第六話『敵は敵』
ブリューナとリンネの死体を支給された麻袋に詰める。どうしようもない気分の悪さがあるが、もうそれは諦めなければいけないだろう。できることならば、ブリューナの死体はその場に残しておきたかったけれど、そこまで魔に対して感情移入をしてしまうのも問題があるだろう。
それについては、もう手遅れのような気がしないでもないけれど。
とはいえ、こうやって余裕を持って語ってみても、体力に余裕がないという事実に変わりはない。廃坑の外に出たところで、ぼくは力尽きて前のめりに倒れた。
視界が、黒く――
港に停泊する船を見上げながら、軽装の旅人は楽しそうに笑っている。ノースリーブのシャツに膝下くらいまでのハーフパンツ。両手にはハーフフィンガーのグローブを装着している。グローブの甲の部分には澄んだ青の宝石のような物がはめ込まれている。
「うーん! やっぱり海は気持ち良いね!」
ぐぐぐ、と伸びをして、ミサオが言った。
「わかるかい」
船乗りだろうか。ミサオの太ももよりも太い腕の大男が、いつの間にかミサオの横に立っていた。ミサオは男の存在に気づいていたのか、特に驚いたしぐさは見せなかった。
「山育ちだから、海って珍しいっす」
「そうかそうか! てことは旅人かい?」
海の男が古くからの友人のように気安く接してくる。ミサオは対人能力に問題がないようで、同じく友人――とはさすがに言えないが、学校の先輩のように接する。
「そうっすね。ぶらり一人旅っす」
「ほーこのご時世にねえ。なんだい? まさか魔を倒してくれるって?」
冗談で言ったのだろうが、ミサオは自信満々にうなずいた。
「鋭いっすね。そのとおりっす」
男は一瞬動きが止まったが、冗談を冗談で返されたと思ったらしく、豪快に笑った。男が全く信じていないことはわかっていたが、ミサオは嫌な顔ひとつしなかった。信じられるとも思っていなかったのだ。
それから一言二言話し、二人は別れた。ミサオは港から離れ、町の方に歩き出した。町の中を歩いていても、港町という性質上、周囲から浮くことはない。周囲の視線はあまり気にならないミサオだったが、だからといって目立ちたいわけでもない。旅の道中で出会った商人には奇異な目で見られたものだが、それがない今は気楽に歩くことができた。
「ん……」
ふと、町の壁の外側から不吉な気配を感じた。他の人たちも気づいたのか、恐れを顔にしたため、どこかへと走っていく。
「向こうも動き出したってことなのかな……」
呟いて、人の流れと逆走して歩く。町を取り囲む壁。それを通り抜けるための唯一の門の前で、兵士に呼び止められた。
「どこへ行くつもりだ。どういう状況かわかってるだろ!」
「わかっているから出るんすよ。騎士団の人はまだなんすよね? 足止めしておくんで、早く準備をして加勢してほしいっす」
「馬鹿言うな。お前みたいな若造に何ができるって――――っ」
兵士が顔を歪めた。ミサオから突然発せられた強大な魔力に圧されたのだ。今までほとんど感じられなかった魔力が、突然、しかも予想外に強い力として感じるということは、滅多にない。それこそ騎士団の人間くらいのものだ。そもそも、普通の人間なら自分の魔力を抑える必要がない。
魔力量にはそれくらいの個人差があるのだ。
「通してほしいっす」
男はこくこくとうなずくと、門を小さく開けた。荷物を兵士に預け、体をよじって門を通り抜ける。
はるか前方に、『それ』と思しき影が見える。それの周囲は陽炎のように歪んでいる。ミサオは少しでも町から離れようと、それが見える方向へ走った。
それはゆらゆらと陽炎の中にたたずみ、微動だにしない。急速に距離がつまり、ゆらゆらと揺れる尾が見えた。楽しげに揺らされているそれは、これから起きる戦いを心待ちにしているようだ。ミサオはそれを不愉快そうに観察しながら、全力で駆ける。
――魔の言葉に耳を貸すのは馬鹿のやること。あたしはそんな時間を与えない!
足止めをすると言ったが、ミサオはそんなつもりは毛頭なかった。最初から自分で狩るつもりでいた。
「くひひひ!」
魔の顔が狂気に歪む。
――忌々しい顔。
「丸腰たぁいい度胸だなあ!」
ミサオは答えない。魔とは言葉を交わさない。敵を理解するつもりも、心を通わせるつもりもない。与えられた作戦を作戦通りにこなす。それがミサオの考えだ。
魔が尾を振る。
尾は熱を帯びているのか、尾の周囲では景色が揺らいでいる。ミサオはとっさに地を蹴って横に回避する。とんでもない敏捷性だ。たった一歩、しかも走る動作の中でほとんど予備動作なくそれをこなす。
ミサオはそのまま背後を取り、尾の動きにも気を払いながら、尾の付け根めがけて右の拳を突き出す。瞬間、装備していたグローブから青い閃光がほとばしる。
「ぎゃああああああ!」
反応が遅れた魔の尾が体から切り離される。苦悶の叫びを上げる魔に何の感情もない視線を投げ、ミサオは追撃を試みる。
「――なんてな! くひひひ!」
尾はすぐに霧散し、新たな尾が現れた。
「――――っ!」
新たな尾が現れる寸前、ミサオは急停止して後ろに飛びのいた。やはり一度地面を蹴っただけだ。
「くひひひ! 魔法でできたこの尾が千切れたって、痛くもかゆくもないぜぇ?」
「……」
ミサオは答えない。魔はそんなミサオをつまらなさそうに見つめる。
「おいおい、だんまりかよ。くひひ、世界最弱を見習えよな」
――世界、最弱?
魔の言葉を受け怪訝に思ったが、すぐに思考を切り替える。魔の言葉を聞いてしまったが、自分は極めて冷静に無視しなければならない。気になることはあとから考えれば良いだけの話だ。
「くひひ。ルールというか礼儀だからな、人間。人間の礼儀にならって名乗ってやるぜ。俺はフィオ! 〈燃え盛るフィオ〉! よろしく頼むぜ!」
「……」
ミサオはそれでも答えない。フィオと名乗る魔はますます不機嫌そうな表情を浮かべた。
「てめえは礼儀ってものを知らないんだな」
「あたしが礼を尽くすのは人間だけ」
仕方なく、反吐が出そうな思いでそれだけを言う。
「なんだ、しゃべられるんじゃねえか。言葉を知らねぇのかと思ったぜ。くひっ」
「うるさい」