第三話『廃坑に棲む魔』
襲いかかってきた人型の魔の右腕を切り落とす。直線的に襲ってきたそれは、思いのほかたやすく屠ることができた。魔力が弱いのかもしれなかったが、冷静に考えると、単なる魔の慢心が招いた結果といえよう。残る魔は後二体だが、それらはもっと奥にいるのかもしれない。
廃坑だけあって、中は暗い。照明は全て魔法によって管理されていたらしく、ぼくの力で照明を使用することはできない。また、魔法の存在ゆえに、たいまつも存在しない。しかしどういう理由からか、真っ暗ではなく、ほのかに明るい。空気は湿っていて、少し息苦しさを感じる。道は思ったよりも広いが、当然、歩きやすい道ではない。レールが引かれていて、それをたどって奥に進んでいく。
もともと、この廃坑はリヴィルの生命線のような場所だったらしい。刀剣や鎧を作るための鉄を、ここで掘り出していたのだとか。この鉱山が廃坑になったのは、今から十数年前。鉄の量が減ったことが理由で、他の場所を発見したの期にここは閉じられた。今では鉄以外にも、各国からの依頼で製品を作ることで利益を得ているらしい。
もとは鉱山町であったところが、今では工業都市だ。こうして変わることができた町はいいけれど、変われなかった町もあったのだろうと思うと、思うところもなくはない。結局、それは感傷以外の何物でもないのだけど。
とまれ、人でにぎわっていたこの鉱山も、今や魔の住処となったわけだ。盛衰の一端を見た気がして、少しだけ大人になったような気分に浸ってみる。
「あ、さっきの魔の体の一部を持ってきたら良かったかな……」
売れば大金になるという魔の体。この状態では倫理観は無視して、そういうこともしなければならないのかもしれないと思う。今回は騎士団からの依頼で報酬もあるけれど、これからも金欠になることは簡単に予想できる。
「帰りに持って帰ろう」
考えてみればこれから戦いに行くというのに、そういう物を持って行くのは邪魔でしかない。もう少し冷静に考えて行動しなくちゃいけない。
まだまだヒヨっこということか。
「ヒジリさんには西の廃坑に向かってもらいます」
昨晩、騎士団支部に呼び出されたぼくは、ブロールさんからそう告げられた。なんでも、もう長く使われていない廃坑に魔が住み着いているらしいという。その魔を討伐して来いとのことだ。確認はとれていないが、どうやら小物の魔らしく、フィオクラスの魔ではないらしい。
もしフィオクラスの魔ならば、ぼくを向かわせたりはしまい。
「一応、廃坑で確認されている魔は三体です。〈暴発するマグ〉を倒したヒジリさんならば、簡単な仕事だと思いますよ」
聞いたことのない名前を聞いて、ぼくは聞き返した。
「おや? あなたが王都の付近で討伐したと報告を受けていますよ」
王都付近で倒した魔といえば――そうか、あの時の魔か。
「いましたね……そういえば」
フィオのインパクトが強すぎて、過去の魔のことは忘れていた。良くないことだが、そればかりはどうしようもないことだろう。そういえばあの時の二人は無事なのだろうか。
「とにかく――マグを倒したあなたなら問題ないはずです。我々が動けばいいのでしょうが、ここはひとまず、ヒジリさんにお任せします。楽な仕事なので、ちょいちょいと仕上げてください」
ということをブロールさんが言って、ぼくは騎士団支部から半ば追い出されるように外に出た。
それが昨晩のことで、しかし、楽な仕事ではないことは理解した。一体目の魔は思いのほか簡単に倒したが、それもあくまで『思ったよりも』という但し書きは外すことができない。決して楽勝なんかではなかった。とんだ過大評価だ。
この世界の魔は面倒くさがりだけれど、この世界の人間はとにかく杜撰だ。いや、これじゃあちょっと範囲が広すぎる。この世界のお役人はとにかく杜撰だ。王女も騎士団の人も、本当にその立場の人間なのかが疑わしくなるほどに、しっかりとしていない。
廃坑は使用されなくなってから月日が流れているだけあって、荒廃ぶりがすごい。歩いていると、少し広い場所に出た。そこには木でつくられた階段のようなものがあり、上に登ることができる。しかし、木は朽ちていて登ることはできそうにない。
「しかし後二体、どこにいるんだ?」
三体の魔の内、一体は先ほど処理をした。あちらは慢心ゆえに魔法を使ってくることがなかったから、それほど大きな音はしなかっただろう。だからといって、ぼくが侵入してきていることに気付かないのはおかしい。ぼくはともかく、魔は魔力を持っている。その魔力の消失に気付けないわけがない。
〈揺光〉を握りなおし、慎重に廃坑の奥へ進む。石が転がって音がするたび、その音で魔に気付かれてしまったのではないかと気が気でない。魔を見つけなければいけないと思う反面、どうしようもなく魔に出会いたくないという思いがある。恐れることは悪いことではないが、ぼくの意思が折れないかが心配だ。
広場のような場所を抜け、また細い坑道になる。実はぼくは、坑道を歩いたことがない。もしかしたら歩いたことがある人から見れば、こんな道はふつうでしかないのかもしれないけれど、初体験のぼくにはやや歩きにくい。さっきの戦闘と相まって、疲れがたまってきた。王都からここまで旅をしてきていて情けないとも思うが、やはり慣れない道は疲れがたまる。山の育ちで未整備の道に慣れているとはいえ、さすがにここまでではなかったし。
「おっと」
石につまずいてこけそうになった。とっさにあげていた足を地面に立てて、体勢を整える。こういう反応速度は上がってきたようだ。いやまあ、そもそもつまずくなという話ではあるのだけど。
坑道はゆるやかな下り坂に変わった。下っても、やはり景色は変わらない。四方八方、どこを見ても岩だ。ところどころに木が打ち込まれている。アニメやらゲームやらで見た光景だ。なるほど、こうして歩けば自分が登場人物みたいだ。
とまあ、現実逃避はこのくらいにしておいて、そろそろ前を見ようか。
「…………ふ」
坂を下りてきている最中に気付いていたんだ。
明らかに、誰がどう見ても、誰かが立っていることに。