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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第一章『本当に勇者なら』
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第五話『強さの定義』

「弱さは弱さじゃないんだ。強さに変換しないこと、弱さを弱さのままで置いておくこと、それが弱さなんだよ。ヒジリにはわかってほしいな。でないと、レミアさまに会わせる顔がないよ」

 ぼくが持てるささやかな知識を動員する。動員する知識のソースは、当然、今まで読んできた本たちだ。

 弱さも。

 強さも。

 本はその要素を含んでる。物語の中には、その言葉が出てこないことの方が少ないとさえ思う。

 精神(こころ)か。

 肉体(からだ)か。

 強さにも色々あるけれど。けれど――強さ、か。弱さが強さ――見たことがない、わけじゃない。読んだことがないわけじゃない。

 理解はとうとうできなかったけれど。

 知識として、そういう強さの存在は知っている。

「それ以上のことは、話してもらえないんですよね?」

 弱さが強さにつながると言うのなら。

 これ以上語ることは、きっと無駄なことだ。

 ぼくが意味を理解していないとしても、だ。ぼくが強くなるのは、この意味を理解した時か。いや、強くなった時に意味を理解するのか。

「もちろん。あとは自分で考えるんだ」

 考えろ。

 その言葉、ぼくにとっては望むところだ。現実逃避の手段として――ではなくて、自分を現実に向けるために。

「うん、良い目になった」

 満足そうにギースさんは笑った。

「あ、そうだ、あんた、いつ出発だ?」

「え? あ……」

 そうだ。そういえば、全くそんなことは考えていなかった。いつだ。ぼくはいつ出発するべきなんだ? 

「なんだ、決めてないのか。 ふぅ。ま、あの姫さまのことだ。明日か明後日にでも『さあ、出発なさい』とか言うんだろうさ」

「……言いそうですね、たしかに」

 否定できないのが怖い。

「ああ、そうだ。あんたに渡そうと思ってたんだ。少し待っててくれ」

「え? あ、はい」

 今度は、入口のわきにあった階段を上っていった。

 また一人、ここに残される。騎士団のメンバーが誰かやってくるかと思って、入口の方を見ていたけれど、誰かが来るような気配はない。寝坊癖、か。寝坊癖――うーん、やはり騎士団としてそれはどうなんだろう? いやまあ、もしもの時に寝坊で来られなかったです、テヘ――とか言わなければ、こちらとしては言うことはないのだろうけど。いや、こういう時に寝坊しているのでは、そのもしもの時に対応できないんじゃないか?

 いや、それよりも。

 それよりも、だ。

 弱さと強さ。

 考えるべきはそれだろう。ぼくの命に直結する話なんだから。でも、ぼくは本当に強くなってしまってもいいのだろうか? レミアさんは()()()()()()()ぼくを呼び出した――そう言っていた。ならば、ぼくは弱いことにこそ意味があるのではないだろうか。それとも、レミアさんの言っている弱さというのは、一般的にいう弱さではなくて、そう――丁度、ギースさんが言っている弱さと強さの二面性に近い考え方なのかもしれない。

「お待たせ」

 気付けば、ギースさんがぼくの前に座ろうとしていた。

「難しそうな顔して、何を考えていたんだい? ま、聞くまでもないことか」

 そう言って、ギースさんはぼくに、一枚の羊皮紙を差し出した。そこに書いている文字は、ぼくには読めそうにもない。

「紹介状だよ。これを各地の騎士団に示せば、ヒジリに協力してくれるだろう」

「あ、ありがとうございます!」

 これでひとまず、町に着いた時におどおどしなくてもいいわけか。初めての地において、目的地がないことほど面倒なことはない。

「いや、礼なんていらないさ。本当はぼくらがしなくちゃいけないことを、ヒジリに任せてるんだから。それくらいしないとな」

 そういう言い方をされたら、少し納得してしまう自分が嫌だ。

「それにしても――」と、ギースさんは周りを見渡した。「――誰も来てないな。うっし、呼びに行くか」

「呼びに、ですか?」

「ああ。そうしないと来ないからな。じゃ、楽しかったぜ。また話そう」

 はい、と返事をする前に、ギースさんは建物から出て行ってしまった。なるほど、なかなか思い切りのいい人だ。

 騎士団本部の建物から出て、城の方角を確認する。時刻を確認すると、そろそろ昼食の時間が迫っている。昼食をともに食べなくてはいけない、という規則はないが、今日は少し話しておきたいことがある。

