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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第三章『真実の行方』
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第十三話『力の自覚』

 余裕と自信と慢心。

 それらは紙一重だ。

 ちょっとしたさじ加減で、それはどれにでも変化する。どれもほどほどが一番ということではあるのだけど、それだけではなくて、経験とか予測とか、そういうものも過信しするぎるのは禁物だ。その点、クリル(Clir)は甘かったようだ。

「終わらせてやる! お前たちの――お前たちの未来を!」

 それは――唐突に始まった。

 海が荒れ、波が極端に大きくなった。その勢いは船を大きく揺らし、波しぶきが甲板を濡らした。

 足場が悪すぎる。

「くっ――」

 〈揺光(ようこう)〉を甲板に突き立て、何とかその場に立つ。千紗は人としてはもはや規格外で、平然と――とまではいかないが、ぼくよりは余裕のある表情で立っている。比べて意味のある差ではないけれど。

 あってたまるものか。

「我が名はクリル! 〈報復する(Answerer)クリル(〝Clir〟)〉! 静かなる同胞よ! 鏡映しの同胞よ! 強固なる同胞よ! 私は本気を出さねばならぬようだ! ふふ……ふははははははは! 見ていろ! 静かなる同胞に、鏡映しの片割れよ! 私がお前たちの(かたき)を討ってやろう! ふははははは! 我が前にはお前たちの仇がいるぞ――憎き人間がいるぞ! 魔力を持たぬ異端と歪な魔力の異端がいるぞ! 私はこれからこやつらを喰おう! 海を汚すなどという愚行は犯さぬ! 我が血肉にしよう! ふはははははははは――ははははははは!」

 そして切っ先をぼくたちに向ける。

「覚悟は良いか! 私はもう容赦せぬ! 痛みを感じる前に殺す!」

 余裕の仮面は引き剥がされ、そこには凶器に満ちた海魔が一体。

()()()()()()

 〈揺光〉によりかかったまま、ぼくは言う。

 千紗はぼくを一瞥し、拳を青く染める。

「ほう?」

()()()()()()()()()()()()()()

 名乗る。

「やってみろよ、お前が最弱でないなら」

 甲板から〈揺光〉を抜く。

「減らず口を!」

 わかっている。

 こいつは強い。

 強く、強く――狂っている。

「――――ハァッ!」

 水弾が六つ。

 千紗はそれをかわしながらクリルとの距離を詰める。〝武神〟の術式は発動しない。あくまでその拳に魔力を蓄えたまま、千紗はクリルに向かう。

 クリル――千紗――ぼく。

 位置関係が直線になる。

 ぼくは剣を構えたまま、揺れに耐える。

 ()()()()()()、揺れに耐えるので精いっぱいだ。

 水弾がさらに放たれる。今回はかわしきれず、千紗の右肩をかすり、血が弾けた。

「ぐぅ」

 それでも千紗は前進をやめない。

「聖!」

「ああ!」

 ()()()()()――()()()()()

「喰え! お前の大好物だ!」

 〈揺光〉の刃が、水弾を切り裂く。クリルの魔力で構成されていた水弾は形を失い、ただの水となって飛び散った。

「よし」

 ()()()()

