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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第三章『真実の行方』
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第二話『無知は罪』

「それで……」

 千紗について歩いて、もう結構な時間が経つ。それなのに、ぼくらはエレナという人物がいる場所に、一向にたどりつくことができないでいる。ぼくはもう何回か同じような店を見ているし、同じような通りを歩いている。千紗は最初のような楽しげな笑みではなく、なんとなく焦っているような笑みを浮かべている。

「ぼくらはいつになったらエレナさんに会えるんだ?」

「も、もう少しだよ。あはは」

 へたくそな口笛を吹いて、千紗はとぼけるようにそっぽを向いた。

「迷ったんだろ?」

「ま、迷ってなんかないさ。あたしは元々ここに召喚されたんだよ? 冗談は休み休み言ってよ」

 早口だった。

 信用ならない――というか、誤魔化しているのが丸わかりだ。嘘がへたというよりは、嘘がつけない性質らしい。

「その角――さっきも曲がったぜ?」

 びくっ、と千紗は急停止し、乾いた声で笑った。そして回れ右をして、ぼくの横を通り抜けた。

 ぼくは黙ってそれの後に続く。今度は初めての道を歩いた。この通りには怪しげな看板が並んでいた。

 『魔導書専門店』

 『肉離れ宝石』

 『回るサラダ』

 まだ『魔導書専門店』はどういう店なのかは想像できるけれど、あとの『肉離れ宝石』とか『回るサラダ』とか、ネーミングセンスを疑う看板がずらりと並んでいる。なんとも言えない空間を、千紗はそれでも懐かしそうに眺めている。というかなんだよ、『肉離れ』宝石って。

「この辺にーっと……あった!」

 ととと、と、千紗は立ち並ぶ怪しい店のひとつを叩いた。看板には『炸裂する子たち』と書いていた。意味がわからない。

 ドアが軋む音がして、中からひとりの老人が姿を現した。

「おやぁ……お前はチサだ」

 しわがれた声で、けれども親しげに千紗を呼んだ。怪しげな店の怪しげな老人だが、千紗とは顔見知りの間柄のようだ。

「久しぶりっす」

 千紗も気さくに返す。老人はうなずくと、ぼくに視線を移した。不思議そうにぼくを見つめ、

「お前は……初対面かな?」

 と、昔を思い出すような遠い目で言った。

「はい。ヒジリと言います」

「ふむぅ。なんだ? 今度はお前が魔力付与(エンチャント)を受けるのか?」

 値踏みするような目でぼくを見る。

「え?」

「違うっすよ。ちょっと聞きたいことがあるんす」

「聞きたいこと?」

 はて、と老人は首をかしげた。千紗は構わずに続ける。

「久しぶりにここに来たんで、道に迷ったんすよ」やっぱり迷っていやがった。そうならそうと言えばいいのに。「大聖堂までの道、教えてもらえないっすか?」

 言うと、老人はかすかに笑った。それは自分の孫を見ているような表情だった。

「待っていなさい」

 そう言って、老人は店の中に消えた。

「あの人は?」

「えっと、あたしにこのグローブをくれて、魔力付与をした人。ロックさん」

 中から老人――ロックさんが出てきた。手にはサッカーボールくらいの大きさの赤い球体を持っている。

「これが先導して飛んでいくから、ついていくといい」

 千紗は手渡された球体をしげしげと見つめ、「ありがとう」と頭を下げた。ロックさんは満足そうに笑った。

「用が終わったら、ふたりともここに来なさい。調整(メンテナンス)をしてやろう」

 ロックさんは屋内に入ってドアを閉めた。

「ふぅ。それじゃあ、行きますか」

 千紗が球体を両手で頭上に掲げる。

「どうするの?」

「こうするの」

 千紗は頭上に掲げた赤い球体を、そっと上に投げた。いや、投げたというよりは、そこに置いたような感じだ。

「〝エルナード大聖堂〟」

 落下すると思われた球体は、しかし、その場でふよふよと滞空した――かと思うと、今度はすごい勢いで横回転を始めた。ナウ・ローディングってか? 球体は回転速度を落とすと、そのままゆったりとしたペースで移動を開始した。

