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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第三章『真実の行方』
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第二十話『雑兵と大将、格と核の違い』

 それは悲しみの塊だった。

 本来ならば――そう、本来ならば出会うはずのないふたりだった。

 運命のいたずらか。

 善意か、悪意か。

 ふたりは出会った――出会ってしまった。

 あるいは――出遭った。

 人間と魔。

 日向の国と日陰の国。

 正と負。

 対になる存在。

 正反対のふたりが同じ道を歩もうとしたこと――それが悲劇だった。たとえばふたつの存在が相手の存在を認めていたならば、あるいは悲劇にはならかったかもしれない。対等な立場なら、ああはならかっただろう。

 異形。

 自分たちの基準からはみ出た異形を認められなかった。

 それが始まりで、それが全てだ。

 人の娘と魔の青年は純粋だった。彼らを引き合わせたのは一体なんだったのか、それは本人たちにしかわからない。けれども、何か強い絆のようなものがふたりの間にはあった。

 しかし、その絆はふたりを結ぶと同時に引き裂く諸刃の力だった。

 魔と交わった人の娘は人によって、その身を焼かれた。

 人の娘に恋した魔は怒りと絶望によって、その心を焼かれた。

 心が焼けた魔の青年は自己を喪失し、ただ幸せだった過去に縛られた存在として世界を崩壊へと導く。

 その行為そのものが、自分の願いと矛盾しているものであるとは気づかないまま。

 暴れて暴れて暴れて、時折昔に思いをはせて――そして世界を砕く。

「今一度名乗ってやろう!」

 二対の両翼を広げた姿は、まさに悪魔そのものだった。真紅の巨体が見る者に戦慄を与え、刺々しい外皮が世界との拒絶を謳う。

「我が名はゼノ(Xeno)! 〈俯瞰する(Excluder)ゼノ(〝Xeno〟)〉――日陰の民フィアドが(おさ)、ゼノ!」

 ちりちりと空気がやける。

 とてつもない圧力だ。

「お前の名を聞いておこうか。我を討たんとする者」

 ゼノ。

 ぼくの旅の最終目標。

 目の前にいるこの魔を討伐することが、ぼくの旅の目的だ。

 やっと。

 やっとここまでたどり着いた。

「どうした、早く名乗れ」

「ぼくは聖。異世界から召喚され、女王からゼノの討伐の命を受けた。世界最弱の聖だ」

 世界最弱。

 なんて良い響きだ。

 ぼくの心を苛ませ続けたこの肩書きは、しかし、ぼくにはぴったりなそれだ。ぼくは誰よりも弱く、誰よりも戦いに向かない――そして誰よりも()()()()

「我の前に立ちふさがったのは、軍勢を除けばお前が四人目だ」

 ぼくよりも早くゼノに立ち向かった三人をぼくは知らない。話に聞くことしかできなかった三人の英雄。

 ひとりは時を操る魔法を使えたと言われる〈大導師(タイマー)〉。

 ひとりはサクラという名前以外は詳細不明の剣士。

 ひとりはエレナさんではないかと言われているが、詳細不明の誰か。

 そして今回のぼく――世界最弱。

「その世界最弱という肩書き、お前の魔力がないことに起因しているとみえる。ふん、なんとも安易な考え方だ。魔力を有していなければ強くないなど、ただの世間知らずの馬鹿としか思えぬ」

 圧倒的で暴力的な魔力を持つ魔は言う。

「我に立ちふさがった剣士は魔力など有していなかったが、それで我に傷を負わせたというのに」

 魔力を持っていなかった……だと?

 それはどういうことだ。

じゃあつまり、サクラという剣士は異世界から召喚されていたってことか? なら今消息不明だっていうのは、単純に元の世界に帰ったっということなのか?

「まあよい。さて、ヒジリといったな。お前の力を見せてみろ。我が世界の希望を打ち砕いてやろう」

 ゼノの両の拳に可視化された魔力が炎のように揺れる。

 お話の時間は終わりだ。

 〈揺光〉を構え、心を静かにゼノと正対する。

 ゆったりと。

 焦りも気負いもなく、恐怖心さえも消し去るように。

「ああ、見せてやるとも。砕けるものなら砕いてみろ。お前が――最弱でないのなら」

 ゼノの魔力が増大する――その様が、魔力を感じられないぼくにも伝わってきた。不吉を超えた不吉が、ぼくを気配だけで殺そうと襲いかかってくる。

 先手を取る――ゼノの力は未知数だが、それだけに後手を取るのは危ない。無暗に飛び込むのも危険だが、ゼノの攻撃を捌きれる確証がないのなら攻撃の隙を与えずに攻撃を仕しかけたほうがマシだ。

