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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第二章『もう一人の勇者』
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第二十三話『一太刀』

本作基準で、比較的グロテスクな内容が含まれています。

魔力付与(エンチャント)〝強くて悲しい嘘〟」

 少年が持っていたスプーンが輝きを放ち、薄暗い部屋を明るく照らした。ほどなくして輝きは失われ、少年が手に持っていたものは、木製スプーンからナイフに姿を変えた。

「おいおい! そんなものでぇ俺にたてつくのかぁ?」

「うるさい! 魔力付与〝決して折れない心〟!」

 さっきのように光が発生したりはしなかったが、ナイフの刃の輝きがさっきよりも増した。しかしそれでも。

「待て! そんなナイフじゃ、アレと戦えない!」

 ただでさえ体格差があるのに、武器にもこれほどの質量差があるとなると、この少年の戦闘センスがファランを圧倒的に凌駕しない限り勝つのは厳しくなる。

「うるさい、うるさい! 僕に指図するな!」

 だめだ。冷静さに欠いている。こんな駄々っ子同然の精神状態で、どうやって戦うっていうんだ。

「ガキ、俺をぉ殺そうとした罪ぃ……重いぞ?」

「黙れ! お前を殺す罪が重いなら、僕の父さんと母さんを殺した罪はもっと重い!」

「それってどういう……」

「おい。勘違いするなよ? 俺ぁ誰も殺したぁことなんかぁないぞ?」

「とぼけるな! お前が変なことを吹き込んだから! 父さんと母さんは自分を見失ってっ――」

 見失ってどうなったのか。

 少年の言葉は続かなかった。

「俺ぁ覚えてねえがぁ、それが本当ならぁ悪いのぁお前の親だ」

「とぼけた次は責任転嫁かっ!」

 今にもとびかかりそうな気迫を少年は放っている。

 怒りに満ちた目がファランを捉えて離さない。

「責任転嫁してんのぁお前だ、ガキ。俺がぁ何を言ったのか、そもそも誰かはぁ知らねぇが信じたのぁ、自分を見失っちまったのぁお前の親だ」

 馬鹿馬鹿しい。

 ファランはそう吐き捨てて、波打つ大剣(フランベルジェ)の切っ先を少年に向ける。少年は一瞬だけ身を震わせたが、すぐにファランをにらんだ。

「だいたいよぉ、そんなナイフでぇ何ができる?」

「お前を刺し殺すには十分だ!」

()()()()()()()()。違うか?」

 そうだ。

 今手に持っているのはたしかにナイフだけど、元々はスプーンだった。少年が魔力付与でナイフの形状になっているが、はたしてどこまでナイフなのだろう。

「試してみるか? そこに良い実験台があるぞ?」

 少年がそこ、と言ってナイフを向けた先――そこには千紗がいた。意識ははっきりしているようだが、体の自由が利かないらしい千紗が驚愕の表情を浮かべる。玉の汗が、床に落ちる。

「おい、どういうつもりだよ! ぼくらはきみを助けようと!」

「僕はわざとつかまってたんだ! 隙を見て刺すつもりだったのに、お前らが余計なことをしたせいで!」

「なっ」

 少年が千紗に歩み寄る。

「ここで刺せば、僕の魔法の力がわかるだろ?」

「まあそうだな」

 楽しそうにファランが言う。

「ファラン! お前!」

 少年が千紗に向かって駆けだした。

 ナイフを逆手に持ちかえた少年の手が、千紗に迫る。

「やめろぉ!」

 一瞬。

 本当に一瞬のことだった。

 ()()()

音がして、ナイフを持つ少年の手首から先が床に落ちた。

「ぎゃああぁぁぁ!」

 少年が叫ぶ。

 血。

 血が。

 少年の傷口から溢れる血が、千紗の体に流れ落ちていく。千紗の体が赤く、赤く染まっていく。怪我をしているわけでもないのに、赤く。少年の血を体にかぶっても、千紗は声一つあげなかった。

