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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第二章『もう一人の勇者』
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第一話『価値観』

 スラリとしていて、ほどほどに筋肉のついた体。

 瞬発力のありそうな足。

 ノースリーブのシャツに、膝下くらいまでのハーフパンツの人物。シャツは体にフィットするタイプのようで、そのボディラインをはっきりと見せつけている。ハーフパンツは対照的に大きめで、少しばかりダブついた印象を受ける。黒い髪は肩のあたりまで伸びている。両手にはハーフフィンガーグローブ。おしゃれでそれをはめているというよりも、単純に手が滑ることを嫌っているのだろう。グローブの裏――手の甲にあたる部分は澄んだ青い宝石のようなものがはめ込まれている。それが何かは、おそらく、このグローブを作った人が知るのみだろう。

 背にリュックを背負い、その人物は歩いている。鼻歌を歌いながら歩くその様は堂々としており、自分に自信がある者の風格を漂わせている。軽やかな足取りで平野を歩く。時折、額の上に両手を上げ、右手首をキュッ、と曲げた。スナップの効いた動きだ。

「およ……」

 道をふさぐように、一体の魔が立っている。好戦的な目をした魔は、目の前に立つ軽装の人物を見るなり下卑た笑みを浮かべた。

 対して、いかにも軽装のこの人物は緩んだ表情を引き締めた。今までのほほんと歩いていたのが嘘のように、身にまとう空気も急変する。

「通してって言っても、聞いちゃくれないんだよね?」

 リュックを背から落とす。

 それが開戦の合図だった。



 金がない。

 これは一大事だ。食料も買えないし、宿に泊まることもできない。ササ村で失ったものは、あまりにも大きい。

 工業都市イカガカに入ったのは、今日の朝のことだ。空腹で足に力が入らない状態で関所を越え、壁の内側に入った。

 イカガカは工場のような建物が目立つ。白煙や黒煙がのぼっている建物があちこちに点在し、道を歩く人の服装も作業服のように見受けられる。服になじんでしまった汚れから、日々の労働の一端を垣間見ることができる。

 ひとまず騎士団の支部を見つけないと……。

 紹介状はすでに失われてしまったが、頼れる相手は騎士団だけだ。

 歩いていると、不躾な視線がぼくに注がれていることを嫌でも意識してしまう。目を引く哀れな格好をしているのだろうか。そう思って自分の格好を改めて見てみると、なるほど、これは視線をひく。

 リヴィルでアーシャと買ったコートは裾が破れているし、アランさんから借りたままになってしまったシャツとパンツも傷んでしまっている。ぼくが身につけている物できれいなのは左の腰に差した〈揺光(ようこう)〉と、右の腰にぶら下げられた〈邂逅(かいこう)〉だけだ。そうなると、町の人がお近づきになりたがらないのもうなずけるというものだ。

 とはいっても、場所がわからないんじゃあ聞くしかないよな。

 数人の男がボトルを片手に談笑をしている。あそこの人に聞いてみることにしよう。

「あのー」

 声をかけると、男たちの視線がぼくに集まった。

「なんだ?」

「騎士団の支部ってどこですか?」

 ぼくの質問が意外だったのだろうか、男たちは一瞬あっけにとられたように固まった。

「あ、ああ、あの角を右に曲がって突きあたりを左に折れる。するとでけえ工場があって、その工場の脇に細い道がある。その道を抜ければ騎士団の支部だ。わかりにくかったら他のやつに聞きな。もう少しわかりやすいかわりに遠回りの道を教えてくれるぜ」

「ありがとうございます」

 お礼を言ってその場を離れた。ぼくを怪訝に思う声が後ろから聞こえてきたけれど、聞こえないふりをして歩き続けた。

 言われた通りの道を歩いていく。たしかに大きな工場があって、煙突から黒い煙を吐き出している。その脇、隣の建物との間に、細い道が一本通っていた。知らない土地の細い道、それにいくばくかの不安を抱きつつも細い道に入っていく。

 道を抜けると、他の建物よりも痛みが激しい建物があった。騎士団の支部に共通する痛みで、強い魔力を持つ人が集まることによって、建物が痛んでいく。その速度が速いため、修繕作業もある程度我慢するそうだ。

