第二十七話『新たな一歩』
焼け果てた村。
村の八割が炭に変わり、多くの人は悲しみに崩れていた。けれど、中には再興に熱意を燃やし、行動に移している人もいる。ぼくはというと、いまだに、何もできずにいた。多くの人がそうしているように、焼けた土の上で何をするでもなく座り込んでいるだけだ。違うのは、ぼくが村の人たちから離れた場所にいるということだけだ。
アランさんのことは、すでにローズさんとヴァンに伝えた。二人は今、村の広場だったところにいる。焼けて倒れたやぐらの横で、他の村人と一緒にいる。
「ああ……そうだ」
ふと思い立ち、アランさんの家だった炭の山に向かう。おそらく一緒に食事をとっただろう場所を見てまわる。どかせられる物はどかし、できないものは壊した。きっと奇異な目で見られていることだろう。
「あった」
そこに転がっていたのは、ふたつの〈邂逅〉だ。『彼女』からの言葉が届く魔具。少々汚れているようだけど、ほとんど傷もついていない。ぼくはそれを手に取り、広場へ向かう。村人から邪険な目で見られたが、それを無視して歩く。
「ローズさん」
呼びかけるだけで、どうしてこんなにも緊張するのだろう。
「……」
無言で振り向く。腫れぼったい目、涙の痕が残る頬、硬く結ばれた唇。まるでぼくを拒絶するような。ヴァンはこちらに振り替えることなく、ただ膝を抱えている。
「これ、〈邂逅〉です。どっちがどちらのかわからないので……」
ローズさんは迷わず、ぼくが右手に持っていた〈邂逅〉を取った。それを愛おしそうに胸に抱く。
「ありがとう」
消え入るような声だったけれど、確かにローズさんはそう言った。
「いえ……」
ぼくにはこんなことしかできない。他の全てに失敗してしまったのだから。
村人の嫌悪に満ちた視線に耐えられなくなってその場から離れようとするぼくを、ローズさんが呼びとめた。
「あの剣はヒジリに預けるわ。だからもっと強くなって魔を倒して」
「え?」
「ローズさんそりゃあ駄目だ! ありゃあアンタの誇りじゃねえか!」
今まで話を黙って聞いていた村人の一人が、突然声を上げた。ぼくを指差して続ける。
「こいつのせいで――こいつが来たせいでやつがここに来たに違いないんだ! そんな厄病神にアンタ!」
「ローズさん、誇りって……」
「昔の話よ。結局、使われない剣に価値なんてない。あれをあの人がヒジリに渡したのも、きっと何かの縁よ。それに結果はどうあれ、あなたはこの村を守ろうとしてくれた。そのお礼」
「ありがとうございます。魔を倒したら、返しに来ます」
またひとつ、約束が増えた。
「待ってるわ。あ、そうそうあの剣には魔力付与を施しているの。強度と切れ味にね。おてんばだけど、大事にしてあげて」
あの綺麗な刀がおてんば、か。
「で、でも、魔力付与した物をぼくが身につけるのは体が保たないとレミアさんが……」
ぼくを呼び出したあの日、レミアさんはそういう理由でぼくに魔力付与された物を与えてはくれなかった。
「あら、そうなの? でも大丈夫。私が大丈夫だったんだから、あなたもちゃんと使えるわ」
「あの、それってどういう……」
「こら――」ローズさんはコン、とぼくの額を小突いた。「――あんまり女の人の過去を詮索しちゃだめなの」
小突かれた額が、ほんのりと温かい。
「ローズさん、ありがとうございます」
「いいのよ。いってらっしゃい」
「いってきます」
黒い柄。黒い鍔。鍔には何かの紋のような装飾が施されている。鞘も同じく黒いが、こちらは光に当たることで、白い装飾が浮き出てくる。角度によって見え方も変わってくるかもしれない。艶やかな手触りで、ひっかかりを全く感じない。納める物がなくても、これだけですでに美しい。
