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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第二章『もう一人の勇者』
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第九話『懐疑的な夜』

 イカガカを出たその日の夜、これから寝ようとしていた時、〈邂逅(かいこう)〉が光っていることに気づいた。

 大きな木の幹に寄りかかって、〈邂逅〉を太ももの上に置く。

『お久しぶりです、ヒジリさん』

 声の主は、まあ、言うまでもなく『彼女』だ。知っている人の声を聞くと、なんとなく落ち着くなあ。

『今回はその……レミアさまからの伝言とかそういうのがあるわけではなくてですね、そのぉーね?』

ね? ではわからない。

『そ、そんなことよりもですね! 調子はどうですか? しばらくお話をしていなかったので、ちょっと心配です。もし困ったことがありましたら、遠慮せずに言ってくださいね。と言っても、これも私の独断なんですけど』

 ……。

 〈邂逅〉が色を変え、返信の受付を始めた。

「お久しぶりです。旅のほうは順調ですよ。これから海路を使って神聖都市に向かおうと思ってます。それにはまずスダンに行かなくちゃいけないんですけどね」

 スダンまではそれほど離れていないという話だから、あまり時間はかからないだろう。

「困ってることですか、そうですね……。うーん……あっ、図々しいかもしれませんが、神聖都市の指導者にぼくが面会できるように取り計らってもらえるかレミアさんに聞いてください。今はそのくらいですかね。いや、本当はもっと色々……困っていることってよりも聞きたいことはあるんですけど、それはまた時期が来たら聞くことにします」

 そろそろ録音の限界が近づいている。

「では、時間なので、今回はこれで」

 そこまで言ったところで、〈邂逅〉の輝きが失われた。これでぼくの言葉は受け付けられなくなり、代わりに『彼女』にぼくの言葉が送られる。『彼女』の魔法にはどれくらいのラグがあるのだろう。携帯のメールなら、ほとんどラグなしで日本国内に届けることができる。魔法だから瞬時に届くのかも、という思いはあるが、検証したことがないからはっきりしたことはわからない。ただ、ラグそのものは五分に満たないことだ。ササ村で〈邂逅〉を使って『彼女』と通信をしていた時は、携帯のメールをしているような気分だった。

 そんなことを考えていると、また〈邂逅〉が輝きを放った。

『レミアさんには伝えておきます』

 〈邂逅〉から聞こえてくる『彼女』の声は、ついさっき聞いたものよりも、こころなし冷たく聞こえた。何か悪いことを言っただろうか。

『海路は危険ですから気をつけてください』

 そこで声は途絶えた。

 あからさまな不機嫌。ぼくが送った時間から逆算すれば、ほとんどラグがないことがわかる。これだけの時間で『彼女』をこんなに不機嫌にさせる何かは起こらないだろう。ぼくが何かを言ったのだろうが、心当たりはない。

 しかしこの不機嫌である。

「はい。行ってきます」

 ぼくは怖くてそこには踏み込めなかった。当たり障りのないことを言って、録音を締めた。何を言ったら良いかわからず、結局「行ってきます」としか言えなかった。ギャルゲーの主人公みたいに言葉がポンポンと出てきたらいいのに、とこういう時には思う。

 当たり前だけど、再度『彼女』から言葉は送られては来なかった。また静かな夜に戻り、何とも言えない脱力感に襲われた。

 脱力感?

 本当にそうなのだろうか。よくわからない。

 今日は曇り空で、空に星はあまり見えない。薄い雲のその向こうから、くすんだ月の明かりがのぞいている。切れた雲の間から星が恥ずかしげにその顔を晒して、自分の存在を主張していた。

 きれいだなと思う。それでもこの世界には魔がいて、人はその影に怯えている。一目でそうと思えないのは、人の持つ(したた)かさか。

 思えば廃坑で会った魔――彼は限りなく人間だった。外見は魔だった。しかし、それでも人間のようにも見えた。人に通じる外見と、人に通じるその所作。完全に魔でありながら、それはさながら人と対峙しているようだった。彼はレミアさんを魔と人とのハーフだと言っていたけれど、彼もそうだったのではないだろうか。ハーフでなくてもクォーターとか、少なからず人の血が入っていたのではないだろうか。そう思うほどに彼は人だった。

 もしそうならば、人と魔は近しい存在なのかもしれない。事例は少なくても、人と魔の間には愛があるのかもしない。いやあるのだろう。そうであるから、レミアさんがあそこにいるのだから。

 結果――彼女が魔を討伐しようとしているとしても。始まりはそこにある。

 ぼくはこの世界を知らなさすぎる。

 魔のことも。

 人のことも。

 文化のことも。

 何も知らない。

 それなのにこの世界を魔から救おうとしている。

 先が見えない。ぼくはこれからどこに向かい、何をしようとしているのだろう。レミアさんに召喚され、魔の討伐に向かい、実際に魔と戦ってきた。その中にはフィオ(Fio)のようなどうしようもない――倒さなければいけないと思うような魔から、ブリューナ(Briona)のようなもっと話していたいと思う魔もいる。

 ぼくはこのまま戦い続けて良いのだろうか。元の世界に帰るために戦わなければいけないことはわかっているが、そう思うこともある。

 いや、そんなことは考える必要なんてないのかもしれない。ぼくは便宜上勇者と呼ばれているけれど、言ってしまえばただの兵士だ。戦の為の駒だ。ぼくは司令官であるレミアさんの指示に従っておけば良いだけなのかもしれない。

 わからない。 もうこんなことを考えるのはやめよう。胸がモヤモヤするだけだ。

 明日。

 明日目が覚めたら、また日常に戻ろう。


 お待たせしました。

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