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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第三章『真実の行方』
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第四話『似た者』

「待って、待ってエレナ。じゃあ、聖があたしの探していた……」

「そういうことになる」

 エレナさんはうなずく。

 いや待て。確か千紗が探していたのは最強の勇者だったはずだ。最弱がイコールで最強になる――という前提でいけばぼくで良いのだろうけれど、現実はそんなものじゃない。最弱は最弱だろうし、いくらそれを強さに変換したとしても、最強にはなり得ないんじゃないか?

「最弱であるということは、それだけの伸び代を残しているということさ。私はきみのその伸び代に期待しているのだがね」

「聖は……あたしよりも強い?」

「どうだろうな? ヒジリは当然だが、チサだって常に最強というわけじゃない。それは今までの戦いからもわかっているだろう? 要はこれからの成長と、戦う相手だ」

「戦う――相手」 

 それは一体の魔――ぼくはそれを容易に頭に浮かべることができた。ぼくだったからこそ、比較的簡単に倒すことができた魔。

「超限定条件下において、ヒジリはチサよりも強くなる。いや、正確にはチサでも倒せない魔を、ヒジリが倒すことができる。その瞬間だけ、ヒジリは掛け値なく、世界最強となる」

 なんだ……それは。

 納得がいかない。

「どうした、浮かない顔だな。お前は今まで敗北の連続だったはずだ。しかし、ある一点においてきみはチサをも凌駕している。この世界の人間の頂点に立っているに等しいチサに、だ。チサは決して突出した攻撃力によって最強を名乗っているわけではなく、そのステータスの平均値がそもそも最高なのだ。それをたった一点だけでも凌駕しているという事実は、当然誇るべきことだ」

「じゃあ聞きますけど、ぼくが千紗に勝っていることはなんですか?」

 いくら弱さは強さだ――最弱こそ最強だ、なんて言われても、自分の強みがわからなければ意味がない。そんなことは最強じゃないのと同じだ。強くない。強さに無自覚なのは悲劇でしかない。

 いや、この場合は喜劇か。

 ともかく、ぼくはぼくが強いという証明が欲しい。

「そんなもの、ヒジリの()()()()()()()()()()に決まっている」

「――っ」

「聖の……」

 そんなもの――考えなくても。

「考えてみろ。どうしてお前は今まで魔と戦えた? どうして肉体的にも魔力的に圧倒的に不利なお前が、今まで生きている。どうしてついさっきまで、ただの高校生だったお前がこの世界で命をかけている」

 そうだ。

 ぼくは高校でも平均的な身体能力だったはずだ。平均よりも少しだけ、ほんの少しだけ「できた」程度だ。そんなぼくが、どうして魔と戦って生き残っている? 大きなけがもなく――だ。

 運?

 奇跡?

 それならなるほど、確かに納得できるけれど――それは一度や二度までだ。三回目、四回ともなると何らかの理由が――。

「それは――」

「わかっているはずだ。自分がどういう能力を持っているか」

 能力。

 ぼくは世界最弱にして、最弱の勇者。

 あらゆる能力を排し、ステータスを排し、平均的な身体能力と人から預かった剣で旅をするか弱い人間。ただそれだけのはずだ。ぼくに特別な能力なんてないし、特別な資質もない。

 ――ない。

 ぼくは特別なんかじゃない。

「無自覚なのか? それとも逃げようとしているだけなのか? 私は基本的にこの町の人間にしか手を差し伸べないが、ヒジリやチサのような立場の人間に関しては話は別だ」

 エレナさんの目は、ぼくを突き刺すように。

「チサ、お前も思い出せ。お前はヒジリに会って、体に異変を感じなかったのか?」

 体に――異変?

