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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第三章『真実の行方』
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第二十三話『最弱のための武装』

「…………」

 答えられない。

 否定も肯定もできない。

 何と答えれば良いのかがわからない。

「どうして黙ってるの? なんとか言ってよ」

「……」

 だから、なんて言ったらいいかわからないんだ。倒す手立てがあるかもしれないし、ないかもしれない。そんなことはぼくにはわからない。判断できる材料がなさすぎる。適当な言葉で茶を濁して、問題を曖昧にしておけば良いのか? そういう問題でもないだろう。そういう迷いは判断を鈍らせるだろう。

 では、この状況は?

 変わらない。

 答えるにしろ答えないにしろ、結局は同じだ。同じだから、ぼくは顔を背けることしかできない。こればっかりは――何とも言えない。

 冷たい言い方になるけれど、この問題は千紗が向き合わなくちゃいけないんだ。ぼくにはどうしてあげることもできない。

「ねえ聖、ちょっと〈揺光(ようこう)〉貸してくれない?」

「いいけど、何するの?」

「試したいことがあるんだ。別に壊したり捨てたりしないよ」

「……?」

 立ち上がった千紗に〈揺光〉を差しだす。

「わかってると思うけど、〈揺光〉は魔力を吸うからね? 危なくなる前に――」

「わかってる」

 エレナさんの話では、体調にやや問題を起こす程度には常時魔力を吸われているはずだ。それなのに直接触っても大丈夫なものか。あの魔でさえ――斬りつけられた時よりも、その手に〈揺光〉を持った時のほうが苦しんでいた。

 千紗が左手で〈揺光〉を掴む。

「くっ――」

 苦しみに顔がゆがむ。

「やっぱり無茶だ。何をするか知らないけど、千紗は〈揺光〉に触れるべきじゃない」

 けれど千紗は言うことを聞かず、右手を〈揺光〉の柄に伸ばした。

「おい、千紗っ!」

 止める間もなく、千紗は抜刀した。薄暗い海岸沿いの岩場に、純粋な白銀が姿を現した。千紗が軽く振れば、鋭く刃がきらめく。

「――んっ、ふぅ……」

 千紗は〈揺光〉を鞘に納め、ぼくのほうへ差しだした。

「もういいの?」

「うん」

 受け取った瞬間、体に力が湧いてくるのを感じた。力強く、勇ましく、けれどもどこか歪な感のある力。

 千紗の魔力。

 魔から得られる魔力とは違う。むしろ対極に位置する。魔が放つそれは荒々しく、凶暴で、どこまでも純粋だ。

 千紗の魔力はすぐに感じられなくなった。

「どうしてかな?」

 両足を投げ出して座った千紗は、「あーあ」と空を見上げる。

「どうしてあたしには〈揺光〉を使えないのかな? どうしてあたしには戦う力がないのかな?」

「これはぼくがさっき考えたことでしかないんだけど」

「うん」

「〈揺光〉はぼくみたいな魔力なしが使うために造られた刀なんじゃないかな?」

 千紗は何も言わずにぼくを見ている。続けろ、ということなのだろう。ぼくはうなずいて続ける。

「刀の由来はさっぱりわからないから、もしかしたらぼくの見当違いってことも考えられるのを前提に考えてほしいんだけどね。ぼくなりに〈揺光〉について考えてたんだ。

「今までわからなかったことだけど、〈揺光〉の魔力吸収量はたぶん、斬られた――もしくは手にした対象の魔力量に比例するんだと思う。これは〈揺光〉を手に持った時の千紗とさっきの魔の反応の差から予測した。表情をゆがませる程度だった千紗に対して、魔は苦痛を訴えていただろ? まあ()()のことだから本当のところ、どれだけの苦痛があったかはわからないけど。少なくとも投げ捨てて逃げ出す程度の苦痛はあったはずだね。だから大きな魔力を持つ千紗や魔は〈揺光〉を扱えない。魔だけだったなら、〈揺光〉は魔を寄せ付けない聖なる刀――とか言えたのかもしれないけれど、そんなわけはないからこの線は破棄しよう。

「じゃあ吸収した魔力はどうなるか。

「吸収した魔力はぼくの身体能力を強化するのに使われてる。これはもう知ってるだろうから説明はいらないと思う。だけど、その()()()については考えたこともなかったんじゃない? ぼくはなかった。だから今、それっぽいかなって思える仮説を立ててみたんだ。