「ついていくよ」

「あ、ああ」

 球体は一定のペースで道を移動し、時折その動きを止めては、ぼくたちがはぐれないように待っていた。人通りの多い道では、その動作で何度か助けられた。

「あの球体は〈風の通り道〉っていうアイテムなんだ」

「〈風の通り道〉? なんだか不似合いにしゃれた名前だね」

「まあ、用途としては適切なネーミングなんじゃないかな? 元々は洞窟なんかで迷った時に使うアイテムらしいから」

「ていうことは、目的地を指定しなくてもある程度は案内ができるってこと?」

「正確には条件を設定して、それで案内をするらしいよ。あたしも使うのは初めてだから、よくわかんない」

 カーナビ、みたいな物なのだろうか。それともネットの検索エンジンか? 条件を設定するなら、検索エンジンのほうが近いかもしれない。それにしても〈風の通り道〉とは便利なアイテムだな。ぜひともひとつ欲しい。

 〈風の通り道〉がまた止まる。

「今、これが欲しいとか思った?」

「思った。めちゃくちゃ便利だよね」

「やめておいたほうがいいよ」

 千紗は苦笑いをしながら言った。

 球体がまた動き出す。

「どうして? 旅が少しは楽になると思うよ?」

 少なくとも今回みたいに道に迷うことはないし、新しい町でも条件設定次第では新しい発見もあるかもしれない。持っていて損があるとは思えない。

 けれど、千紗は苦笑いのまま〈風の通り道〉を指差した。

「あれさ、めちゃくちゃ高価なアイテムなんだ。聖が持ってる〈邂逅(かいこう)〉も高価だけど、〈風の通り道〉はそれよりも高いんだよね」

 え? 〈邂逅〉って高価なアイテムだったの? うわー、知らなかった。

「い、いくらくらいするの?」

 聞くと、千紗はリュックのサイドポケットに手を突っ込んで、中から例の手帳を取り出した。ぱらぱらと目的のページを探す。

「えっとね、〈風の通り道〉ひとつで……銀貨七百枚だね」

「な、なな――ひゃく?」

 七百枚?

 魔を一体狩っても銀貨十枚くらいにしかならないのに? え? あのアイテムは魔七十体分の価値? 

「だからあ、その魔を一体倒して十枚ってのはぼったくられてたんだって。船の運賃だって全然違ったでしょ?」

 そうだった。あの時から、たとえ騎士団でも無条件に信用するのはやめよう――と、心に刻んだのだった。奇しくも――あの男の言った通りになったわけだ。

「ち、ちなみに〈邂逅〉はいくらくらい?」

「え? それ、自分で作ってもらったんじゃないの?」

「まさか」

 そもそも、存在自体知らなかったのだ。さすがにエヤスさんも、そこまでは教えてくれなかったし。そういえば――あれ? ぼくはエヤスさんから何を教わったんだっけ? 今更だけど、あの人に教わったから助かったっていう経験は一度もないぞ? 文字の翻訳表も今はないし……。

 おっかしいなぁ。

「〈邂逅〉はねぇ……銀貨百二十枚と銅貨がいるみたい。貨幣価値は流動的らしいから、参考程度に聞いておいてね」

 高い……!

 リヴィルで安くして宿に泊めてらった時は、銀貨一枚か二枚くらいしか払っていない気がする。もしかしたらもっと少なかったかもしれない。

 ササ村でローズさんが大切そうに抱きかかえたのも、今になって思えばさらに重いなぁ。こんな高価なもの――壊れたからと言っておいそれと作り直せない。個人でその声を聞くことはできても、みんなで聞くことはできなくなる。みんなの声を送れなくなる。

「し、知らないって罪だね」

「はは。あたしだって最初に猛勉強させられたからね。それに、知らないことは知っていけばいいだけの話だよ」

 知ればいいだけの話――か。

 知るな――と言われたぼくは、どうすればいいんだろうね。

 行き当たりばったりで行けと言われたぼくは、どうしたらいいんだろう。

 ここまで、屁理屈。

「頼りにさせてもらうよ、千紗」

 皮肉でもなんでもなく、本心からそう言った。

「頼りにしてください」

 笑い合い、また〈風の通り道〉の後について行く。ぼくたちの前方、いくつかのブロックの向こうに大きな屋根が見えた。

「あ、あれがエルナード大聖堂。この町の中心にして、この町の中枢だよ」


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