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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第二章『もう一人の勇者』
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第二話『イカガカ観光』

 研究所見学をした翌日、せっかくだから観光をしようと町に出た。問題だった金と食事は、騎士団が面倒を見てくれた。ただ、さすがにタダ飯を与えてくれるほど優しい世の中ではない。今夜には仕事を与えられるらしい。働きに応じて報酬も出るようだ。

 金がもらえて食事も出る。

 やっぱり優しい世の中だ。

 こうして観光気分で町を歩いていると、旅の途中で出会い、ぼくを散々な目にあわせてくれたヤンさんを思い出す。彼はぼくから大金を盗みながらも、町を観光するようにと言った人物だ。木の実もくれたし、過程と内容、目的はどうあれ屋根と壁のある場所を提供してくれた。信頼はやっぱりできないし信用もできないけれど、少しくらい言うことを聞いてみるのも良いだろう。

 こんなことを言っていると、彼の相方のレアンさんに怒られるのだろうけれど。

 イカガカも基本的には石造りの建物が多く見受けられる。時折鉄製の建物があるが、それは少数派だ。

 旅をしていて思ったのだが、この世界では気候と建築法との関連付けがあまりされていないのではないだろうか。石造りの建物だったり、木造の建物だったりと、同じ大陸内で一致しない。東から西へと歩いてきたけれど、それほど気候に変化があったようには思わない。気温が下がってきているが、それは気候の変化というよりも季節の変化だろう。アーシャがそんなことを言っていたような気がする。だから今着ているコートを買ったわけだが、あまりアーシャには見せたくない有様になってしまっている。

 工業都市ということがあり、どの方向を見ても必ず煙突があり、煙を吐き出している。もう少し奥に行けば、市場があるかもしれない。

「買う金なんてないけどね……」

 自虐的に呟いてみても、それに言葉を返してくれる人はいない。

 寂しいものだね、どうも。


 この人物のことを仮にミサオと呼んでおこう。漢字で書けば操。これならばこの人物が男性であろうと女性であろうと、どちらでも対応ができる。ボディラインはその体にフィットしている服によってはっきりとわかるが、胸のふくらみはあまり目立たない。これでは女性の胸なのか筋肉なのか判然としない。顔は女性的であるが、やはり女性的な顔立ちの男性という線も、考えられなくはない。

 鼻歌を歌いながら歩くその様は、まさに旅の玄人。旅慣れしているという印象を、ミサオを見た人は必ず抱くだろう。しかし何のことはない。ミサオは旅のド素人である。それこそこの世界の最弱の希望であるところの、聖よりも素人だ。

 しかしミサオには自信があった。誰にも負けないという、圧倒的なまでの自信が。

「ふふん。これこそ正義の鉄拳、みたいな?」

 右手をぐーぱーしながら、歌うような声で言った。

「くっ! 力の奔流が抑えられない! みたいな?」

 どこまでも呑気なミサオの前を、一匹の獣が駆けて行く。ミサオはそれに気付くと、その瞬発力のありそうな足で地面を蹴った。やはり速い。最高速もそうだが、初速の速さが申し分ない。魔法の力を受けているのだろうか、やや人間の限界を――中高生くらいの人間の限界を超えているように思える。

 筋トレとかフォームの改善とか、日々の訓練とか――そういう問題ではないものが、ミサオにはあるようだ。

「悪いけど――」獣を追いかけながら、ミサオは叫ぶ。「――君の命、もらいうける! 残さず食べるから化けて出ないでね!」

 茶化しながら叫んでいるが、表情は真剣そのものだ。

 獣に振りおろされた拳から、青い閃光が放たれた――そう思った時にはすでに光は消失し、命の果てた犬にも似た獣が倒れているだけだった。


「……おいしそうだな」

 市場の果実売り場には、色とりどりの果物が並んでいる。それは至極当然のことなのだけど、騎士団が提供してくれる物以外の物を食べることができないぼくにとっては、このひとつひとつの果物が、どうしようもなくごちそうに見えてくる。

「あら、何か買っていく?」

 店の人が気さくに声をかけてきてくれたけれど、残念ながらぼくには金というものがない。

「いえ、お金がないんで」

 とはさすがに言わない。

「いえ、また今度」

「あらー、残念」

 特に気にした風もなく言う。あまり商売っ気のない人だ。と思っていたら、ぼくの後ろから歩いてきた人に声をかけていた。買わないとわかった人にはこだわらない、ということなのだろう。何のことはない、商売っ気ムンムンだ。

 果実、木の実、酒、衣類、市場には様々な物が並んでいる。その通りを歩き続けるのは目には楽しいが、精神的に楽しくない。どうやらぼくはウィンドウショッピングには向かないようだ。見ていると欲しくなって、お金もないのに買ってしまいそうになる。

「――のよ」

「あら、大変じゃない」

 主婦と思しき集団の横を通り過ぎる時、たまたまその会話の一部が聞こえた。

「でもあそこは廃坑だし、問題ないんじゃない?」

「そうでもないらしいわよ? だいたい、魔がいるのに大丈夫もなにもないでしょ」

 気になる言葉を聞き、ぼくは立ち止まった。あまり行儀はよくないが、少し聞かせてもらうことにしよう。

「それもそうねぇ……。騎士団がなんとかしてくれればいいけど」

「がんばってほしいねぇ」

「あ、そうそうあそこの商店でね――」

 話題は急速に逸れ、安い店やら評判の悪い男の話になっていった。ひとつの話題が長続きしないのは、どこの世界でも同じようだ。主婦の会話は時代の流れよりも早く移り変わる。少し聞き耳を立てるのが遅かったかもしれない。

 それみしても、廃坑だ。定番と言えば定番だけど、まさか自分の耳にそれが届くとは思わなかった。これがゲームなら、ぼくは迷わず廃坑を目指すだろう。しかし今回は自分から目指すほどでもないだろう。ここには騎士団がいるし、彼らが対応すれば大丈夫だと思う。

 市場の奥へさらに進む。活気は相変わらずだ。奥とはいっても、当然、この先からこちらへ入ってくることもできるわけで、そういう点から見れば奥ではないわけだ。まあ、小難しいことを考えなくても、この市場が賑わっていることは明らかだ。今日の夜には仕事をもらえる予定だから、今のうちに楽しんでおくことにしよう。観光をするのも考えてみれば随分久しぶりだ。

 これが四ヶ所目の町ということになるのだが、やはりこの村も魔に脅かされているというような悲壮感は感じられない。魔という存在は脅威だが、心配するレベルではないということだろうか。エヤスさんは確かとても緊迫した状態であるかのように語っていたけれど、現場と頭の違いということなのかもしれない。

 ――否。

 何を考えているんだぼくは。つい先日の出来事を忘れているわけではあるまい。現場がどうあれ、頭がどうあれ、ぼくは自分が見たことを忘れてはいけないのだ。

 市場を離れて通りを歩く。騎士団の建物からはどんどん離れている。細い道も増えてきたが、今度は市場とは一味違う喧騒がある。話し声と笑い声。そして漂ってくるのは酒の匂い。どうやら酒場が集まっている場所のようだ。入ってみるか迷ったけれど、やはり止めておくことにする。酒場はその店に特有のコミュニティを持っているもので、ぼくがその場に入り込むことで不和が生じかねない。

それになにより、ぼくは酒が飲めない。


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