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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第一章『本当に勇者なら』
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第四話『姫さまの厚意』

 王族の夕食を食べることになるなんて、考えたこともなかった。というか、考えたことがある人の方が少数派だと思う。

 今、ぼくの前に並べられているのは、とても豪勢に見える料理だ。よくわからない貝のソテーのようなもの。野菜と思われるものが、ふんだんに使われたサラダ。何やら白っぽい色をしたスープに、赤ワインのような色をした飲み物。

「揃いましたね。さあ、みなさん食べようじゃありませんか」

 レミアさんの一言で食事が始まる。テーブルを囲むのは、城主のレミアさんとエヤスさん、使用人さんが八名にコックが一名、そしてぼくの十二人。夕食はみんなで食べるのだと言っていたけれど、その『みんな』というのはそれほどの人数ではないようだ。

 当たり前か。

「どうかしましたか? どうも顔色が優れないようですが。まだ一口も食べていないようですし」

 レミアさんが上品にグラスをテーブルに置いて言った。

「あ、いえ。なんでもありません」

「そうですか? 少々腫れぼったいような印象も受けますが」

「いえいえ、気のせいですよ」

 うぅ……。やっぱり顔には出ちゃうよな。

 食材が何かはさっぱりわからないけれど、出されたものを食べないのはぼくの流儀に反する。貝と思われるもののソテーを、周りの人の食べ方にならって一口食べてみる。

「おお」

 口に入れた途端、口内を芳醇な甘みが包み込む。柔らかく、噛むたびにさらに甘みが引き立つ。しかし、その甘みもしつこいものではなくて、ゆるやかにその影をひそめて、のこるのはさっぱりとした後味だ。

 すごい。ぼくが今まで食べたどの貝料理よりもおいしい……。

 サラダを食べてみると、シャキシャキした歯ごたえと同時に、少しだけピリリとした刺激が感じられる。

「おいしいですね」

「お褒め頂き光栄です」

 食べる手を止め、コックさんが小さく頭を下げた。

「ねえ、これは何という貝でしたっけ?」

「これは北の海で捕れる貝で、バルク貝といいます」

 当たり前だけど、聞いたこともない名前だ。

「ヒジリのいた世界にはありませんでしたか?」

「ありませんでした。貝はありましたけど、こんなにおいしいものとなると……」

「ふふ。うちのコックは腕が良いのです」

「ご冗談を」

 と、コックさんが笑う。

「あら。私はお世辞を言えないのですよ」

「ははは。それこそご冗談を」

 え? ちょっとその発言はまずいんじゃないですかっ!

「何でもお見通しですね、コックのくせに。けれど、貴方の料理がおいしいのは本当ですよ」

 レミアさん……。そう言える優しさがあるなら、ぼくにもその優しさを発動してください。


 翌日、城下町に繰り出し、もう少し町を見て回ることにした。壁に囲まれたこの町は、とても閉鎖的に見えるけれど、魔という脅威があるのならば仕方ないことだろう。

「はあ……」

 昨晩、よく考えてみたんだ。今後のことに。すると、ものすごい違和感を覚えたのだけど、それがなんだったのかが思い出せない。根本的におかしいことだったような気がするんだけど。

