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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第三章『真実の行方』
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第二十一話『実力差』

 地を割る爆音とともに、物理的に地を割る衝撃がぼくを襲う。あまりの衝撃の大きさに、その激しい音すら消え、無音の世界となる。その魔法の衝撃だけが――結果だけが残り、その他の全ては消えてなくなってしまう。

 こうしてぼくが語り部を務めるのも、これで最後。

 こうしてぼくの物語は終わった。

 終わる。

 そのはずだった。

 けれど、予想された衝撃はぼくを襲わない。

 圧倒的な爆音はもたらされない。

 結果も過程も何も、あらゆる魔法の影響がない。

 ぼくは思わず閉じてしまっていた目を開け、やはり魔法が使われた形跡のない風景を見る。木が新たに倒されているわけでもなく、ぼくにヒットしなかったそれがどこかを破壊しているわけでもない。

だがおかしい。

 ぼくが感じたプレッシャーは本物だった。今までで一番強い魔法が来る――そう思って身構えた。

 それなのに。

 何も起きない。

 ゼノ(Xeno)は――立っていた。

 何をするでもなく、ただただ立っていた。

 攻撃に転じるチャンスだということは、火を見るよりも明らかだ。それなのに、ぼくの体は動かない。動くことを拒否している。そして恐怖している。

「きゅああああ」

 魔が吠える。

 ゼノではない何者かになった魔が、空に向けて吠えた。

 芯の定まらないふらふらとした挙動で、魔はぼくを見据える。顔の大部分を占める大きな口が、禍々しく開かれた。

「また会ったね! ボクを覚えているかい? 覚えてくれているよね! ボクは(×)(×)(×)(×)! ところでここはどこ? あれあれあれあらるれあられ?」

もう構ってられない。

 ゼノが放った魔法の効果が発揮されたから()()が出てきたのか、それとも別の理由で出てきたのかはわからないけれど、こいつはいつ何をしだすかわからない。今はそれを考える時じゃない。ゼノだろうとこの魔だろうと、その存在が脅威であることに違いない。

「ぜああ!」

 魔の懐に潜り、その喉元に向かって〈揺光(ようこう)〉を突き出す。ぼくの攻撃はそんなにも遅いのか――剣先は喉を捉えず、皮一枚傷つけることはなかった。気合の乗った突きがむなしく空を突き抜ける。

 突きが空を切った――つまり、魔は攻撃をかわしたということだ。

 突き出した勢いが殺せないままぼくの体は前へと動き、視界の端に魔を捉えた。魔はその禍々しい口を嫌らしくゆがませる。

 それは一瞬のことだったけれど、そのゆがんだ口が笑みだということをぼくは悟った。

 理性ではなく、本能によって引き出された笑み。

「リィズ! きゅああああああ!」

 直後。

 奇妙な浮遊感と同時に世界が回り、全身に衝撃と痛みが走って停止した。魔の攻撃を受けて吹っ飛ばされたのだと理解したのは、離れたところで魔が笑ったのを見てからだった。

「大丈夫かい? 大丈夫だよね! 大丈夫さ! 大丈夫! ボクが守るよ守るとも! リズは傷つかない! リズはどこにもいかない! ボクはここにいる!」

 魔の姿が消え、さっきまで立っていた場所に土煙だけが残る。それに気づくや否や、後ろで草を踏む音がした。

「なっ――」

 体はすぐに反応した。考えるよりも早くその場を飛びのく。後ろで派手な音がして木が数本倒れた。

「触ることすらできないじゃないか」

 逃げ回ることしかできない。

 攻撃に転じる隙が――そもそもない。このままでは触る触らないよりも先に、体力の限界がくる。何かこの状況を覆すようなことがないか。

 できることはなんだ。

 何か見落としていることはないか。

 気付けていないことはないか。

 考える。

 考える間にも魔の攻撃は続く。初めのうちはある程度余裕を持って攻撃を避けることができていたけれど、だんだんとそれすらも難しくなってくる。足が――体が重い。走ることもままならない。

「今度は死なせないよ! ボクがいるんだから! リィィズ! ボクはボクはボクはボクボクボクボクボクボク――」

 幾度となく加えられた衝撃によって、地面から隆起していた土の壁を魔が砕く。

「そこだあ!」

 一瞬の動作の遅れ。

 ぼくはすぐさま攻撃に転じる。伸びたままの腕に〈揺光(ようこう)〉を振り下ろす。魔は異常な反射速度で、腕をすぐに引っ込めた。が、やはり一瞬――それは遅れた。左腕から血が垂れ落ちる。

