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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第一章『本当に勇者なら』
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第六話『新しい目的』

 夕食の時、ぼくは本格的にレミアさんと今後の旅についての話をした。ひとまず、ここから西にあるリヴィルという町に向かう。リヴィルはこのあたり一帯では最も有名な商業都市で、旅に必要な品々を調達できるという。

「ここでは調達できないんですか?」

「できますけれど、やはりリヴィルでそろえたほうがいいかと。政治の町と商業の町では、やはり品ぞろえが違いますからね」

 とかなんとか。

 王都だから何でもそろう、というのはどうやら偏見のようだ。

 リヴィルへはレトアノ街道を通る。街道沿いには川があって、水分の補給も容易らしい。レトアノに到着したら、食料の補給など、自身で考えて行動しろと。

「考えるだけなら簡単に思える不思議」

 ばふん、とベッドに倒れる。とたんに体が包まれるような感覚を覚え、考えることをやめたくなってしまう。でも、今はやめるわけにはいかない。考えることをやめてしまうと、ただの葦になってしまう。

 葦。

 せめて考える葦でないと、この先生き残れない。考えたからといって、生き残れるとも限らないのだから。

 到着したらまず何をするか――それがとても重要なことだ。しかし、それはもう決定している。まずは騎士団のリヴィル支部を訪ねる。それから情報をもらう。旅の基本は物資と情報だ。

 物資。

 情報。

 とりあえずもののほうは現地調達は可能だ。けれど情報――情報はそうでもない。ゲームのように見ず知らずの人と気さくに情報提供をしてくれる人なんて、そうそういないだろう。それだとやはり、騎士団に頼るのは当たり前。よし。やっぱりこのルートでいくのがよさそうだ。

 窓から城下町の様子を見てみると、家屋から光が零れていて、アニメなんかでたまに見かける風景が思い出された。いや、アニメのことなんて、今は忘れよう。目の前にある風景の方が綺麗だ。生活感があって、温かくて、一人でこうして眺めていると、本当に家が学校が――元の日常が懐かしくなる。手をのばしたくなる。

 今日はもう疲れた。もう寝ることにして、明日からは、エヤスさんと勉強会をすることにしよう。

 一日でも早く、元の世界に帰ることができるように。


 二日間。二日間という時間というのは、どうしようもなく一瞬で過ぎ去ったように感じられる。というのも、エヤスさんの教え方はとてもわかりやすかったし、なによりも面白い。単純に知識だけを伝えるのではなく――知識のその先にあるもの、それさえも教えてくれたように思う。

 よもやま話も含まれていた。ぜひとも、うちの高校にきて教鞭を執ってほしい。すくなくとも、あの生物の先生より楽しい授業が期待できるはずだ。いや、もしかしたら誰よりも面白いかもしれない。

 そういうわけで、旅立ちの前夜である。今日の夕食は、いつもよりも少しばかり豪華にするようだ――いや、してくれるそうだ。最後の晩餐、ではないけれど。

 近いもの、なのかもしれない。

 少なくとも、レミアさんたちと夕食をとるのは、最後になるかもしれない。生きて帰ってこれるという保証だって、どこにもないのだから。

「落ち着いているんですね」

 椅子に座って、唯一、ぼくが持っていた本を読んでいると、後ろから声をかけられた。振り返ってみると、そこにいたのはぼく付きの使用人さんだった。使用人さんは部屋の掃除をしてくれていたのだが、それも終わったらしく、両手に掃除道具を抱えている。

「あ……こんな覚悟を揺るがすようなことを言ってはいけませんね。失礼しました」

 深々と頭を下げた。

「あ、いや、そんな……謝らなくてもいいですよ」

 使用人さんは本当に申し訳なさそうに、ものすごく後悔したように頭を上げた。本当に失言だと思っているのだろう。

「落ち着いてはいないんですよ、全然。全然、駄目なんです。今だって不安で不安で――どうしようもないくらい、誰かに泣きつきたいほどなんです」

 突然呼び出されて、突然世界を救えと言われて、その敵は世界の寵愛を受けていて、まるで死地に赴けと言われているようなものなのだから。勝機があるという言葉すらも、気休めにしか思えない。

「そうですよね。申し訳ありません。ヒジリさまがとても集中して本を読まれていたものですから」

「あの……その、できればその堅苦しい言葉遣いをやめてもらえませんか? どうみてもあなた、ぼくと歳が変わらないでしょ」

 初めて会った時から、ずっとそれが気になっていたし、ずっと気持が悪かった。もしかしたら同い年に見えるくらい若く見える、成人の女性かと思ったけれど、どうやらそうでもなさそうだ。

「それは……そうですが。しかしお客さまにそのような言葉遣いは」

「いいから」

「はあ……。では、失礼して」

 コホン、と女性、否――否、というのもおかしいか――ぼくと同じくらいに見える女の子は咳払いをした。

「ごめんなさい。ヒジリさま……ヒジリさんの覚悟を揺るがすようなことを言って、ごめんなさい」

 堅苦しい言葉遣いではなくなったけれど、敬語は残る。ぼくも別に、常体で話してくれることを期待していたわけじゃないから、これはこれでいい。それくらいの距離感というか、そういうのがあるほうがいいだろう。

「だから、気にしてないですってば」

 決意が揺らぐというよりも。

 自分の気持ちを見返すことになったわけだ。

 不安な自分の気持ちを、再確認するきっかけとなった。

「ヒジリさんって、異界の人なんですよね?」

 異界。

 こことは異なる世界。

 ぼくが元々生きていた世界。

「そうですね。初めてこっちの世界を見た時は、本当に驚きました」

 女の子は少し、ぼくを気遣うような表情になったけれど、すぐにその表情は消えた。仕事柄、表情に敏感なのだろう。今のはちょっとした気の緩み、というやつか。

「あの、一つ、お願いしてもいいですか?」

「なんですか? といっても、明日には出発しますからできることに限りがありますけど」

 女の子は首を振った。

「旅が終わりましたら、ここに戻ってきて、そちらの世界のことをお話してくれませんか?」

「そちらの世界って、ぼくの世界?」

 それ以外の意味にはとれない。

「はい。お願い、できますか?」

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「もちろん。剣も魔法もないけれど、科学という力がある世界のことをお話します」

 ぼくは初めて、旅の目的に『元の世界に帰る』という以外の目的ができた。

 さあ、ここはひとつ、気合いを入れようか。


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