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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第三章『真実の行方』
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第八話『馬鹿な子』

 千紗には先に部屋に戻ってらって、ぼくはエレナさんに会うために彼女の部屋を探した。ぼくがこれからエレナさんと話すことは、できるだけ千紗の耳には入れたくなかった。彼女がどこまで知っているのかはわからないけれど――と、そこまで考えて思い至る。

 千紗はきっと、()()()()()()()()()()()()――と。

 術式のことが書かれた千紗の手帳のメモ、そこには塗りつぶされて消された箇所があった。そこが術式を扱ううえでのリスクなのだろう。その内容をぼくは知らないけれど、きっとあまり考えたくないものなのだろうとは想像できる。

 想像できるだけで、それを確かめたいとは――思えないけれど。

 ぼくはどこまでも、憶病なんだ。

「そんなところで何をしているんだ?」

「エレナさんを探してたんですよ」

「それはタイミングがよかったな。私は別にきみを探しちゃいなかったが」

 この人はつくづくタイミングの良い人だ。しかも前回も後ろから声をかけてきたのだったか。まさかこの人、ぼくたちをどこからか監視してるんじゃないだろうな。

「そんなわけないだろう。私もそんなに暇じゃない」

 試しに聞いてみたら、エレナさんはくつくつと笑いながら答えた。

「とはいえ、今はそれなりに暇だ。私を探していたというなら、何か用があるのだろう?」

 エレナさんは笑顔のままで言った。

「その用事はまあ、なんとなく予想できるのだがな」

「予想できますか」

「ああ。チサのことではないか?」

 表情を崩さないまま、何でもないことのように言った。

「そうです」

 エレナさんにとって、チサのことはどうということもないことなのだろう。

「術式のリスクかな?」

「お察しの通りです」

「ふむ。ま、立ち話もなんだ。私の部屋に来るといい」

「はい」

「ちなみに、私をここで探しても基本的に無駄だぞ?」

「どうしてです?」

 ここは大聖堂なのだから、エレナさんを探す箇所の筆頭じゃないのか?

「いや、そういうことじゃなくてだな。完全に私の部屋とは反対の場所だぞ、ここ」

 ふふ、ぼくがその程度のことに気づいてないとでも思ったのか。まさかだ。そんなわけあるわけないじゃないか。王都からここまで旅をしてきたぼくが、まさか大聖堂の中で迷うはずがない。

「迷ってませんよ、断じて」

「そうか。それならいいんだ」

 エレナさんの後ろからついていくと、彼女の肩が揺れていることに気づいた。どうやら信じてもらえなかったようだ。残念だがしかたない。

「それはそうと、昨日はよく休めたか?」

「はい、おかげさまで」

 もやもやとしたものが胸にたまっていたけれど、ベッドに横になったらそんなものは眠気に一蹴されてしまった。いつものことだけど、やっぱり柔らかいベッドに横になると、それまでの疲れが体の奥から疲れが噴き出てくる。

 戦地にベッドの罠が置かれていたら、一発でかかってしまいそうだ。

 ……。

 ぼくは一体何を言ってるんだ。

「それはよかった。船旅は疲れたろう? 陸地じゃああんな揺れは体感できないからな」

「まったくです」

 船の揺れは、思ったよりも大きかった。ぼくが元いた世界とは、やはり技術を比べるのは無茶な話だけど。というぼくは、船に乗ったのはこれが始めてだ。

 数人の女性とすれ違う。

「あの人たちはここで働いている人ですか?」

「ん? ああ、まあそんなところだ」

「曖昧ですね」

「まあこういう施設だからな。いろいろあるのさ」

 はぐらかされているわけではないのだろう。

「はあ」

「まあ余計な詮索はしないでほしい、ということさ」

「ならぼくも余計なことは聞きませんよ。余計なことは」

 余計なことは――だ。

「さあ入れ」

 前に来た時と同じ場所に座る。エレナさんはぼくの正面に座った。ぼくの心を見透かすような目でぼくを見つめ、ふぅっと息をついた。

「で、何の用だ?」

「千紗の術式のことで」

「それはわかってるさ。しかし、どうしてきみがそれを聞く必要がある? それこそあの子に聞けばいいことだ」

 幼く見える足が組まれ、妙にその姿勢が尊大に見える。成人がするそれよりも、より尊大だ。

「千紗の術式、あれらのリスクについてわかっていることを教えてください」

「ふう。誰かが口を滑らせたか。まあ、いずれは耳に入ること――か」

「わかってることはあるんですか?」

「すくなくとも、全く未知数の危険を孕んだ術式は使わんさ」

「じゃあ、教えてください」

 エレナさんは思案顔になり、やがて口を開いた。

「本当に聞くか?」

そう言ったエレナさんの表情は、今までのそれとは比べ物にならないくらい真面目なものだった。

 聞いてはいけない?

 聞くべき?

