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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第一章『本当に勇者なら』
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第二十二話『夕食の席にて』

 その日の晩、アランさんとヴァン、それから奥さんとぼくの四人で夕食をとることになった。アランさんの奥さんは名前をローズといい、きれいな栗色の髪の女性だ。穏やかな表情で、おっとりとした印象を受ける。

「元気になったみたいで安心しましたよ。うちの人が担いできたときにはどうなるものかと」

 ローズさんが笑顔で言う。

「心配をおかけしました」

「いいのよ。それよりも、今はちゃんと元気にならなきゃね」

「はい」

 テーブルの上には、色とりどりの野菜が並んでいる。動物の肉と思われるものは、一切並んでいない。この村は動物を食べないのかもしれない。

「この村では、動物の肉は食べないのですか?」

「ああ。魚を祝いの席で食べる程度だな」

 なるほど。動物全般は、食べないというよりも、特別な食材であるということか。窓から見た景色は、全て畑だった。自給自足という言葉が頭に浮かぶ。

「お兄ちゃんは、お肉をよく食べるの?」

 緑色の葉を食べながら、ヴァンが言う。食べながら話してはいけないと、ローズさんが注意をした。

「そうだね。固形食糧も食べるけど、干し肉もよく食べるよ。野菜は……そういえば、久しぶりかも」

「あら。それじゃあ、たっぷり食べてね」

「あ、はい。いただきます」

 人懐っこい笑みを浮かべ、ローズさんは「うんうん」とうなずいた。年齢なんて考えるだけ野暮だけど、とても若く見える。ぼくと同じくらいの歳の娘がいるのだから、それなりの歳なのだろうけれど。

 食事中、ヴァンがよく話しかけてきた。もしかしたら、ぼくと姉を重ねて見ているのかもしれない。虫を捕ったことや、大きな木の実を見つけたこと、友達とのかけっこで買ったことなど、今日の出来事を話してくれた。ぼくには兄弟がいなくて、その話にどう答えたらいいかわからず、「すごいね」くらいしか言えなかった。

 食事を終えて、食器が片付いたテーブルで話していると、ふいにテーブルの端に置かれていた〈邂逅(かいこう)〉が白い光を放ち始めた。

「お姉ちゃんだ!」

 ヴァンが嬉しそうに、〈邂逅〉をテーブルの真ん中に寄せる。

「あら、珍しい」

 ローズさんも興味深げに、強い白の輝きを放つ玉を見つめる。アランさんが

『みんな元気? 〈私〉は元気だよ。レミアさまはちょっと横暴なこともあるけど、それでも優しいお方だから安心して』

 〈邂逅〉から聞こえてくる声は、たしかに、城でぼくの世話をしてくれた女の子のものだった。王都を出てからずいぶん経つけれど、その声はわかった。

『お父さんは心配かもしれないけど、大丈夫だからね。それから……そちらにはヒジリさまがいらっしゃるんですよね? びっくりしました。手紙にあなたの名前があるということは、〈私〉の名前も知っているのでしょう。けれども、まだ名乗る時ではないので、ここでは名乗りません。縁がなくても、また会いましょう。最後に……ヴァン、あまりお父さんとお母さんを困らせちゃだめだよ。ああ、そうそう、ヒジリさまに〈邂逅〉を送ってますから、お父さんから受け取ってくださいね』

 そこで、〈邂逅〉は光を失った。

 と、白い光は色を変え、淡い青となった。

「返信の時間だ」

 アランさんがぼくに耳打ちをしてくれる。

「大丈夫だよ!」

 ヴァンが玉に向かって声を上げる。

「ぼくね、次の祭りの踊り手になったんだよ! 村のみんなの前で踊るんだ! だから……だからさぁ――」

 ヴァンの言葉は、そこで途切れた。途切れた言葉は嗚咽に代わり、そこから何かを続けることはできない。

 しかし――その言葉の先に何を言おうとしたのか。それはなんとなく、本当になんとなくだけど、わかる気がする。

「プリムラ、無理は――無理だけはしなくていいからね」

 ローズさんがそう言ったところで、青い光は消え、元の淡い白に戻った。返信の為の入力時間は終わった、ということだろう。今頃、『彼女』は、家族からの言葉を聞いているのだろう。

 〝風の音〟は便利なようで、不便な魔法のようだ。まず、録音時間が短いように思う。『彼女』の声も、最後の方はやや早口になっていた。ということは、あれくらい話すと、時間があまり残されていないということなのだろう。次に返信だ。返信の録音が、すぐに始まってしまう。仕事や重大な要件の場合、即答できない場面がある。そのような場合、あの録音時間では答えられない。その際はおそらく、術者のほうが再度通信を試みるのだろう。

