第十七話『勇者の雑務』
「千紗、あそこは何?」
家々との狭間、嫌な雰囲気を放つ暗い小道がある。今ぼくらが歩いている道よりはやや狭いその小道――というよりも、路地と言った方が正確なその道は、ほんの数メートルしか離れていないこことは別の世界のように感じられた。
「あぁー、気づいちゃった?」
しまった、と言いたいのがものすごくわかる表情で言った。
「まあ、いわゆるあれよ、ゴロツキの集まる道だよ」
どこの世界でもどこの国でも、そういう輩はいるわけか。ここの人たちがみんな気さくで豪快な人たちだから(さっきも不注意でぶつかってしまったぼくを、「前見て歩けよ」と笑い飛ばして歩いて行った)、この町にはそういうのはいないのかなと思っていたのだけど。
「『関係者』にでも見られたら嫌だね。早く離れようか」
「そだね」
暗い路地を視界から外し、足早にそこを離れる。
その路地から逃げるように、人が大勢歩いている大通りに出た。どうやらぼくが今まで見たものは、この町の活気のほんの一部に過ぎなかったらしい。大通りには無数の露店が集結していた。色とりどりの屋根が目にまぶしい。買い物にやってきた人の波にもまれながら、なんとかはぐれないように歩く。
「はぐれたら会うの大変そうだね」
「そうだね。気をつけないと」
人の波は厚く、ぼくたちの周りでうねっている。店の店主たちのかけ声が四方八方からぼくたちを包み込むようにかぶせられ、隣で歩いている千紗と話すにも大きな声を出さないといけないくらいだ。祭りのような活気だ。
「あいたっ」
千紗が人とぶつかってよろめいた。
「危なっかしいな」
どんなに戦闘能力が高くても女子中学生、ということか。できれば人と人の間をすり抜けるくらいはやってほしいけれど、そうもいかないようだ。人をかわしながら攻めるスポーツをやっていたというのに。
「それとこれとは別だよ」
「そんなもんかな?」
似たようなものだと思ったけれど、どうやら千紗にとっては違うらしい。本人が言うのだからそうなのだろう。
「まったくもう」
そう言うと、どういうわけなのか、千紗はぼくの腕をとった。ぼくの右手と千紗の左手が組まれ、自然と距離が詰められる。
「何してる?」
「はぐれないように腕組んでるだけだよ。別に大したことじゃないじゃん」
「大したことない、ねぇ」
たった数年で価値観はこうも激変するらしい。ぼくが中学生の頃なんか、男女が腕組んで歩いていたら絶対に大騒ぎになったものだ。いつから日本の少年はこうもスキンシップをすることに抵抗がなくなったのか。ぼくももう少し遅れて生まれてくればよかった。
千紗の表情をうかがってみたけれど、その言葉通り、あまり恥ずかしがっているような様子はなかった。正直に言ってちょっとラッキーだと思っていたけれど、ぼくの理想と言うか幻想は、はかなく砕けたと言ってもいい。
「うん? あれは……」
ただでさえ人通りが多いこの通りに、なぜだか人だかりができていた。そのあたりの雰囲気はこのあたりとは違って、何かを避けているような雰囲気だ。その雰囲気はすでにここまで伝わってきていて、ぼくたち以外の人たちは何が起きているのかを理解しつつあるようだった。
「なんだろう。聖、行ってみよっか」
「良くないことに巻き込まれるかもよ?」
「こういう雰囲気が漂うってことは、日常的に起きている厄介事って事だよ。もしかしたらどうにかできるかもしれないよ」
「どうにか、ね」
「それにさ、こういうことに首が突っ込めなくて何が『勇者』なのか」
ドヤ顔、というのはこういう顔を言うのかもしれない。自信満々にそう言い放った千紗は、「言ってやったぜ」と言いたげな顔で(ない)胸を張っている。