 地面に滴る血に喜ぶように、〈揺光〉からぼくに魔力が注ぎ込まれてきた。

 流れ込んでくる記憶の残滓。そこには喜びも幸せもあったけれど、それ以上に――その倍以上に、悲しみがあった。悲しみと同じだけ決意があった。それが理解できてしまう。したくないのに、できてしまう。

 だけど、ぼくにも譲れないものがある。

 目の前のこの魔にも思いがあるように、ぼくだってある。

 成すべきことがある。

 ――人間じゃないじゃん。

 彼女はそう言った。

 確かにそうなのだろう。ぼくたちはすでに人間の限界を超えた能力を、性能を得てしまっているように思う。たとえそれが天然でなく、努力の賜物でもなく、技術によって得たものであったとしても―― その事実だけは変わらない。

 変えられない。

 ならば早く終わらせてしまおう。

 こんなふざけた物語を。

 なるようにならず、濁流のように流れていくこの話を。

「離さないさ! きみはここにいるのさ。リズ! リズは人気者! リズは不人気者! リズは生きているのかい? 生きていないんだね? リズを殺したのはボクかい? ボクだとも! リィィィィィィィズ!」

 この魔も、きっとそれを願っているのだろう。

 終わることを。

 終わらせることを。

 ぼくはなんとなく、そう思った。

 自分のことのように――そう思った。

「ぜああ――!」

 魔との距離をさらに詰める。魔の魔力を吸収したぼくの動きは、さっきよりもさらに鋭く速い。自分が自分でないような感覚を覚えながら、上段から斬りおろす。が、やはり魔の反応速度は異常だった。すぐに体を刀の軌道上から外し、右腕を軽くかすった程度の傷にとどめた。

「ひゃあああ!」

「ぐえっ」

 虫を払うように振るわれた腕が、ぼくの体に直撃する。肺から空気が抜け絶息した。地面に叩きつけられ、肩を強打した。

「――しまった」

 衝撃に耐えかねて、〈揺光〉から手を手を放してしまった。〈揺光〉はぼくと魔との丁度中間あたりに落ちている。取りに行くのは難しい。これは自分の愚かさを恥じなければならない。同じような攻撃法で、同じ結果に終わり、しかも今度は自分の武器まで手放している。これを愚かと言わずして何を愚かと言おう。

 魔はぼくと〈揺光〉を交互に見――目のないあれにどのように見えているかはわからないが――そして魔はゆっくりと歩き始めた。

 ぼくは動けない。

 動けば魔は――目標をぼくに変えるだろう。あのゆったりとした歩みは〈揺光〉に向いている。それは確実だ。魔が〈揺光〉を手に取り何をするつもりなのか――ぼくにはそれはわからないが、破壊するかどこかへ捨ててしまうか、そのどちらかになるだろう。どちらにしても、ぼくはその時点で武器を失う。最弱のぼくが戦うことを可能にした、その唯一の要素がなくなる。

 今から走って駆けつけるべきか。

 否。

 〈揺光〉を手放した瞬間から、ぼくの中に満ち満ちていた魔力が急速に冷え込んでいくのがわかる。ぼくにはさっきまでの速力はない。取りに行ってそれが成功しても、それ以降は絶望的だ。距離が近すぎる。どういう行動をとるにしても、ぼくは魔の攻撃を受けなければいけない。

 リスクしかない。

 取りに行くのも行かないのも。

「同じか」

 同じ。

 やって後悔するのとやらずに後悔するのを選ぶなら、ぼくは迷わず後者を選択する。だけど、それはまだリカバリができる時だ。選択の余地がある時だ。

 だけど――今は選択の余地などない!

 駆けだす。

 やっぱり速く走れない。いやむしろ、普段より遅いかもしれない。疲労がピークに達している。魔力によって補われていた――誤魔化されていた負担が一気に襲いかかってくる。

苦しい。肺が押しつぶされそうだ。足は今にも動きを止めてしまいそうな勢いで、その動きを鈍くしている。視界がかすむ。腕が重い。肩が痛い。口の中は粘つく何かが支配している。体は冷たくなっていっているのに、なぜか全身が燃えるように熱い。

 あと少しだ。

 まだまだ距離があるが、それでもまだ間に合う!

 合わせてみせる。諦められるか。あれはぼくがぼくであるために必要だ。ぼくが胸を張るために必要だ。

 あれは希望だ。

 あれは決意だ。

「あ――」

 〈揺光〉は魔の手に堕ちた。

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