 ようやく動けるようになったぼくは、千紗に続いてクリルとの距離を詰める。

「何を――」

 突然動けるようになったぼくに困惑し、クリルは続けざまに二発の水弾を放った。

「無駄だ!」

 内一つは狙いがそれ、船の壁に穴を開けた。残る一つを〈揺光〉で斬る。

「どうして、私の魔法が無効化されているんだ! くっ! もう魔法などには頼らん! そうだな、私は剣士として戦うのだったな!」

 ぼくと対峙した魔は言った。

 戦いとは――魔法でするものなのだと。

 魔法を使わないぼくがしていることは、戦いではなく遊びなのだと。

 千紗がクリルの懐にもぐり、拳をクリルの体に叩き込む。その体に触れるか否かの刹那、千紗の突き出した拳の光が増大した。

「がっふ――」

 反応が一瞬遅れ、クリルの体が甲板を滑る。

「わかったんだ。〝武神〟は魔力を飛ばす術式じゃない」

 触媒がグローブである理由はそこにあった。

 拳が相手にめり込む瞬間、その一瞬に魔力を放出させること――これが〝武神〟の用途だ。触媒の性質を活かした、実にわかりやすい用途だ。

「術式――だあ?」

 クリルが立ち上がる。

 わずかだが、ダメージは残っているようだ。

「魔法とは違うってわけか。それが歪な魔力の正体」

 まずい、な。

「千紗、ここでのキューブの使用は最悪でも二つまでに抑えたい」

「了解」

 この先、どれだけ戦わなければいけないかわからない。二つでも多いくらいだ。

「……ふふん?」

 クリルの姿が消える。さっきまでクリルがいた場所に、水しぶきが盛大にたった。

 ピチャ――

「ゼァ!」

 水音がして、ぼくは思いっきり剣を振った。

「――なぜだ!」

 〈揺光〉がクリルの胸をかする。体が軽くなり、力がみなぎってくるのを感じる。

 そうか、これが魔の力か。

 自分の力を自覚しているのとしていないのでは、これほどまでに差があるのか。

「今度は――ぼくの番だ」

 踏み込み、すばやくクリルの左の手首を狙う。

「チッ」

 クリルは水の剣でそれをはじくが、はじくと同時にその剣は形を崩した。その隙を逃さないように、ぼくはさらに追撃を試みた。

 執拗に左手ばかりを狙う。水の剣は何度も蘇っては、何度も〈揺光〉に砕かれた。クリルの顔に焦りが浮かぶ。対してぼくは、〈揺光〉が吸い上げる魔力のおかげで、どんどん体が自由に動くようになっていく。

「はは――っ」

 楽しい。

 勝てる。

 徐々にクリルが後退していく。

 自分が優勢になっていくのを肌で感じられる。なんだ、魔なんてのはこの程度だったのか。世界に愛されているとは言われていたが、まさかこの程度だったなんて! フィオ(Fio)もこの分だと実はそれほど強くなかったんじゃないか?

「なぜだ! なぜ!」

「クリル、〈揺光〉って聞いたことないか?」

 ためしに聞いてみた。

 剣を打ち合っている最中でも、こんなことを聞く余裕が生まれている。

「〈揺光〉……だと? それがそうだというのか?」

「ああ」

「なるほど! なるほどな! ああ、納得だ! そんなものを持ち出しやがって! 身の程を知れ! クソ!」

 クリルは汚らしくぼくを罵倒する。

 いや――罵倒しているのは〈揺光〉か?

「知ってるみたいだな」

「当たり前だ! 今まで気づかなかった自分を呪っているところだ! そんなもの、この世界にあっちゃいけねえんだ! 違うな――使えるやつがいちゃいけねえんだ! どうしてだ! どうしてお前が扱える! それが扱えるのはあの忌々しい女剣士だけ――」

 クリルはぼくを蹴飛ばし、後ろへ跳んだ。手すりの上に器用に着地して、死んだような目から殺意をぶつけてくる。

「ああそうか……そういうことか! この魔力なしめ! それがそれを扱う条件ってわけだな!」

「…………」

 そうだったのか。

 それは知らなかった。

 魔力なし。

 だから――か。

 魔法の世界で魔法が扱えない世界最弱。

 だけど――だからこそ、〈揺光〉が扱える。魔力を吸収し、()()()()()()()()()にすることができる刀。

 それを扱える特権的立場。

 これをもっていれば――負けない?

「魔法を無効にするならば、()()()()()()()()()()()。そうだろう? ふふん」

 船が揺れた。

 大きな波が――この船を飲み込まんと押し寄せる。

「私の真髄はここにあり! その身で受けろ! 〝海竜の咆哮〟!」

 海が鳴る。

 それに呼応するかのように、クリルが壊れたように笑う。

「おおおお!」

 クリルの隙をついた千紗の渾身の拳――クリルが気づいた時にはすでに遅く、その魚の頭部で全力の一撃を受けた。彼女の術式を全力で駆使した見事な奇襲だ。

「いっけぇぇ!」

 青が、爆発した。

 衝撃でクリルの体ははじけ、海の中に落ちた。さらに千紗は続けざまに五回、〝武神〟を発動した。青い閃光が波を打ち砕く。

 砕けた波は船を大きく揺らしたけれど、それで転覆するようなことにはならなかった。代わりに、台風のような豪雨が十秒ほど続いた。

「やりすぎだよ。まあ、結果オーライだけど。ちゃんと魔力は充填するんだよ?」

「わかってるよ。キューブは一個と半分くらい使いそう」

「それくらいで済んだならよかったよ。実際、人間業じゃないからね、さっきの」

「必死だったんだよ」

「必死、ねえ」

「? どうしたの」

 千紗が首をかしげる。

 ぼくは血がゆらゆらと漂う甲板を見回しながら、ふぅ、とため息をついた。

「この刀、相当の化け物みたいだね」

 ローズさんがこの刀をおてんばだと言ったのが、今ではわかる気がする。これをおてんばで済ませてしまうローズさんも、それはそれでなかなか豪胆な人だとは思うが。

「そうだね」

 さっきの身体能力の向上はきっと、この刀から供給される魔力によるものだ。だが高揚感は? 魔力にはそういう作用があるのか?

 ぼくはこの刀を使えているのか?

 それとも――使われているのか?

「そうだ聖! はやくみんなと合流しないと!」

「あっ! そうだね、行こう千紗」

 疑問はひとまず頭の隅においやって、ぼくたちは船の中に走った。

 もっとも――船の構造なんてわかるはずもなく、ぼくたちはただ食堂で待つしかなかったわけだけど。

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