第十一話『新たな始まりの音』
「うあぁっ!」
無我夢中に刀を振る。
しかし、これだけの数に全て対応することはできない。初めこそなんとか対応していたが、すぐに限界を迎えた。かすっていた攻撃が身をえぐるようになり、身をえぐっていた攻撃が体にミートするようになった。
これじゃ――ただのリンチだ。
「はぁ……はぁ……ぐぅっ!」
数があまりに多すぎて、相手のほうも一斉に襲ってくるようなことはできないようだけど、そんなことは些細なことだ。もちろん、相手にとって、だが。
この状況、どう打開する?
「グギャァァァァ!」
〈揺光〉が魔の腹を突きぬけ、断末魔の叫びが響く。しかし、たった一体の魔を倒したところで、残っている魔の数は計り知れない。海の水をコップ一杯減らしたところで、ほとんど影響がないように。この群体の中の魔一体を倒したところで、状況は好転しない。むしろ反感を買い、悪化する可能性だって考えられる。
刀を魔から引き抜き、次に備える。
備えるまでもなく、攻撃を受け続ける。
服には血がしみ込み、地面にもいたるところに赤いしみができている。どうして自分がまだ立っていられるのか、本当に不思議だ。これが根性値というやつなのかもしれない。
しかし現実問題として、立っていられるだけじゃ意味がない。
ほら――。
無駄なことばかり考えているから、反撃も……。
「唸れ! わたしの右腕ぇー!」
はっ! ついに幻聴か。
やれやれ、まいったね。
耳をつんざく爆音と、魔の悲鳴がこの場を支配した。
青い光が黄緑色の壁を突き抜け、ぼくに活路を開いた。けれど、その時にはすでに僕の力は限界で、その開かれた道を進むことはできなかった。
一瞬、その道の向こうに人の姿が見えた。
すぐに道はふさがれ、その姿すら見えなくなった。
必然、魔の意識もその何者かに向けられ、ぼくを取り囲むことをやめた。結果的にぼくは黄緑色の檻の外に出られたわけだけど、ここまで消耗してしまえば、あまり楽観的には構えられない。助けに入ってくれたあの人はどうやら相当な実力者のようだけど、それでのあの数に囲まれてしまったらひとたまりもあるまい。
それとも。
それとも――。
やってのけてしまうのだろうか。
ぼくには到底できないことを、やってのけてしまうのだろうか。
(今、たしかに人がいた――)
襲いくる魔の攻撃を悠々とかわし、その度に一体ずつ魔を倒していく。最初の一撃で、全体の五分の一くらいを倒したミサオは、この魔単体の強さは大したことないと理解している。
そもそも、ミサオの前に立ちふさがることができる魔が――人が、一体どれだけいるだろう。
ミサオのグローブに装着された石が、青い閃光を放つ。光は壁を打ち砕き、残骸は残らなかった。残っている魔も、だんだんと戦意を喪失――することはなく、愚直に攻め込んでくる。
「バッカじゃない?」
力がないなら、逃げればいいのに。
ミサオは侮蔑をこめた視線を魔に向け、その視線を向けられた魔は、次の瞬間には消えてなくなっていた。
どんどんと視界が開けていく。あれほどいた魔も、もはや数えようと思えば数えられるくらいの数まで減っている。とはいえ、ミサオがそんなことをするはずもなく、残りの魔を駆逐していく。
ある魔は顎を割られ。
ある魔は四肢の付け根を打ち砕かれた。
魔が一撃で屠られていくのに対し、ミサオはかすり傷一つ負っていなかった。砂埃に服が汚れている以外は、少し離れている場所に倒れている少年を助けに入るまでと変わらない。
「最後――」
見る間に数を減らした魔も、とうとう一体。十メートルほど離れたところに立つ魔は怯える様子もなく、むしろ殺意をむき出しにしている。ミサオは飄々とした表情でそれを受け止め、拳を突き出した。
拳は届かなかった。
けれど、青い光が魔を貫き、魔は蒸発して消えた。
「死体が残ってるのは……結構多いなぁ。えっと、魔力量が一番多いのはどこだったかな」
