第十六話『船の中』
そして船は、問題の島へと向かう。
終わりの町。
名前を失ったその町は、ある種のタヴーとして見られている。この世界に魔が溢れるようになった始まりの町。
その町が襲われなければ、それは露見しなかった。
その町が――始まりとなった。
暗くて暗くて、恐怖におののく日々の始まりだ。
今まで明るく見えていた世界は、きっと空元気の世界で――本当は、本当は怖くて暗い世界だったのだろう。船上での戦いは、それをぼくに思い知らせたのだった。
戦いに勝ち、高揚感すら覚えてしまったけれど、それに気づくことに時間はかからなかった。
そんなどこか憂鬱な朝。今日の夕方くらいには島に着くということなので、ぼくは空いた時間をどうやって埋めるかに頭を悩ませていた。まず頭に浮かんだのは釣りだったけれど、竿が貿易船に積まれているなどと考えていたことが間違いだった。いや、実際は数本持ち込まれていたのだけど、その全てが先の戦闘で折れてしまったのだ。
娯楽というものが全くない船内で、ぼくは息のつまるような思いでベッドに寝転んでいる。理由はいくつかあるけれど、あえて言葉にする必要はないだろう。
「それでもそろそろ起きないといけないな」
娯楽はなくとも時間は流れるし、やることはなくてもやらなければならないことは目の前に迫ってくる。ならばその準備を整えておくことが先決だ。
と。
〈揺光〉を鞘から抜いて気付いた――が、気付かないふりをして〈揺光〉の刀身を磨く。磨き終わったら今度は鞘を拭き、〈邂逅〉にも手を伸ばす。
気付いたことというのは、この動作をぼくはすでに何回となく繰り返しているということだ。真面目な話、人間、やることがなくなると思考回路が正常に動作しない。同じことを繰り返し、堂々巡りした揚句にまた同じ場所に立ち戻る。
「この旅はいつまで続くんだろうな……」
ここまでも長い道のりだった。王都を出た頃のぼくが今のぼくを見れば、きっと何かの冗談だと思うくらいには、ぼくという人物は変わった。それが成長なのかはわからないけれど、外見も中身も――それなりには変わっている。
そして何より、あの頃の自分は魔を倒せる力を持っているなどと思いもしなかっただろう。あの発砲魔のような魔を倒したところで、あれは運だった感じていたように思う。わけもわからぬままに放り出されたぼくは、今はゼノの姿を未だ掴んでいない。ただ、ゼノの形跡を追っている。
次に向かう終わりの町。
その町こそ全ての始まりで、ゼノの行方を知る手がかりなのだと思う。狂った魔。存在そのものが変質するほどに狂った魔。
そうならば、このまま『ゼノ』という魔を追いかけたところで、それは徒労でしかないのではないだろうか。ぼくは何かを見逃している――見落としている、のかもしれない。この旅を終わらせるためには、もっと別のアプローチを考えなければいけないのかもしれない。流されて続ける旅ではなくて、考えて続ける旅にしないといけないのかもしれない。
その上で。
この旅はいつまで続くのだろう。
終わりがないようで――
果てがないようで――
ぼくは少し怖いのだ。何が、というわけでもない。ただなんとなく、怖い。あえて――あえてそれを言葉で表現するならば、「続く」ことなのかもしれない。終わらないことなのかもしれない。作者やら関係者の都合でなかなか終わらない人気漫画のような、結末と収束を先送りしているような――そんな気持ち悪さ。
そうか。
気持ち悪いんだ。
ぼくの胸に渦巻くこの感情は、きっと恐怖もあるのだろうけれど――それ以上に不快さがあるのだろう。
先行きの見えない旅。
見通しの立たない旅。
ぼくの前には何も提示されない。
提示されるのは過去の出来事だけだ。
現状をどうにかするための何かは、ぼくの前には現れない。
そしてそれは、これからは自分で見つけなければならないのだろう。
船は休まない。