「あんた」

 どうしたものか。思い出せないと気持ちが悪い。

「あんた」

 町の様子は昨日と同じように賑やかで、朝の市場は特に活気づいている。ぼくが住んでいた地域には、こんなに活気のある場所はなかった。

「おーい」

「うはいっ!」

 とん、と肩をたたかれ、素っ頓狂な声をあげてしまった。ぼくの肩をたたいたのは、昨日見かけた鎧の人だった。

 たしか、マール騎士団とかいったか。その人物は肩幅の広い人で、背もぼくより高い。腰にさした剣と鎧のせいでもあるだろうけれど、とても力強い印象を受ける。

「あんた、珍しい格好してるな。どこの出身だい?」

「えっと……」

 どう返事をしたものか。異世界から来ました、とか言っても信じてもらえないだろうし。かといって、適当なことを言ってもどうしようもない。

「うん? まあ、答えたくないならいいんだ。俺は職業柄、いろんな地域に行くんだが、そんな恰好をした人を見たことがないんだ」

 そりゃあ、異世界の服ですから。なんて、当然言わないけれど。

「……ふぅん」

 男性は何やらぼくを品定めするように見た。

「もしかしてあんた、勇者さんかい?」

「え?」

「違ったかい? なんでもレミアさまが、〈異界召喚〉を始めたって聞いたからもしかしたらと思ったんだが」

 うなずいてもいいものなのだろうか。

 逡巡していると、男性は納得したらしく、快活に笑った。

「はっはっは。良い用心だ。ついてきな。なに、心配はいらないさ。俺はマール騎士団の団長でギースっていうんだ。あんたはなんて名前だ?」

「えっと……聖です」

「ヒジリか。よろしく」

「よ、よろしく」

 ギースさんはぼくの横をすり抜けて、わき道に入った。ぼくもそのあとに続く。細い路地を抜けると、広場に出た。

「あの……マール騎士団っていうのは」

 広場の真ん中を通りながら、ギースさんは時折町の人に手を振っている。

「ああ。このあたりの魔を狩ってるんだよ」

「狩ってる? ぼくは魔は超常的で圧倒的な力を持ってるって聞いたんですが」

 だからこそ、ぼくが呼んだと聞いている。

「その通り。だから、俺たちが狩っているのは、本当に弱い部類の魔なんだ」

 強さにも個体差はあるってことか。

「つい先日狩ってきた魔なんてな、地面をたたくだけでクレーターを作ったんだ」

 うん?

 クレーター?

「一撃でもくらっちまったら、俺たちなんてひとたまりもないな」

 ということは。

 それが弱い部類ということは。

 ぼくは一体、どんな化物と戦わなければいけないのだろう。

「ほら、あそこが騎士団の本部さ」

 ギースさんが指差した建物は、他の建物よりも年季が経っているように見える。

「俺たちの本部は建て替えに意味がないんだ」

 ぼくの考えが読みとれたのか、ギースさんが苦笑交じりに言った。

「俺たちが発する魔力が強くてな。すぐに老朽化が進んじまうんだ。一人一人なら大したことはないが、あの中にゃあ何人もいるからな」

 なるほど。

 扉の前に立つと、その痛み具合がよくわかる。ギースさんがドアノブに手をかけると、ドアが軋む音がした。

 中に入ると、しかし、誰もいない。

「また俺が一番か。まったく、寝坊癖がついているな」

 学生か。

「俺も寝坊したってのに」

 あなたも学生か。

「ちょっと待っててくれ」

 そう言って、ギースさんは受付のようなスペースの奥に消えた。改めて建物の中を見回してみると、なかなかのぼろさ加減だ。ここで下手に暴れたら、もしかしたら床や壁に穴が開くかもしれない。耐震性のたの字もない。

 テーブルとソファも傷み、ふだんならあまり座ろうとは思わないような有様だ。治安を守るための騎士団が、こんな環境で仕事をしているとは。どうにも報われない話だ。

「お待たせ」

 そう言って奥から出てきたギールさんの手には、二つのグラスと何やら紫色をした液体の入った瓶があった。

「ま、座りなよ。あまりくつろげないけど」

「そ、そんな」

「はは、そう固くならないでいいさ」

 ギースさんがソファに座り、ぼくに手招きをした。ギースさんと対面する位置に座る。

「これは、お酒ですか?」

 紫色の液体が注がれたグラスを掲げて言う。

「いや、それはただのジュースだよ」

 昨日出されたものみたいなものか。そう思って一口飲んでみると、グレープジュースのような味だった。ただ、苦味もある。

「あのぉ……ぼくをなんでここへ?」

「うん? ああ、ちょっと話がしたくてね。君もこっちに来たばかりだ。特に急ぎの用もないだろう?」

「まあ……そうですね」

 町を歩いていたのも、考えることをやめたいからだ。

 本当は。

 生き残る術を考えないといけないのだけど。

「さて、と。ヒジリは何か聞きたいことがあるんじゃない?」

「え?」

「え? じゃないだろう。昨日この世界にやってきたばかりなんだろう? 実はね、町で君に声をかけたのは見かけたからということもあるんだけど、レミアさまからもお話があってね。君を探していたというのもあるんだよ」

 グラスを傾ける。

「雑兵だとしても、一応は魔を相手取ってる身だからさ、レミアさまからも少しくらいの信頼は置かれてるのさ」

「じゃあ……」

 聞きたいことは山ほどある。それこそ数え切れないほどに。

 でも。

 本当に聞きたいのは、聞かなくちゃいけないのは一つだ。

「どうして、わざわざ弱いぼくを呼びだしたんですか? レミアさんは意図してそうしたと言っていましたけど」

 強い人がいるなら、強い人が戦えばいいんだ。

 何も弱いぼくが戦う必要なんてどこにもない。

「やっぱりそれか」

 ギースさんは一口、ジュースを飲んだ。

「それに関してだけは答えられないな。でも、それじゃあ納得できないだろうから、一つだけ話してあげよう」

 グラスをテーブルに置き、ぼくの目を見据える。それがぼくを射抜き、反射的に体がすくむ。

「強いということは、それだけ弱さがあるんだよ。弱いということは、それだけの強さがある。強さと弱さはね、別々じゃないんだよ。同じなんだ」

「同じ……」

「これは火事場の馬鹿力とかいうことじゃない。弱さは強さに変換することができるんだ。強さは弱さに変換される。いいかい? 弱いことは弱さじゃないんだ。弱さを強さに変換できないのが――弱さなんだよ」


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