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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第三章『真実の行方』
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第一話『勇者ヒジリの憂鬱』

 怖いことがある。

 それも、数え切れないほど――怖いことがある。

 元々、ぼくは憶病だ。毅然とふるまってみたり、尊大にふるまってみたり、何でもないようにふるまって――ぼくはそれを今まで隠して生きてきた。この世界はぼくにとって――怖いものに溢れている。この世界――そう、ぼくが生まれ育った世界。ぼくが召喚された世界。どちらの世界も含めて――この世界は怖いもので溢れている。

 理不尽が怖い。

 不条理が怖い。

 わからないことが怖い。

 知っていることが怖い。

 知らないことが怖い。

 理解することが怖い。

 理解しないことが怖い。

 始まることが怖い。

 終わることが怖い。

 経験も知識も――関係ない。ぼくはそんなものを度外視して、様々な存在に恐怖する。概念に恐怖する。

 最近ならば、魔が怖い。

 死ぬことが怖い。

 千紗が死んでしまって、ひとりになるのが怖い。

 ぼくが死んでしまって、ひとりにするのが怖い。

「安心してよ。あたしはひとりにしないし、きみだって――あたしをひとりにしないさ」

 ぼくのとなりで、千紗が笑う。

 寝言――だったのか、千紗はまたすぅすぅと寝息を立て始めた。

 正直、情けないと思う。だからぼくはもっと、もっと頑張らなくちゃいけない。今日は今の気持ちを抱いて、明日は新たな道を歩こう。でも、それは明日のことだ。今日は、今日のことを。


 船の旅は順調だった。心配された海魔の出現もなく、ぼくたちは無事、大陸の西、神聖都市エルナードの港に入港した。港には人が溢れ、物資を運搬したり、近くの倉庫のような場所で競りをしていたりと賑わっている。ぼくたちはその賑わいの脇を通り抜け、町の方に進んだ。

 町には修道服のようなものを来た人が大勢いた。信仰深い土地だと聞いているから、それに携わる人たちなのかもしれない。

「あの人たちは修道士?」

 千紗は最初、この町に召喚されたという話だから、彼らのことについても知っているだろう。

「そうだよ。あの人たちは〈大導師(タイマー)〉を祀るこの町の修道士だよ。ほら、あそこ――背中の部分に紋様があるでしょ?」

 そう言われて見てみれば、修道士たちの白いマントには水の入った水槽に、色のついた水を数滴落としたような模様が描かれていた。それは緑一色で描かれている。

「あれはね、今は滅んでしまった〈大導師〉の家紋なんだ。そしてあの家紋が描くのは――時」

「時? この世界には時間の概念がないと思ってた」

 この世界には時計が存在しない。

 日時計のようなものない。

 日が暮れた時、とか、日が出た時、とか、そういう風に時間設定をされてきた。

「時間はないけど、時はあるんだよ。時間を示す時計はないけれど、過去とか未来はあるんだ」

「つまり?」

「あの紋様は大導師が使っていた魔法と関係があるんだよ」

 千紗はそう言って、また歩き出した。ぼくも遅れないようにその後に続く。気をつけて見てみれば、その〈大導師〉の家紋――時を表す紋は町のあちこちに描かれている。

「〈大導師〉はこの世界に歴史上唯一、時間を止める魔法を使うことができた人なんだ」

 だから、〈大導師〉。

 タイマー。

「なるほど、ね」

 時を止める、か。

 そんな規格外の魔法を使うとなると、どれほどの負担がかかるのだろう。それともぼくたちが考えるほど便利な魔法ではなく、使いどころも限られ使い勝手も悪い魔法なのかもしれない。

 と、その時。

 視界の下から白い光が迫ってきた。『彼女』からの通信だ。

「あ、例の彼女?」

 にやにやと、茶化すように千紗が言う。

「そうなんだけど、何だろう?」

 いつもは夜に通信がある。昼に来ることは滅多になかったのに、どういうことなんだろう。

『お久しぶりです、ヒジリさん。今はどこにいるんですか? 前にいた時はスダンでしたよね? あ、そうだ、前に言い忘れていたのですが、レミアさまがエレナさまに、ヒジリさんが謁見する旨をお伝えになられたようで、快く了承してくださったとのことです。すいません。しばらく前から聞いていたのですが、ちょっと伝えるのを忘れてしまっていて。専属失格ですね。ああ――専属といえば、わたしまだその任を外されていないので、ヒジリさんを口実にお仕事をさぼっちゃったりしてるんです。ふふ』

