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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第三章『真実の行方』
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第十七話『それは必然のように』

 終わりの町――終わりの島。

 その島は荒れ果てていた。ぼく自身がこの島を見るのは初めてなのだけど、そうとしか形容のしようがない有様になっていた。

 倒れた木々。

 めくれた岩盤。

 およそ人が住んでいたとは思えないほどの荒れた大地が、いつ沈んでもおかしくないような船に乗ったぼくたちを迎えた。

 陸に降りたぼくたちは、まず大きな安堵の息をもらして上陸を微妙な雰囲気で喜んだ。沈没による全滅は免れたけれど、この場所はこの世界の人たちにとっては近寄りたくない場所なのだ。それがたとえこのような緊急時であったとしても――だ。

「ふたりは島の様子を見てきてくれ。俺たちはさっそく船の修繕に入る」

 半時間ほどの休憩の後、男たちをひきつれたリックさんが海辺で座り込んでいたぼくたちに言った。

「わかりました。行こう、千紗」

「うん」

 呟くようにうなずいた千紗は、少し緩慢な動きで立ち上がる。

まだ元気のない千紗の手を引いて、ぼくたちは倒木の間を抜けて歩く。歩くにつれて倒れている木が多くなってくる。もしかしたらこのあたりは森だったのかもしれない。倒木にはコケや草が生えていて、これらが倒れてからかなりの年月を経ていることがわかる。

「ここは森だったのかもしれないね……」

 あたりを見回しながら千紗が言った。荒れているとはいえ、普段あまり見ない景色は千紗の疲れた精神を少し刺激したようだ。

「そうだね……このあたりもゼノ(Xeno)が暴れたときにこうなったのかもしれないね」

 この島でゼノに何があったのだろう。存在そのものが変質するほどの出来事なんて、ぼくには想像することもできない。

 島は荒れただけの場所かと思っていたら、そうでもないようだ。倒れずに残った木々、新たに生えてきた植物が島全体を覆っている。動物も少なからずいるようで、獣の息づかいが感じられることも間々ある。

「ねえ――」

「うん。これは……」

 森は生きていた。

 けれど、やはり話に聞いていた通り、町は死んでいた。

 死んだ町――終わりの町。

 森を抜けたそこには、大きく開けた場所があった。何もなく、黒く変色した木材、というにはあまりにも保存状態が悪く、廃材としかいいようのないものが無数に散在している。それらにもやはり植物が繁殖しようとしていて、()()()がそうなってから長い時間が経っていることがわかる。手近にあった廃材を〈揺光(ようこう)〉の鞘で押してみると、長年の風雨で腐った木はすぐに形を崩した。

「……」

 廃材の存在だけが、この場所が町だったことを来訪者に伝える。それ以外の手がかりは皆無と言ってよく、せいぜいここが広いということだけだ。

「町、というよりは村って広さだね」

 先を歩いている千紗が言う。

 確かに町と言うには少し心もとない広さだ。ササ村より広いが、それでもイカガカなどと比べるには少し無理がある広さだ。とはいえ、向こうに見える丘の丘を登った先がまだ町だとするならば、この倍程度はありそうだ。

「あの向こうに行ってみる?」

「そうだね。あそこに登ればここを見下ろせるし」

「見下ろして意味あるかな? あたしにはよくわかんない」

「一応、ね。見落としたものがあるかもしれないだろ?」

「それもそうだね」

 丘はちょうどぼくらと対面する位置にある。そこまで行くにはこの広場を通るしかないのだが、正直な話、あまり気が乗るようなことではない。この場所で何が起きたのか――それを考えれば、ここから早く立ち去りたいと言うのが本音だ。

 それもできなくはない――できなくはないのだけれど。

「ここは見ておかなくちゃいけない気がする」

 繋がっている気がする。

 全てが繋がっている気がする。確信も何もないけれど、ここが始まりの場所なのだろうという漠然とした感覚がある。

 終わってしまった町は、奇しくも始まりの町となってしまったのかもしれない。この世界に渦巻く悲劇が始まった場所。

「……うん」

 船が魔に襲撃されなければここに来ることはなかったとはいえ、それでもいずれここに来ることになっていたのだろう。世界の〈希望〉としてこの世界に召喚されたその時から、これは決まっていた――なんていえば、少々運命論的な話になってきて嫌なのだけれど、この際我慢するとしよう。

 さて、だ。

 丘までまだしばらくかかるだろうから、町の様子を見ながら行こうと思ったけどこの有様ではそもそも見るものがなかった。だからこそ丘に登って全体を俯瞰(ふかん)しようと思ったわけだけど。

 それから少し歩いて丘を登り、さてそこには何があるのか――町の残骸か島を見渡せる場所か。そう思って登ったのだけど、そこにあったのは――残骸は残骸でも墓地の残骸だった。

 墓地。

 そこが墓地だとわかったのは、いくつかの墓が辛うじて原型を留めていたからだ。

「お墓……かな」

「そうだろうね、たぶん」

 突き立てられた木の墓標は、荒れてしまったこの島ではどうしようもないほど寂しく見えた。

 誰も来てくれない墓。

 忘れられ――いや、知られていない墓。

 多くが壊れてしまって、辛うじて残った墓もその姿はひどく痛ましい。見る者に息苦しさをもよおさせるその佇まいは、さながら完成された絵のようでもあった。

「いくつか残ったのは幸運だったのか、それとも不運だったのか」

 どうせなら全て壊れてしまったほうが、埋葬された者にとってはよかったのかもしれない。取り残されてしまったようで、それは寂しいんじゃないかと思う。

 想像しようもないことだけど。

 そうなんじゃないかな、なんて思う。

「ねえ、聖……誰かいる」

「え?」

 ぼくたちより先にここに来た人がいるのか?

 それとも船員の誰かが?

 そういう疑問が浮かんだが、千紗が指差す先を見てそんな疑問は全て吹き飛んだ。

 見れば明らか。

 見れば感じ始めるこの()()

「なに……どうして今まで気付かなかったの?」

 そんなこと、誰にもわからない。

 前にもこんなことはあった。

 ()()()()()――

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 魔が。

 名もなき魔が、そこにはいた。


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