 ぼくは今――選択を迫られている。そう思う。ここで聞くか否かは、今後のぼくたちの関係に影響を与えるだろう。もし聞いてしまったら、場合によってはそれによって関係に亀裂が生じるかもしれない。その危険性は十分にあるし、そうなったら今後の旅が苦しくなる。

 今更、別れて旅をするなんて考えられない。

「どうする?」

「……」

 いざとなると、一歩が踏み込めなくなる自分。

「聞きます」

「そうか」

 だけど。

 それではいけないんだ。

「率直に言おう」

「はい」

「あのグローブに装着された魔石を用いた術式〝武神〟には、ほとんどリスクはない」

「ないんですか」

 あれだけの力を持つ術式だ。リスクのひとつやふたつ、必ずあると思っていた。

 それが――ない?

 いや、()()()()か。

「問題なのはもうひとつのほうだ」

「〝力は満ちて〟――」

「ああ。ヒジリはあの術式の触媒は何か知っているか?」

 〝力は満ちて〟の触媒――

 それはぼくが気になっていたことだ。術式には触媒への魔力の充填が必要になる。〝武神〟の触媒があの青い石であることはわかったけれど、〝力は満ちて〟にはそれらしいアイテムがなかった。

 存在しない触媒。

「〝力は満ちて〟のリスク――というよりも、術式全てに言えることだが、術式のリスクはその触媒が何かということが重要だ。そして今回の場合――つまり〝力は満ちて〟の触媒は……」

 そこで言葉を切った。

「言ってください」

 エレナさんは少し逡巡した。

 本当に、言いにくいことなのだろう。

「……()()()()()()()()()()()()

 体?

 それが、存在しない触媒?

「待ってくださいよ。千紗の体が触媒って、どういうことですか」

「そのままの意味だ。術式は魔法ほど万能じゃない。それは魔力の充填に限ったことじゃない。魔法はその能力の範囲内で応用が効くが、術式はそれができない。魔法は自身の能力だから、あまりに強い魔法でない限り負担は少ないが、術式はそうでもない」

「つまり?」

「〝力は満ちて〟は――そういう意味において強力な術式だとは思わないか?」

 今までの千紗の戦闘が次々と思い浮かぶ。敵を倒す手段のほとんどは〝武神〟による攻撃だった。しかし、それが目立ち過ぎただけで、〝力は満ちて〟の力がなければ敵の攻撃を受け放題になっていただろう。

 機動力。

 攻撃力。

 身体能力を飛躍的に――超常的に向上させる術式。

「千紗の体は〝力は満ちて〟に犯されている。しかし、それはどうにかなるレベルではある。問題なのは千紗の体そのものが触媒であるということだ。ヒジリ、これはどういうことだと思う?」

「……」

「ここまで生き延びたんだ、なんとなく予想はできているんだろう? ……まあいい。今の千紗は、()()()()()()()()()()()()()()

「……」

「千紗は――あの子は、私たちが生きるために食事をするように、生きるために魔力を充填する」

 それはもう――人間に似た魔具のように思われた。

「そしてお前の持つ〈揺光(ようこう)〉が、本来なら――この世界で生きるだけならほとんど問題なかったあの子に、重大な問題を引き起こした」

 〈揺光〉?

 どうして今その名前が出てくる。

「〈揺光〉には特殊な力があるのは気づいているか?」

「いえ……今日、ロックという人に聞いて知りました」

 魔力付与(エンチャント)によって、ただの刀だった〈揺光〉は強化され、さらにイレギュラーな力を得た。

「〈揺光〉は魔力を吸う」

「どういう……」

「魔力は常時、微量ではあるが周囲から魔力を吸い上げる。直接触れれば、斬れば、その吸収量は跳ね上がる」

「お前がフィオ(Fio)と戦い、それでも生き延びた要因はそれだ――と私は推測する」

 もう――何がなんだか。

 わけがわからない。

 今までの全ての出来事が、まるでご都合主義のように。

 まるで定められた物語のように、ぼくを歩かせているように感じる。

「〈揺光〉の魔力吸収は、魔力を持たないお前や、ほとんど魔力を使うことをしない一般人には影響がない。ただ、生きるために魔力を用いる千紗、フィオのような戦闘狂には死活問題だ」

「じゃあ――」

「旅はふたりで続けろ。そうでないとヒジリ、きみはゼノ(Xeno)と戦う前に死ぬだろうな」

 それは――否定ができなかった。

 ぼくはすでに、千紗に命を救われている。

 数の暴力。

 それに屈したのだ。

「あの子がこの旅を終えた時、おそらく元の世界には戻れないだろう」

 魔力がないと生きられない体。

 それはつまり――そういうことだ。

「だが、それはあの子自身が選んだことだ。あの子を召喚したのは――本当に正解だった。あの子は勇者には適役だよ。これ以上ないほどだ」

「エレナ……さん?」

「本当に、あの子は本当に――馬鹿な子だ」


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