第十六話『一時の休息』
港町スダン。
宿の人曰く、異国文化溢れる先端の町。異国のアイテムが安値で手に入り、酒もそれなりの値段でふるまわれる。港で働く男たちの野太い声が町の潤滑油、そんな町だそうだ。
異国文化。
そう思ってみてみると、どこか和の雰囲気を感じる。今まで洋服(のような服)しかこの世界に来て見ていなかったけど、ここには和服に似た着物を着ている人もいる。それのほとんどは女性で、綺麗に髪を結っている。とはいえあくまで「それっぽい」だけで、細かい部分は異なっている。しかしまあ、あえてそれを指摘する必要もないだろう。それくらい些細な違いだ。
「和服の人もいるんだね」
「大陸を渡った国じゃあれが一般的らしいよ」
「へぇ」
それはちょっと楽しみだ。
「聖は和服の人が好きなの?」
「そうだね。和服の人は綺麗だと思うよ」
海沿いに歩きながら町の様子を眺めていると、本当にかすかな懐かしさを覚えた。それは不思議で曖昧なものだった。歴史の教科書で昭和の日本の写真を見た時のような、そんな感覚だ。あるいは一世代ほど前の歌謡曲を聞いた時のような感覚だ。
少し町の方に入って家々の間を歩くと、さすがは海の男たちと言うべきか、豪快な笑い声が響いてきた。その声はちょうど向かいの建物から漏れ聞こえていた。入口の前に小さな看板が掲げられていて、「レナード」と銘打たれていた。
「酒場だね」
「酒場か。昼間っから飲んでるわけだね」
「ま、そこらへんは物語の船乗りと同じみたいだね」
「彼らは豪快で、心は荒れ狂う海にも折れず、誰よりも海を愛する」
「なにそれ?」
「とある小説の一節さ」
「ふぅん」
まあ、聞いてもわからないだろう。
「入ってみる?」
千紗がいたずらっぽい笑みを浮かべ、「レナード」の入り口を指した。
「未成年が入る場所じゃないかな」
「むー。こっちじゃそういう法律はないんだよー」
千紗の反論を無視してそこから離れると、今度は衣料品店が見えた。派手なデザインになっていて、その店だけが周囲から浮いて見える。どんな人がこんな店で服を買うのだろう。
「あ、聖のその服さ、あの店で買ったんだよ」
まさかと思って千紗の指差す方を見ると、案の定、奇抜なデザインの衣料品店を指していた。あの店に入ったら最後、異次元に飛ばされてしまいそうだ。
「かっこいいでしょ、あの建物」
「そ、そうだね」
千紗のセンスはよくわからない。サイケデリックな配色と、生け花のような外観。とてもまともな精神を持っている人が入る場所ではないように思う。いやまあ、今ぼくが着ている服はあそこの服なわけなのだけど……。なんだかなぁ。
前を通る途中、中の様子を覗いてみると、思ったよりも整頓されていて清潔そうに見えた。もしかしたら外観が異常なだけで、中身はまともなのかもしれない。
「見かけで判断しちゃだめって言うじゃん」
「外見に気を配らない言い訳にはできないけどね」
「おー、チサちゃん。いらっしゃい」
店の中からヒョロイ男が顔を出し、千紗を呼びとめた。千紗は旧友に会ったような表情で、その男の声にこたえた。
「おぉー店長。言い忘れてたけど、実は今日発つんだよ」
おぉ……気安そうな仲なのに言ってなかったのか。
「今日? また急だね。まま、旅人はいつだって気まぐれだわな」
「そうなのです」
ふふん、とない胸を張る。何かを感じたのか、彼女はぼくを一瞬にらんだ。鋭いな。あれか? チームスポーツのプレイヤーの固有能力”〝以心伝心〟とでもいうのか? ぼくはそこまで千紗と親密になった覚えはないぞ?
「じゃあさ、ちょっくら買っていかないかい?」
「うーん……いいや。もし帰って来られたら、ね」
ヒョロイ男――いや、店長は怪訝そうに眉をひそめた。
「なんだい? まるで死地に赴くみたいじゃないか」
「似たようなものだよ」
あくまで明るく千紗は答える。
「そうかい」
対して店長は慣れた様子でそれに答えた。
「で、その兄ちゃんの服を昨日は買ったと」
「まあね」
「どうも」
店長の意識が初めて向いたのを確認して、軽く頭を下げる。
「大事にしてやってくれよ」
「もちろんですよ」
戦闘でボロボロにならないことを祈ろう。
「で、チサちゃん、次はどこにいくんだい?」
「次は神聖都市に行くんだ」
「ん? チサちゃんはそこからきたんじゃなかったかい? 里帰りってやつ?」
「うぅん、この聖を連れていくんだ」
「へぇ?」
店長はぼくと千紗を見比べ、小さく笑った。どうも下世話なことを想像しているらしい。千紗はそれに気づいたのか気づいていないのか、曖昧な笑みを浮かべている。
「ま、あそこは学ぶところも多いからね。君も少しのぞくことはいいことだと思うよ」
「なるほど。じゃあ、ちゃんと見てこなくちゃいけませんね」
「じゃね、店長」
「ああ。またこの町に来たら寄ってくれよ」
「もちろん」
奇抜な店を離れ、また落ち着いた雰囲気の街並みに溶け込む。この町には酒場が多いようで、どこに行っても酒飲みの笑い声が聞こえてくる。しかしその笑い声は不思議と不快ではなく、むしろ心地よいBGMとして耳に入ってくる。
見回っていて思ったのは、やはり、この町も魔に脅かされているという雰囲気は感じられないということだった。深刻にとらえているのは、かなり有力な指導者だけなのではないかと思う。
女王、レミアさん。
レミアさん直轄、騎士団。
神聖都市の指導者、エレナさん。
まだ会ったことはないエレナさんは分からないけれど、千紗を召喚したということは、それなりの危機感を持っているのだろう。
「そうでもないかなぁ? どうなんだろ」
うーん、と千紗はうなった。
「確かに魔を倒そうとはしてるんだけど、なんだかあまり積極的にはなれないみたいなんだよねぇ」
「積極的になれない?」
「そ。あ、はい、これ。この町の名物ジュース」
木のコップを受け取る。
歩きながら飲み物を売っている人がこの町にはいて、さっき千紗が買っていた。
「あたしにはよくわかんないだけど、魔は人と近い存在だって言うんだよね」
人と近い、存在。
「心当たりがあるの?」
「まあね」
伝説の槍の名を冠したあの魔。
「ふぅん? でももう殺しちゃったんでしょ?」
「正確には殺されたって言うべきかな。横槍が入ってね」
「まるで不服みたいだね」
「そりゃまあ、ぼくとあいつとの戦いだったからね」
「ううん。その魔が死んだことが、だよ」
…………。
「まあ、複雑な気持ちだってことは否定できないかな」
「そっか」
「うん」
千紗が買ってきたスダン名物のジュースは大人の味だった。