 『彼女』はいたずらっぽく笑った。顔は見えなくても、くすくすと笑う『彼女』が目に浮かぶ。

「ダメな使用人だね」

 呆れたように千紗が呟く。

「まあ……褒められたことじゃないね」

『あ、レミアさまには内緒ですよっ! わたしはそろそろ仕事に戻りますね。チサさんにもよろしくお伝えください。では』

 声は途切れ、白い輝きは青に変わる。

「さっき神聖都市に入ったばかりですよ。タイミング的にはぎりぎりですね。あんまりさぼっちゃダメですよ。あっ、ちょっと千紗!」

 千紗がぼくを押しのけ、〈邂逅(かいこう)〉に音声を入れ始めた。

「はじめまして、千紗っす」

 おぉー、体育会系だ。

「あんまりさぼってると、聖くんは頂いちゃうっすよ。ふふん」

「え? 千紗、なに言ってるの?」

「いやぁー、聖と『あの人』はそういう関係なのかなって思って」 

 悪びれる風もなく、千紗はそう言ってにやにやと笑う。

「な、なに言ってるの? 勘違いも甚だし――」

 そこで。

 光は途絶えた。録音の時間が終わったのだ。

「……あのさあ、これ、ぼくからは向こうに声を送れないんだ」

「ふむふむ」

「向こうも忙し……たまにさぼった時に送ってくれる程度なんだからさ、ちゃんと送らせてよ」

 すると千紗は、すこしだけ申し訳なさそうな表情でうつむいた。上目づかいにぼくを見る。

「そうだったんだ。ごめんね――」

 と。

 言ったそばから、白い光が〈邂逅〉から放たれる。

「またさぼったのかな?」

 心なしか、千紗の目は呆れているように思う。そんな目でぼくを見るんじゃないよ。

『…………………………………………………………………………』

 あれ?

 起動してからしばらく経つのに、『彼女』の声は聞こえなかった。かすかに息づかいのような音が聞こえて、それでなんとか『彼女』がそこにいることがわかる。

「なんだろうね?」

 不思議そうに千紗が覗きこむ。

「さあ……。なにかの作業でもしてるのかな?」

 声が聞こえないまま、録音時間の限界が近づいてくる。『彼女』はいつも、だいたい同じくらいの時間だけ話すから、なんとなく限界があるのだろうと気づいたのだ。

『……………………………………………………………………………………馬鹿』

 ぼそり、と。

 小さな――かすかな声が聞こえた。

 それと同時に、光の色が変わる。

「は?」

 ば、馬鹿?

 え? なに? それだけを伝えたかったの?

「ぶっ! あはははは! あはははははははっ!」

 千紗はぼくの肩をバンバンと叩き、それから耐えられなくなったのか、腹を抱え、もだえるように大笑いした。周囲の視線が千紗に集まっている。しかも『危ない子』を見ているような、そんな目で見ている。

「え? ちょっ、は? いやいやいや」

 千紗は言わずもがなだが、ぼくもかなり挙動不審だろう。自分を観察している自分がいる一方で、焦りまくって何が何だかわけがわからなくなっている自分もいるのだった。

 そういえば――前にもこんなことがあったような気がする。その時も唐突に、『彼女』不機嫌になったのだ。

「あははは。ふー、ふー。はあぁぁ」

 千紗は満足したのか、深呼吸をして呼吸を整えていた。千紗は喜色満面で、今にもまた笑いだしそうな雰囲気だ。

「ぷっ、くく。ああ、そうだ、聖。今回はちゃんと返せた?」

「え?」

言われて気付く。

〈邂逅〉はすでに、その輝きを失っていた。もちろん、録音なんてしていない。せいぜい千紗の笑い声と、ぼくの間抜けな声が一言入った程度だろう。

「……おかげさまでね」

「そりゃあ良かったよ。よし、じゃあ行こうか。エレナのとこ」

「……ああ、そうだね」

 なんとも言えない疲労感を覚えながら、ぼくは楽しげに前を歩く千紗に続いた。歩き去るぼくらを見送る町人の目は、逃げ出したくなるほどに冷たかった。


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