゃない。他国からの攻撃だって状況によっては考えないといけない。
戦争をしているような状態ではない――か。
同じ大陸内での、町の移動だって減っているくらいだ。人同士で争っている場合ではない。そんな常識が通用しないということも、往々にしてよくあるということはなんとなく想像できるけれど。
「うーん……じゃあこの町のリーダーに聞くしかないんじゃないかな?」
「確かにその通りなんだけど、さて……」
そのリーダーはどこにいるのか。
「それこそ聞けばいいんじゃん。聖って変なところで頭回んないね」
「耳が痛いよ」
本当に。
「あの、すいません」
たまたま隣にを歩いていた人に声をかけ、その人がいる場所を聞いた。どうやらこの広場から近いらしく、ぼくたちを案内してくれるそうだ。
「なに、近くに用事があったから気にしなくても良いよ」
「そうですか」
なんとも愛想の良い人だ。何か良いことでもあったのか、表情は明るい。普段からそういう笑みを絶やしていないというよりも、湧き上がる喜びが抑えられずに顔に出ているといった風だ。
「ところできみたちは彼に何の用なんだい?」
「ちょっと話したいことがあるんすよ。旅は体と情報が資本っすから」
「きみたち旅人なのか。このご時世、若いのに大したもんだ」
男性は本当に感心しているようだ。興味津津なのを隠すことなく、ぼくたちをまじまじと観察している。それは少しばかり不快だったけれど、まあとがめるほどのことでもないだろう。
「ああ……もしかしてきみたちかい? 魔法を全く使わないのになぜか魔を倒したり、そうかと思えば滅茶苦茶な威力の魔法で魔を倒すっていうのは」
えー……。
もしかしてぼくたちは、いつの間にか有名になってしまっていたのか?
「その顔、そうみたいだね。どんないかついふたり組かと思ってたけど、なんだかふつうの人だね」
ふつうの人。
ふつうの人、か。ふつうの人は魔とは戦わないだろう。
「あっ、気を悪くしたなら許してくれ。……ほら、あの建物だよ。どうせ仕事なんてあってないようなもんだし、アポなしで行っても会ってくれるさ。そしてなにより、きみたちなんだしね」
「どういうことです?」
「きみたちは魔を倒しながら旅をしてるだろ? 勝手な話だが、きみたちはアレを倒してくれるんじゃないか――そういう期待をしてる人も少なからずいるってことさ。重いだろ? 背負わんでくれよ? じゃあ、俺はこれで」
お礼を言う間もなく、彼は角を折れて歩いて行ってしまった。
「……背負わんでくれよ、か。初めて言われたね」
どこかうれしそうに、千紗は言った。
「そりゃあ今まで会ってきた人はそんなこと言えない立場の人たちだったからね。無理もない話だよ」
ぼくは不思議な気分だった。
「あんまり浸ってもいられないね。いこっか」
「そうだね」
ドアを開けて中に入る。中には誰もいなかった。広間には椅子とソファが置かれている。おそらくここで面会待ちをするのだろう。だが、そこにはぼくたち以外誰もいない。会う用事ないほど平和なのか、ただただ仕事がないのか。
まあ――仕事がないのだろう。さっきの人もそういう風なことを言っていた。
「どちらさまかな?」
「え? あ――」
受付らしきカウンターの右側にあるドアから、初老の男性が顔を出していた。白髪混じりで顔にややしわがあるが、シャキっとしたたたずまいで年齢を感じさせない。
「あ、あの、少しうかがいたいことが……」
「となると、用は私にあるわけだ。こっちに来なさい。何もないが、飲むものくらいは出そう」
「は……はい」
通された部屋には、テーブルとそれを挟んで向かい合うようにふたつのソファが置かれていた。初老の男性は奥の部屋からプレートにコップとボトルを載せてやってきた。
「さて、まずは挨拶を済ませるとしよう。私はこの町の運営をしているジオンだ」
「ぼくは聖、こちらが千紗です」
「千紗っす」
それにしてもジオンさんか。今まで聞いてきた名前とはちょっと印象が違うな。なんというかアジア圏っぽい名前のように思う。
「ヒジリにチサ、か。この大陸の出――ではなさそうだな」
「出自に関してはふたりとも説明すれば長くなるんで……」
異界から来たなんて、どう説明すればいいんだ。案外簡単に説明できることなのかもしれないけれど、すすんで説明しようとは思わない。話が長くなるのは事実だし、対して大きな問題でもないだろう。
「ふむ。で、何が聞きたい? 聞きたいことがあってきたようだが」
「騎士団という組織を知っていますか?」
知らないはずはない。
「もちろん。心視姫が設立した魔を討つ組織だ」
「この町で騎士団を探しています。けれど見つからなかった。この町に騎士団はないのですか?」
「ないのなら、どうやって魔から町を守っているのか知りたいんすけれど」
魔の力は強い。攻撃に使える魔法を持っていても、それ自体が強力なものでないと意味をなさない。
あの時のように――焼け石に水になる。
「騎士団はない。だがこの町は独自に騎士団に準じる組織を持っている。それで魔の脅威をしのいでいる」
「騎士団の支部がないのには理由が?」
「全滅したのだよ」
「え?」
全滅?
騎士団が――全滅。
「キモン、という村を知っているか? この町の西の森の奥にある村だ」
「知ってるっすよ。あたしたちはここの次はキモンに行く予定っす」
ジオンさんは苦々しく頭を振った。
「行っても無意味だ。何をするにしても――いや、後片付けしかすることがない」
「どういうことですか。後片付けって」
「キモンは滅んだよ。一体の魔によって滅ぼされた」
「――っ」
「冗談っすよね?」
「本当だ。まさかあの村で信仰されていた〈大いなるもの〉が魔だったとはな」
魔。
魔。
〈大いなるもの〉はエレナさんの危惧したとおり、魔を指すものだった。どういう理由からか襲われなかったが、今になって魔が牙をむいた。
「キモンには門がある――という話だ」
「門?」
「魔は日陰の国の住人だ。こちらの世界に来るためには、その世界の境界を越えなければならない。その境界を超えるための道、それが門だ」
キモン。
鬼門。
鬼が通る道。
魔が通る門。
「あそこはもう終わっている。あの終わった町のように――あの村は終わった村だ」
終わった町。
終わりの村。
あの町は終わった町で、そして始まりの町だった。
「キモンが滅んだのは……」
「数ヶ月前のことだ。ゼノ――あの魔が現れたらしい。今まで別の大陸にいたってのに、突然だ」
突然の襲来。
だけどそれは――門の存在を考えれば奇妙な出来事でもない、かもしれない。奇妙な点といえば、そもそもそれまでずっと魔に襲われていないという点だ。
「門は他の場所にもあるんすかね?」
「どうだろうな。あると考えたほうが自然だろうよ」
空気が重くなる。
門が複数あるなら、キモンと同じような被害に遭う町がこれからも出てくる可能性がある。そうでなくてもすでに被害は発生しているのだ。門がどんなものかはわからないけれど、それらひとつひとつ潰していくのは無理がある。
「ひとつ提案があるんすけど」
「何かな?」
「その門を使って魔が出てくるんすよね? だったら門を使えばあたしたちが日陰の国に行けるんじゃないんすか?」