魔の死体は売れば金になる。一番良いのは死体全体を売ることだが、運搬の関係上、それは難しい。そのため多くの場合は死体を解体し、もっとも魔力量の多い部位を売ることになる。
ミサオはここに来る前、ミサオを召喚した人物からその情報を得ていた。そして魔はそれぞれ共通した部位に魔力を蓄えていることも。
「ぐぅ……」
どこからか呻き声が聞こえ、ミサオはハッとして、離れたところに倒れる少年のもとに駆けつけた。そもそも彼を助けにやってきたのだった。
「大丈夫?」
声をかけてみたが返事はない。全身傷だらけのこの少年は、ミサオと同じくらいの年齢に見える。どちらかといえば、ミサオよりも年上かもしれない。不思議なのは、この少年からは一切の魔力が感じられないことだ。腰にぶら下がった美しい玉と、右手からこぼれた刀からは魔力を感じられる。どうやら魔力付与されたアイテムを持っているだけの〈魔力なし〉のようだ。
「綺麗な刀。えっと……よう、こう?」
刀の刀身に〈揺光〉と銘が彫られている。
「どうして漢字が? って、こんなこと考えてる場合じゃないね」
刀を鞘に納め、少年をおんぶする。この世界に来る前までなら、決してこんなことはできなかっただろう。しかし、この世界に来てからのミサオにはできないことのほうが少なくなっていた。
「ここからならイカガカに行くかスダンに行くか悩みどころだなぁ」
近いのは断然、イカガカである。けれども手当のことを考えるとスダンのほうが良いようにも思える。と、そこまで考えて、ミサオは心の中で、ポンと手を打った。
「走れば大差ないや」
ミサオの運動能力の高さは、人のそれとは比べ物にならない。
「上下運動をできるだけ減らして、あとは全速力で走ろう」
体が上下することを抑えるのは疲労の蓄積を抑えることにもつながる。少し頑張らないといけないが、スダンまで走るなら必要なことだろう。
行きがけの駄賃と言わんばかりに魔の頭を大きな麻袋にいくつか詰め込み、ミサオは平野を駆けた。流れる景色は線としか認識できない。常軌を逸した速度で平野を走り、ミサオが走りぬけた後から、ミサオを追いかけるように背の低い草が揺れた。
気持ちが悪い。
一体何が起きているんだ?
目を開けると、そこは……どこだ? ここはどこなんだ?
見える景色は線だ。他には何も見えない。色とりどりの線が後ろへと流れていくばかりだ。
「ひっ――」
言い知れぬ恐怖に、のどが鳴った。
「あ、起きた?」
突然、鈴の音のような声が聞こえた。
「え? あれ? えっ?」
「落ち着いて。きみが怪我してたから、スダンまで連れて行ってるところ」
目を閉じて深呼吸をし、もう一度目を開く。どうして今まで気づかなかったのだろう。柔らかい香りと共に、ぼくをおぶっている人の存在に気づいた。まるで女の子みたいに思えるけれど、ぼくを担いでいるのだから、きっと男だろう。
「落ち着いた?」
「おかげさまで、ね。これは魔法?」
景色が線でしか認識できないのは、それ以外に考えようがなかった。
「ま、そんなものかな。全身に魔力付与してもらってるから、めちゃくちゃ速く走れるんだよね」
どうということもなさそうに言う。
「魔力付与? 体に?」
「そ。やっぱり体も強化しておかないとね。そうでないと魔と戦うなんてできないよ」
「そうでも……」
ない、と言いかけたところで、猛烈な眠気がぼくを襲った。意識がもうろうとして、これ以上起きていられない。
「どうしたの?」
「いや……眠く……」
「寝ちゃいなよ。ていうか、起きてる今が不自然だね」
その言葉を最後に、ぼくの意識は沈んだ。
少年の意識が沈んだのを確認し、ミサオはほっと息をついた。
「びっくりしたー。いきなり起きられたら緊張しちゃうよ」
当然だが初めて聞いた少年の声は、なんとなく温かく聞こえた。それがどうしてなのかはわからないが、懐かしいような気持ちになったのだ。
「あ、名前聞き忘れた」