仮にこの仮説が正しいとするならば、ぼくの身体能力が一時的にも全開の千紗に匹敵することの説明がつくと思う。ああ、きみが全開の場合をぼくに見せているとして、ね。

「〈揺光〉はもう気づいているかもしれないけれど、術式が施されてる。強度と切れ味に。それらを維持するために魔力を充填しなくちゃいけなくて、その方法として接触による魔力吸収と、接触しなくても少しずつ魔力を吸収する。で、だ。吸収した魔力が術式を維持するのに必要な量以上に集まった時、それがぼくの身体能力の向上につながるんだと思う。そうじゃなければ、さすがにこれを使いはじめた頃からそれに気づいてないとおかしいと思う。いくらなんでも変化が大きすぎるからね。火事場の馬鹿力じゃ説明がつかないよ。

「これは――〈揺光〉はどうも久しく使われてなかったみたいだから、はじめの内はぼくに回す魔力がなかったんだと思う。〈揺光〉自体の魔力が枯渇しかけてたんじゃないかな? それによって機能がスリープ状態にあった――とも考えられるけれど、それは大した問題じゃないと思う。

「うん? ああ、それもそうだね。

「確かに余剰分が出てきているのに、千紗が〈揺光〉を持った時に吸収するのはおかしいかもしれないね。うーん……そうだね…………こういうのはどう?

「〈揺光〉を使用する人物が、魔力のタンクだと考えよう。ぼくは元々空っぽだから、ぼくに魔力を注いで蓄えることができる。でも千紗は魔力を持っていて、しかもそれは多い。強い――というべきなのかな? まあつまり、千紗に〈揺光〉の魔力を蓄えることはできない。じゃあどうする? ちまちま使うよりも、放出するほうに回すんじゃないかな? いくら蓄えても、蓄えるタンクよりも多くは蓄えられない。零れだしちゃう。零れるくらいなら使う――そういうことなんじゃないかな? 魔が〈揺光〉を持った時、刀身に変化があったんだ。刀身が光って、今は見えないけれど紋様が浮かび上がってた。ある意味、あの状態が〈揺光〉のフルスペックを叩きだせる状態かもしれない。けど、あの状態に持っていくためには必要な魔力が多すぎるし、使用者への負担が大きすぎる――はずだよ。

「とまあ……こんなことを考えてたんだけど、どう思う?」

考えていた――というよりも、思いついたというほうが正しいけれど。一応の筋は通っているはずだ。思いつきの仮説だから穴はいっぱいあると思うけれど、今はそこまで考えている時間はない。使っている分には、こんな問題はどうでも良いのだから。

「となると、聖って魔法か術式が使えたら滅茶苦茶強いんじゃない?」

「なんで?」

 それはないだろう。仮に使えたとしても、ぼくは魔力なしだ。〈揺光〉を使えるとして、〈揺光〉から魔力の供給があっても――滅茶苦茶強い、と言えるほどにはならないと思う。

 そこまでにはなり得ないだろう。

「〈揺光〉なんていらないよ。だって……それだけの魔力を蓄えるだけの容量が聖にはあるんでしょ?」

「……?」

 いや、どういう意味だ?

「……どうしてこういう時に頭の回転悪いかなぁ。聖って魔を斬ったらさ、一太刀入れた段階で、ある程度動きやすくなってるんじゃない?」

 思い返してみる。

 うん。

「そうかも、しれないかな?」

「ということは、その段階で〈揺光〉は魔力が満タンってことで、それ以降得られる魔力は全部聖行き。で、聖は戦闘中に何回も魔を斬る。その度に魔力を吸収する。身体能力が高まる。以下リピート」

「つまり、ぼくの容量が一杯になると〈揺光〉がさっき言ったような変化を起こす?」

「そういうこと。でもそれはまだ一度も起きてない」

 これは考えてもみなかった――わけではない。

「戦闘が終われば、ぼくの身体能力は急激に低下するんだよ」

「え? どういうこと?」

「タンクに蓄えられた魔力は、魔力の供給が断たれると急速に消費されるんだ。破棄される――とも言える。原因はわからないけどね。現実的に考えれば、戦闘中は敵からの魔力が何をしなくてもぶつかってくるけれど――」

 不吉なあの力。

 自分の存在を高らかに謳うの不吉が。

「――戦闘が終わるとそうじゃなくなるよね。だから吸収量が一気に低下してるんじゃないかな」

 それだけではわからない問題もある。不十分な仮説だ。だけど、〈揺光〉が自分の意思を持っていて、戦闘中と非戦闘を区別していると考えるよりはよっぽど良いだろう。

「あーもう。わっけわかんないっす」

「ぼくもわからないよ」

「この話はもうやめ! やることやってからにしよ」

「りょーかい」

 それが終われば考える必要もない。

 そんなことは言う必要もなかった。

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