 古びたドアをノックすると、ほどなくしてドアが開いた。ぼくを迎えてくれたのは、あまりたくましくない体の男だった。柔和な表情と柔らかそうな体。騎士団の建物にいることが不思議に思うほど、「ふつう」の体つきだ。ぼくの世界で運動部に入っていないやつのような体型だ。

「おや……あなた、もしかして旅人さん?」

「はい。今日この町に」

 答えると、男は「どうぞどうぞ」と、ぼくを中に招いた。

 中には誰もおらず、今まで立ちよった騎士団の例にもれず、どうやらほとんど人は集まって来ないようだ。

 集まって来ないというよりは、多忙なのかもしれない。寝坊で集まって来ないなんて言うのは、王都の騎士団くらいではなかろうか。もっとも陥落されてはいけない場所が、もっともだらしないとはどういうことだ。

「失礼ですが……もしかしてあなた、ヒジリさんでは?」

 すすめられた椅子に座ったところで、男がやけに確信的に言った。

「そうですが、どうして?」

「リヴィルの騎士団から要請がありましてね。カヤクとやらの開発と、ヒジリという旅人に最大の協力を、と――」

 助かった! ありがとう! ありがとう、ノエルさん! いや? この手続きをしたのは確かリサさんだったはず。なら感謝すべきはリサさんだろうか。

「魔力のない人なんて、そうそうお目にかかれませんから」

 何を隠そう、それがぼくの最大の特徴だ。

 ナンバーワンではないけれど、オンリーワンだ。

 あ……もう一人召喚されたって話だから、オンリーワンでもないのか。こう考えると少し惜しい気もする。

「じゃあ、火薬の開発も?」

「研究は進んでいます。と、いうよりも、ほぼ完成していますよ」

「え?」

「少し、見て行きますか? それを利用するための武器も並行して開発中ですよ」

 是非もない。うなずいて、男の後について行く。建物を出て、さっき歩いてきた道を歩く。

「ああ、申し遅れましたね。わたしはブロールといいます。騎士団では副団長を任されています」

 意外だ。騎士団らしくない体型だと思っていたが、まさかその上副団長だとは。よほど腕が立つのか、それとも頭が切れるのか。

「やだなあ、そんな目で見ないでくださいよ――」ブロールさんはぼくのほうを見てもいない。「――わたしは副団長とはいっても戦闘要員じゃないですよ」

「そうなんですか」

 疑問は氷解したけれど、別にどうでも良い情報だった。

 薄汚れた印象を受ける建物の中、唯一、清潔感の溢れた建物が建っている。民家ではなさそうだ。煙突もなく、この町でよく見かける工場とも違う。

「ここですよ」

 案の定、案内されたのはその建物だった。

 中に入ると、そこは予想外の光景が広がっていた。どう説明したらよいか悩むような、見たこともない機器が並び、透明の容器が並び、その容器の前で研究員らしき人たちが悩ましげに立っている。

「あれは?」

「ああ、今回開発中のカヤクです。あの容器には魔力が入っているんですよ」

「はあ」

 よくわからないままにうなずく。

「あれを起爆剤にして弾丸を射出するという仕組みです。弾丸は魔力付与(エンチャント)して強度と貫通力を増強します。リヴィルからの制作法では、なかなか難しいので」

 それでは意味がない。ノエルさんは()()()()()()()()()()()、火薬に魅力を感じたのだ。それを理解せず、このような研究をしていては意味がない。

「魔力を用いないカヤクの研究も進めていますが、そちらの方は現実的ではありませんね。そんなことをするよりも、魔力を使った方が効率が良い」

違う。違う。

 それじゃあ意味がないんだ! ()()()()()()()()()()()()、それこそが必要なんだ。たとえそれが最終的に不必要となり、魔力を用いる形になったとしても、出発点はそこである必要がある。

 でないと――対応が早くなる。

 魔力を伴わない純粋な打撃。

 銃撃。

 爆撃。

 それにこそ意味がある。

「だいたい、武具に魔力を用いないこと自体が間違っていますよ」

 この人には何を言っても駄目だ。

 きっと魔力がないことのメリットを理解することはないだろう。

 ぼくはこの時、それを悟った。最後に付け足すようにブロールさんが言ったことは、ぼくがそのような考えを持つのには十分な言葉だったのだ。

 物語は始まったばかりです。

 これからもよろしくお願いします。

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