「…………」

 千紗は何も言わない。

 けれどその沈黙は、肯定以外の何物でもなかった。

「ヒジリ、ヒジリはもっと自分に対して自覚的になる必要がある」

 自分に対して自覚的に。

「まあいいさ。今日は長旅で疲れただろう? 部屋を用意させているから、ゆっくりと休むといい」

「あのっ――」

「話は明日、だ。私も一応この町の指導者なのでね。見かけによらず多忙なのだよ」

 有無を言わさぬ迫力で、エレナさんはぼくの言葉を遮った。

 ぼくらの背にあるドアが開く音がした。

「ヒジリさん、チサさん、お部屋にご案内いたします」


 通された部屋は、あのお城とまでは言わないまでも、かなり立派な部屋だった。ダブルサイズのベッドに倒れ込んで、広すぎる布地を持てあます。

「……」

 わからない。

 さっきのエレナさんの話は、理解はできるけれどわからない。

 というよりも、無意識に理解を拒んでいるのかもしれない。

 大きくて柔らかい枕に顔をうずめていると、ドアを叩く音が聞こえた。

「聖」

「あ、千紗。どうしたの? 入りなよ」

「あ、うん」

 恐る恐ると言った風にドアが開き、見たことのない服を着た千紗が入ってきた。白いワンピースドレスのようなものを着ている。普段のボーイッシュでスポーツマンな千紗とギャップが大きすぎて、ちょっとびっくりした。

「千紗って女の子だったんだね」

「女の子だよ! あたしは絶対に女の子だよ! たとえ宇宙が消滅しても女の子だよ!」

「必死だね」

「当たり前だよ!」

 ふう。

 冗談はこれくらいにしておこう。

「で、どうしたの?」

 千紗は途端に表情を曇らせて、言いにくそうにうつむいた。

「聖が、わたしの探してた人だったんだね」

 千紗が探していた人。

 世界最強の勇者。

 千紗に匹敵する力を持つ――勇者。

「ぼくもびっくりしてるよ。ぼくだって今まで最弱最弱って、言われ続けてたんだ」

 それを言い訳にすることはもうやめたけれど、事実は事実として頭に置いておかなくちゃいけない。自分を最強だなんて思っていないけれど、最弱だとも――思ってはいない。

 ちょっと弱い――くらいの評価で良いんじゃないかな。

「本当だったら喜んだらいいんだろうけどさ、どうしたらいいかわかんないや」

「いや、喜んでいいんじゃない?」

「複雑、なんだよね」

「なんとなくわかるけどね」

 喜ぶタイミングを逸した――そんなところだろう。

「そうなんだけどさ。ほら、いっしょに行動してたからさ、聖が弱いことも、それでも強いってことも知ってるじゃん」

「そうだね」

「だからさ、納得できるのが半分、納得できないのが半分――複雑な気持ちっす」

 納得できない――というよりも、納得したくないのかもしれない。少なくとも、そう思ってしまえる程度には、ぼくは千紗に弱さを晒している。戦闘面でも、精神面でも――だ。

 中学生の千紗のほうが、ぼくなんかよりもはるかに強い。戦闘も心も。

 それでも。

 エレナさんは、ぼくが最強であると言う。

 最弱であると同時に最強であると言う。

 そんなもの、両立しうるのだろうか。

「超限定条件下なら、ね。あたしだって、元々聖といっしょに行動するように決めたのは、その弱さでそれまで生き抜いてきたから――なんだよ」

 本当に、どうしてぼくは生き残れたのだろう。

「あたしさ、決めたんだ」

 決意を込めた目で、千紗はぼくを見据える。

「あたし、聖を守る。()()()()()、守り続ける」

「なら、ぼくはきみを守ろう」

「いや、だからあたしがヒジリを守るんだって」

「忘れたの? あの夜、ぼくたちは()()()()()()()()って――そう話したじゃないか。ふたりで立つってことは、そういうことなんだよ。どちらかがどちらかを守るんじゃない。お互いがお互いを守るんだ。自分の身を守りつつ、ね。ぼくたちはどちらかが欠けても駄目なんだよ」

 千紗は困ったように笑った。

「あの夜のこと、実は恥ずかしいから忘れたいんだよね」

「恥ずかしい?」

「なんか、子どもっぽくてさ」

「いいじゃないか。忘れてるかもしれないけど、ぼくらは子どもなんだぜ?」

 高校生と、中学生である。

「本当なら今頃学校で青春してるんだ。こっちに来て不安になるのは仕方ないんじゃない?」

 言い知れぬ不安と、先の見えない恐怖は、いつでもぼくたちについてまわる。そんな時にそれを共有し、共に乗り越える仲間は必要だ。

「そうなんだけどね」

「ま、どうしてもって言うんなら、ぼくはきみに守られてあげるさ」

「上からだね」

「もちろん。ぼくもきみを守るから」

「同じじゃん」

「同じだね」

 ぼくは怖がりだから、ひとりになるのが怖いんだ。

 でも、その怖さから逃れるために講じる対策は、ぼくたちにとってはプラスになるはずだ。ぼくにはそれが支えなんだ。


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