 いや、あげられなかった。目の前で起きた出来事に、言葉を失っていた。それはぼくも同じことだった。

「手! 僕の手が!」

 〈揺光(ようこう)〉の銀色のはずの刀身は、いつの間にか血に濡れていた。

「ぼくが……」

 人を傷つけてしまった。

 しかも手を切り落とすという、癒えるはずもない、取り返しのつかない傷を負わせた。

「いたい! いたいよ!」

 膝をついて、手を失って右腕を、左手で押さえる。

「くく……はははっ! はははははは!」

 凄惨な部屋の中に笑い声が響いた。

「滑稽だなぁ!」

 他の誰でもあるはずない。

 ファランだ。

「自分を見失ってたのぁ、ガキ! お前だ! ははは! 関係のない人間をぉ巻き込んでる今のお前はぁ、俺とぉどこが違う! お前の両親とぉどこが違う!」

「いたいよぉ……」

「痛いか。なら、俺がぁ楽にしてやる」

「は?」

 自分という人間を恨まずにはいられない。

 千紗に危害が及ぶ時にはすぐに体が動いたのに、少年の時には間抜けな声を出すことしかできなかったのだから。

 なんて無様。

 なんて無力。

 なんて、なんて名ばかり勇者。

 さっきよりも重い音がした。

 重い音が二回した。

 そして、さっきよりも赤くなった。今度は悲鳴も聞こえない。「いたい」っという声も聞こえない。噴水のように飛びだす赤い血潮が、部屋全体を染めていく。

 ぼくも。

 千紗も。

 ファランも。

 誰もが赤く染まる。

 でもやっぱり、一番赤いのは千紗だった。目の前で座り込んでいた千紗が、もっとも赤く染まっていた。

「なんで……なんで……」

 血のにおいが部屋に充満する。

「俺ぁ、優しいんだ。〈闇の(ダーク)支配者ルーラー)〉とはいえ、慈悲がないわけではぁない」

 慈悲?

 慈悲だって?

 こんな傲慢な慈悲があるか。

 こんな自分勝手な慈悲があってたまるか。

「右手を切り落としたぼくがいうのもなんだが、ファラン、お前は許さない」

「勝手にしろ。すぐにお前もぉあとを追わせてやるさ。その女ともども」

「やってみろよ。お前が最弱でないならな!」

「わけがわかんねぇやつだなぁ!」

 言い終わるや否や、波打つ大剣を振り上げた。大剣の持つ質量を存分に生かした縦切りが、ぼくに迫る。当然、そんなものを刀で受けるなどという愚行は犯さず、横にステップしてそれをかわす。

「ゼァ!」

 ガラ空きの左半身に、〈揺光〉を突き立てる。が、ファランはあっさりと波打つ大剣を捨てて、ぼくの突きを避けた。構え直してファランと対峙する。

 そしてファランは直刀を構えていた。

「――――っ!」

「驚いたか? 俺の魔法はぁ〝異界収納(ソードサモナー)〟さ」

「ソード……サモナー?」

 くっ!

 魔法名でカタカナの名前なんて初めて聞いた!

「俺のぉ剣はぁ無尽蔵だ」

「中二病もほどほどにしやがれ!」

「つくづく意味がわからねぇな? ちゅうにびょうってのはなんだ?」

「お前みたいなやつだ」

 今度はぼくから動いた。

 直刀を持つ手を狙って剣を振るう。小さな円を描くように打ったそれは、剣道における〝小手〟の振り方だ。ファランはそれを直刀の鍔でガードすると、すぐさま攻勢に転じた。

 ファランの直刀が頭上から降ってくる。今度はそれを剣で受け、ファランの腹を蹴飛ばした。ファランがのけぞり、無防備となる。

「おおっ!」

「ぐぅ」

 ファランは無理矢理直刀を振るい、ぼくの接近を拒んだ。ぼくもうかつに踏み込むことができず、結局太刀を浴びせることができなかった。

「おおっ」

「ゼァッ!」

 右の腹。

 左の腰。

 頭。

 肩。

 手。

 突き。

 足への蹴り。

 お互いが打ちあい、お互いが決定打を打ちかねていた。同じ人間同士の戦いだ。よほどのことがない限り、見てからの行動ができる。お互いがそれをわかっているから、途中からフェイントの応酬となった。

 それでもなお、ぼくらは互いの剣を打ちあい続けた。

「これで! 倒れろ!」

 ファランが振るった剣を受け、ぼくはその勢いを使って受け流した。ファランの体勢が崩れ、絶好の追撃チャンスとなるが、ぼくは突然足を滑らせて転んでしまった。

血かっ!

 名前も知らない少年が流した血が、ぼくの足を滑らしたんだ。くそっ! 運がない! どうしてこのタイミングで滑るんだ!

「いつまでも寝転んでんじゃねぇ!」

 ファランの怒声が聞こえ、ぼくはすぐさま横に転がった。さっきまでぼくがいた場所には、波打つ大剣が突き立てられている。

「おらぁ! これで終わり――ぐぎゃぁ!」

 突如、ファランが血を吐いた。直刀をとり落とし、かわりに腹部へとその手が伸びる。

 ファランの腹に――穴が開いていた。

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