 〈揺光〉を握りなおし、ゼノに向かい右足を上げた。

「――ふむ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――っ!」

 足が止まる。

 あてずっぽうに、適当に言ったのかもしれない。

 けれど、ただこれだけのことでぼくの動きが止められてしまった。

「物理的にではなく心理的に、ぼくの動きは抑制されてしまった――か。なるほど、実に的を射た思考だな」

 ぽりぽり、と、その無骨な手で顎をかく。

 退屈そうに。

 見飽きた映画を分析しているかのように。

「エイガ、というものは初めて聞いたな」

「なんだ――」

「なんだよ、お前」

 ゼノはぼくの言葉を遮って、ぼくが言いたいことを言った。

 どうして――

 どうしてぼくの――

「どうしてぼくの考えていることがわかるんだ、か。奇異なことを言う」

「奇異なのはお前だ」

「マンザイなどしなくても良い。お前は我の名を知っているか?」

 知っている。

 知っているとも。

 さっき名乗ったばかりじゃないか。

「そのとおり。我が名はゼノという。〈俯瞰する(Excluder)ゼノ(〝Xeno〟)〉だ。つまり、そういうことだ」

 どういうことだ。

 ゼノ。

 ゼノ――魔の長。

 破壊と心を司る魔。

 あー……うん。

 理解した。

 というか思い出した。

「つまりそういうコトだ。ワレはお前の心を視、お前の行動の全てを見通ス」

 なんだ?

 ゼノが動き始める。

 魔力が燃える右腕を地面に叩きつける。

「ぐがっ……く――」

 衝撃で体が吹っ飛び、木に打ちつけられる。意識が一瞬飛び、視界に火花が散った。呼吸を整えようと大きく息を吸い――

「ちょっ、まっ――」

 飛んできた火球を〈揺光〉でそらす。バキバキという音を鳴らしながら、右手側の草木が燃えた。熱気を感じながら、ぼくは立ちあがる。

「三歩駆けテ右、と思考しツつ左に移動」

 ぼくは三歩右に移動するフェイクを入れて、左に体重を傾ける。

「めくレた岩盤を蹴リ、ヨり勢いをツケる」

 ゼノはぼくの思考を読みとったように――いや、実際に読みとってぼくから距離を取った。ぼくは構わずに距離を詰める。

 心を読まれているからなんだ。

 策も何も筒抜けだからなんだ。

 ぼくは世界の希望だ。

 ぼくは勝たなくちゃいけない。勝つためには――そんな些事でためらってちゃいけないんだ!

 刀の間合いまで詰め寄り、何度もゼノに打ち込む。それらは全て見切られ、ゼノを傷つけることなく空を切る。戦略も何もあったもんじゃない。ぼくは何度も――無様なまでに〈揺光〉を振り続けた。

 下手に策を練るな。

 勝ちに行っても勝とうとするな。

 敗北を恐れるな。

 無暗になるな。

 無謀になるな。

 ただただ純粋に、ゼノと戦え。

「おおおおおおおお!」

 声は勇気。

 声は希望。

 自分を奮い立たせる。

「ぜああ!」

 〈揺光〉がゼノの魔力を吸い、ぼくの身体能力は上昇している。けれど――それでも届かない。この刃は届かない。

 ――知ってるか?

 ――戦いっていうのは魔法でするものなんだぜ?

 忌々しい声が頭の中に響く。燃え盛る魔――危険な魔。

 お前に言われなくたってわかってる! だけど――

「そレガお前の戦イダ!」

「お前が言うんじゃねえよ!」

 振り下ろされた爪を、横に跳ぶことで辛うじて交わす。すぐに体勢を立て直して、またゼノに打ち込んでいく。

 手を抜かれているのがわかる。

 もし全力で来られたら、ぼくは一瞬で消し炭になってしまうだろう。

「きゅあアあハハはハハはハははは!」

 ゼノが両手でぼくを突き飛ばす。

「がっ――」

 よけきれず、ぼくは地面を転がった。視界の端に千紗が映った。

「まだだ!」

「いや、モウ終わロう! おマえは頑バった! だカラもう――寝てイロ!」

 突き出された手のひら。

 そこに浮かぶ何かの紋。

「魔法――」

 ここまで来て終われるか!

 やっと――やっと見つけたんだ。

 ゼノ!

 ぼくの旅の目的、倒すべき魔の長!

「ヨイ時かンだッタぞ、マ力を持タヌもノよ! イヤ! セ界サい弱のヒじリ!」

「ぼくはまだ負けちゃいない! 勝手に終わらせるな!」

 だが、ぼくの声なんてもう届いちゃいないだろう。

 急速に高まる魔力の濃度。

 それに伴い、周りの空気が震えて轟音を巻き起こす。

 紋は次第に光を強め、全てを飲み込まんと――その力を解き放つ瞬間を待ちわびている。

「〝ユらめくヒカり〟」

 そして魔力が弾ける。


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