「ヒジリ、ちょっと待ってろ」

 アランさんがそう言って立ち上がる。たぶん、『彼女』から送られてきた〈邂逅〉を取りに行っているのだろう。

 ローズさんがヴァンの背をさすりながら、何か聞きたそうな表情でぼくを見ている。

ぼくが視線に気づいたことに気づくと、ローズさんは視線をそらした。そこにアランさんが戻ってきて、淡い白色を放つ〈邂逅〉をテーブルに置いた。

「さっきプリムラが言っていた〈邂逅〉だ」

「ありがとうございます」

 その玉を手に取る。滑らかな表面で、ひっかかるところがどこにもない。思ったよりも軽く、持ち歩いても気になることはないだろう。気になるのは耐久力だが、そればかりはわからない。

「つかぬことを聞くけど……」

 ローズさんが、耐えかねたと言うように、さっきの視線を言葉に乗せた。

「なんですか?」

「プリムラとはどういう関係なの?」

「どういう関係とは?」

「あなたの為に〈邂逅〉を送るなんて、にわかには信じられないの。大雑把な話はうちの人から聞いてるけど、それでもそれを送るようには思えないの。それに、さっきの話を聞いていると、約束じみた何かがあるようだし」

 そこまで聞いて、なるほど、と思った。おそらく、この〈邂逅〉を送るということは、それなりに親しい仲であることの証左なのだろう。そう理解すれば、たしかにローズさんの疑問にもうなずける。

 しかし、ぼくにはどうも、これに関してはレミアさんが関与している気がしてならない。

「えっとですね、ぼくが王都に帰った時に、『彼女』の名前を教えてもらうっていう約束をしてるんですよ。きっと、ぼくの旅が無事に終わるようにという意図だと思います」

 ぼくはこの約束のおかげで頑張れている、というのも少なからずある。レミアさんを完全に信用することができるなら、元の世界に帰るという目的だけで十分だ。しかしながら、ぼくはこの世界に来て日が浅い。そんな状況下で、知り合ったばかりの人の言葉を信用し、信頼しきることなどできない。『彼女』はきっと、そこを案じてくれたのだろう。

 生き残るための後押しをしてくれたのだろう。

「それから――」ぼくは〈邂逅〉を示した。「――これを送ってくれたのは、レミアさんの意思もあったのではないかと思います。『彼女』の〝風の音〟を利用して、ぼくに指示を飛ばそうという思惑もあるんじゃないかと」

 レミアさんなら、そういうことをしかねない。あの人のことだ、『彼女』が魔法を用いて、家族と連絡を取り合っていることは知っているだろう。となれば、いつかは城内の〝小人の贈答〟に類した魔法を持つ者によって、何らかの方法で、ぼくにこの〈邂逅〉が届けられた可能性がある。

 短期間だったとはいえ、『彼女』はぼくの専属だった。伝令役にするには適しているだろう。

「そうなの?」

 (いぶか)しげにローズさんが言う。

「あくまで推測ですけど。ぼく個人の認識としては、ぼくと『彼女』は特別な関係ではありませんよ。城の召使いと客人、それだけの関係です」

 『彼女』にしても、それは同じことだろう。決して、ぼくを特別に見ているわけではあるまい。見ていたとしても、それは「突然魔を倒すべくやってきた少年」という程度の話で、ローズさんの言うような『特別』ではない。

「そうなんだ」

 と、ローズさんは安心したように、けれど、どこか残念そうな表情でうなずいた。ぼくのような得体の知れない人が『そういう人』でなくて良かった、でもはやく娘には『そういう人』を見つけてほしい――感情としてはそんなところだろうか。

「そういえば――」自分でも呆れるくらい、わざとらしい話題の転換を図る。「――ヴァンが踊り手をするって言ってましたね。その祭りはいつなんですか?」

「……三日後」

 ヴァンが声を絞り出すように言う。

「年に一度の祭りなの。五人の子供が、村の広場で踊るの」

「それにヴァンが? すごいじゃないですか」

「そうね。だから――ヴァンもあんなことを言ったのでしょう?」

 後半の言葉は、ヴァンに向けられていた。ヴァンはこくん、とうなずき、また涙をこぼした。

「ヴァン、泣くなよ。姉ちゃんと約束しただろ?」

「……うん」

 ごしごし、と、涙を拭き、ヴァンは顔をあげた。泣いた後の腫れぼったい顔が、強い意志に彩られ、その弱弱しさを感じさせない。

「姉ちゃんには見せられないけど――ぼくに、ヴァンの踊りを見せてよ」

「うん!」

 うなずいたヴァンには、もう――迷いはなかった。


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