刀身は白銀。純粋に輝くその刀身には、一切の装飾がない。ただただ純粋に、汚れのない輝きを放っている。唯一、刀身には〈揺光〉と刻まれていた。どうしてこの世界に漢字があるのかわからなかったし、答えが見つかるようにも思えなかった。仮説を立てることはできるが、現実的ではないように思える。
揺らめく光と書いて〈揺光〉。
一日もはやく、この刀の力を引き出せる力を身につけないといけない。
ササ村を出て二日目、イカガカにはまだ到着しない。それほど遠くないと聞いていたが、どうやらこの分では、今日中に着くかも危うそうだ。あの騎士団の人たちは、何かしらの魔法を使って移動してきたのだろう。
川沿いに歩くことで、水と食料は何とか確保しているが、ほとんど準備をしないままに村を出たのは、いささか無謀だったかもしれない。
無謀といえばそもそも、この旅自体が無謀なものだ。それとこれとは違う話のようだが、実質的にはほとんど相違ないだろう。旅の無謀さは、先日のフィオとの一戦で改めて痛感した。無力な一人の人間が、魔を討伐しようなんていうのがそもそもおかしい。新たに召喚されたという『誰か』も、同じような思いなのだろう。ぼくは運良くここまで生きてこられたが、『誰か』は果たして、生きていられるのだろうか。ぼくが心配するべきは自分であるべきなのだけれど、同じ境遇の者がいるとなると、どうしてもそちらを心配してしまう。
しかしどれだけ心配しても――逆に心配しなくても、ぼくらは出会うだろう。ぼくらが本当に勇者であるならば――本当に世界の希望となるならば、出会うべくして出会い、そして別れるべくして別れるのだろう。
『ヒジリさま――』
突然、『彼女』の声が聞こえた。右の腰にぶら下げている〈邂逅〉が白く輝いている。
『お母さんから全て聞きました』
その声は悲しみが深く刻み込まれていて、聞いているぼくまでもが悲しくなってくる。否――ぼくは罪悪感か。守れなかったことへの。
これからぼくは責められるかもしれない。村を守り切れず、敵を取り逃がしたぼくを叱責するかもしれない。ならばぼくはそれを受け止めよう。『彼女』の気が済むまで、落ち着くまで、全てを吐き出すまで、ぼくは聞き続けよう。
ぼくにはその義務がある。
権利がある。
しかし、続けられた言葉は予想外のものだった。
『ありがとうございます。村を守ってくれてありがとうございます。おかげで村のみんなは助かりました。お父さんは死んでしまいましたけど……でも、お母さんもヴァンも、他のみんなは助かりました。ありがとうございます。こうして声しか伝えられないのが残念です。ヒジリさま、絶対に帰ってきてください。生きて、帰ってきてください』
最後は懇願だった。
震える声で、帰ってきてくださいと『彼女』は繰り返した。
輝きが、白から青に変わる。
「必ず帰ります」
一言、それだけを返信した。
同時に目が覚める思いだった。
帰りを待ってくれる人がいるならば、ぼくは最後まで生き延びよう。いや、生き延びなければならない。魔の長を倒し、この世界の希望となろう。もう『ただの高校生だ』なんて甘えることはしない。『最弱だから』なんて言い訳をしない。『魔法が使えないから』なんて逃げない。
無力も。
最弱も。
全てを強さにつなげよう。強さに変換しよう。ぼくはきっと、そのためにこの世界に呼ばれたんだ。世界最弱は、最弱だからこそ呼ばれた。最弱でなければ意味がない。
弱さは強さだ。
強さは弱さだ。
対極にして同一。
相反しつつも引かれ合う。
ぼくは『世界最弱』の『希望』だ。
『世界最弱』で『希望』ではない。
始まりは――これからだ。今までは序章に過ぎない。
本編に移ろう。
〈暴発するマグ〉――討伐完了
〈燃え盛るフィオ〉――大敗
〈俯瞰するゼノ〉――未遭遇
〈心視姫レミア〉――非戦闘
【第一章 本当に勇者なら】了