「確かにね」
面倒に巻き込まれるのはあまり好ましくないけど、千紗の言うことに異論はない。停滞した人の波――いや、今は壁か――をかきわけて先に進む。
やっとの思いで問題の場所までたどり着くと、耳障りなわめき声が聞こえてきた。
「あーあ。千紗の言うとおりだよ」
「そうみたいだね。ま、あたしたちで何とかしようか。そのために来たんだしね」
快活に千紗が言ったその時。
ぼくらの前の壁が割れた。
「ふぅん? へえ……両方ともガキじゃねぇかよ」
割れた人の壁はさらに大きなひびを作り、ぼくらとゴロツキを遮るものがなくなった。いかにもなゴロツキが三人おり、その中心にはあまり清潔とは言えない格好の少年がいた。
ぼくらを物のように値踏みする男たちは手にナイフを持っていた。目に見えない魔法よりも、目に見えるナイフの方が恐怖心をあおるには有効なのだろう。となれば、少年はこいつらに囲まれて脅されていたということになるわけか。金、ではないだろう。格好からしてそうそう金があるとは思えない。
そこまで考えて思考を切り替える。
「何をしてる?」
「お前、誰に口聞いてるんだ?」
うしろに控えていたひとりが言う。
「聞いてるんだ?」
続けて隣に立つ太い男が言った。
「よそ者だなお前」
「よそ者だろ」
細身の子分が言ったことを、太い子分が繰り返す。典型的な巾着だ。目の前の現実は決して笑えることじゃないけど、実在したのかという衝撃で思わず噴き出しそうになってしまった。
「俺はこの町を影から支配するぅ《闇の支配者》のぉファランさまだ! お前らぁ、俺にたてついたその代償をぉその命で償え」
「おい、こいつ自分のことを〝さま〟づけで呼んだぞ」
「というかダークルーラーって、絶対に魔法名でも二つ名でもない自称だよね。中二病だ」
千紗とささやき合う。うん。やっぱり共通の文化を持っているということは良いことだ。
「いい度胸だ、ガキ。オグ、アルバ、こいつらぁとっちめてやれ。俺ぁ帰って待ってるからよぉ」
「へい」
「あいさー」
気の抜ける返事をして、二人が前に出てきた。どっちがどっちなのかは分からないが、細いほうの子分が下卑た笑みを浮かべ、千紗を粘つく視線で見ている。
「兄貴、これぁ『お持ち帰り』ですぜ」
「ですぜ」
「任せるぜぇ。ただし、ちゃぁんと無力化してからだぞ」
ファランは品のない笑い声を挙げながら、路上で恐怖に震える少年を抱え込んだ。ばたばた暴れる少年を、ファランは何度か殴って黙らせ、大人しくなったところで歩いて行く。
「待て!」
「待つのはお前らだぜ」
「お前らだぜ」
二人がさらにぼくらに近づく。
「まあまずは名乗ろうじゃないか! 俺はオグ! この町で最強の炎使い!」
「名乗ろうじゃないか! 俺はアルバ! この町で最強の風使い!」
二人が名乗りを上げる。それには別に乗っかる必要はなかったし、少年が気になるところだったが、ひとまず名乗りを上げることにした。それが人間としての礼儀ってやつだ。このゴロツキたちに対して、そんなものを気にしなくちゃいけないかは疑問だが。
「ぼくは聖。世界最弱の勇者だ――」
「あたしは千紗。世界最強の勇者だ――」
ぼくと千紗の名乗りが重なる。ぼくらは自然と目を合わせ、少しだけ笑った。
「「――よろしく」」
「勇者だぁ?」
「しかも世界最弱と世界最強? アルバ、こいつら狂ってるぜ!」
全く信じていないこいつらは、ぼくらを指差して笑った。
「まあまあ、ガキは夢を見ながら逝け」
「夢を見ながら逝け」
「「中二病のおっさんは――」」
「「――世界を知ってひざまずけ」」