 もちろん、出発の日についてだ。


「はい。それなら三日後を予定しています」

「三日後、ですか」

 それは急な話だ。明日とか明後日とか言われなかったことには、ひとまずほっとしたけれど。それでも、やはり三日後は急だ。

「はい。貴方には戦術指南をすることも、魔について話すこともあえてしません」

「え? いや、少しくらいしてくださいよ。それだと犬死するしか道がないじゃないですか」

 これは想定外だ。こんな急展開、予想ができるはずがない。どんな物語でも、旅立ちの前にはある程度の力をつけているものだ。

 習慣的であれ、付け焼刃であれ。

 ド素人が戦地にそのまま赴くなんて、そんな無謀はしない。

「ですが、貴方にはそれをしてもらわなければならないのです。なぜなら、それが貴方の力なのですから」

 ぼくの力?

 力だって?

 無力の間違いじゃないか。

 待てよ。無力? 無力――()()()()()? 

 弱さと強さは表裏一体。同じもの。ならば、ぼくの強さとはその無力であるということなのか。無力を力に変換する。弱さを強さに変換する。

 変換。

「もうギースには会っているのでしょう?」

「はい。朝、話してきました」

「ならば、ある程度理解はしているはずでしょう」

「そうですね。表面の表面、ガラス越しに見る果実の甘さくらいには理解していますよ」

「それは重畳。それくらいの理解が丁度良いのです」

 いやいや。

 これ、全くわかっていないってことなんですけど。知っていても、理解できていないのだから。

「そうそう、先日お渡しした銀貨、まだ持っていますか?」

「はい。ちゃんと使わずに持っていますよ」

 使い道がない、というのが正直なところだけど。使い方もわからない。

「貨幣の使い方については、エヤスから聞いてください。それから、出発前に追加で銀貨を十枚渡しておきます」

「十枚、ですか」

「不満ですか?」

「いえ、めっそうもない」

「そうですか。あ、銀貨は約千枚で金貨一枚に相当します。銅貨も銀貨一枚と同価値にするにはその程度が必要です」

 約千枚。覚えやすくて助かる。忘れかけた時にはデータサイズを連想したらいい。一ギガバイトは千二十四キロバイト。だったよな? ちょっと曖昧だ。うん? てことは、銀貨一枚ってかなり大金ということか。市場で売っていたのは、大体銅貨での支払いだったわけだし……。

 それを、合計十二枚?

「あの……本当に十枚も追加でもらっていいんですか?」

「何を言っているのですか? ()()()十枚です。貴方は世界を救おうとしているのですよ?」

 そうでした。そういう考え方をすれば、十二枚という枚数は決して多くない。いや、少ないとさえ言える。けれど、それ以上は自分で稼いでいくしかないだろう。あまり大金を持ち歩いていると、盗まれた時に目も当てられない。

「魔の死体は市場で高値で取引されています。魔の体は魔力に溢れていて、我々の技術に大きな進歩を与えるものですから。聞くところによると、魔術都市とも言える場所があるようですよ」

 魔術都市。聞くだけで心躍る。でも、あんまり喜んでもいられないか。まず第一に、そんな余裕がない。

 しかしなるほど。資金は魔族の死体を……えぇー、なんか嫌だな。

「死体の破損具合はあまり問題視しないようです。必要なのはあくまで魔力ですから、それはそうなのでしょうけれど」

 うーん。

 なんだか乗り気になれないな。最終的に魔とは戦うことになるのだろうけれど、殺してさらにそれを売るなんて、現段階ではあまり積極的になれない。

 動物の肉を売るのとはわけが違う。

 似たようなもの、なのだろうか。

「とにかく。出発は三日後の明朝です。それまでに最低限必要だと思う知識を、エヤスから聞いておいてください。別に民に聞いても構いません。ただし、戦闘指南と魔に関する必要以上の知識は控えてください。魔に関する知識はエヤスのみから仕入れるようにしてください」

 どうしてそこまでこだわるのか。想像もできないけれど、ぼくの知識――小説の知識で、こういう場合、ぼくが知らないからこそ発揮することができる効果、というものがあるものだ。ならば、無理に聞き出そうとするのは、逆に命取りか。

「そうですね。そうすることにします」

「はい。では、また夕食で」

 そう言ったレミアさんは、すでに完食していた。

 ぼくの前には、まだ半分以上の料理が残っている。

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