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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第一章『本当に勇者なら』
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第十四話『制服は目立つらしい』

 ぼくは元々、シャツと下着を買うつもりだった。それだけで十分だと思っていたからなんだけれど、アーシャに言わせれば、それでは不十分らしかった。というのも、どうやらこの制服といういでたちはとても目立ってしまうらしい。薄々わかっていたことではあったけれど、改めて言われてしまうと、改善した方がいいかもしれないと思ってしまうわけだ。

「うんうん。似合ってますよ」

 ぼくの服をコーディネイトしたアーシャは、満足そうにうなずいた。

 オレンジを基調とし、淡い緑の模様が描かれた服で、生地が一体何なのかはよくわからない。化学繊維ではないだろうが、ぼくにわかるのはその程度だ。着心地は良く、とても軽い。ズボンは黒。これからの季節は寒くなるから、と、ロングコートを買った。軽いのだが、保温性は高いらしい。着た時に腰にあたる部分にはベルトのような物が付けられていて、これで体にフィットさせるようだ。剣はこのベルトに差すことにしよう。こちらの世界のことは全くわからないから、買い物はアーシャに任せきりにしていた。安い買い物ではなかったけれど、必要経費ではあったはずだ。

「その服は王都の騎士団のほうに送っておいてもらいましょうか?」

 制服をお店の人がくれた袋に入れて持っていると、アーシャがそれを指差した。

「そうだね。持っていても荷物にしかならないだろうし」

 小説とか携帯とか、そういったものを持ち運んでいるわけもなく、ぼくと元の世界とをつなぐもので手元にあるのは、この制服だけだ。それがある意味では支えでもあったし、主にでもあった。

「宿についたらお預かりしますね。わたしのほうから兄にお願いしておきます」

「え? いや、自分でするよ」

 さすがに、そんな個人的なことをお願いするのは悪い気がする。ただでさえ、こうして買い物に付き合ってもらったのだから。

「いえいえ。サービスってやつです」

「うーん……そう言うなら、任せようか」

「はいっ」

 営業用スマイルか、持ち前のものか、どちらにせよ、良い笑顔の子は得だよな。それだけで、とても魅力的に見える。

 一際強い風が吹いた。高い壁の上から吹き下ろしてくる風は、思いがけない勢いで町に下りてくる。

「わっ」

 アーシャがよろける。

「大丈夫?」

 すかさず横から手をのばして、アーシャを支える。

「は、はい」

 申し訳なさそうに体勢を整え、ふぅ、とため息をついた。

「この町じゃ、こういう風が多いんだろうね」

「え? どうしてわかるんですか?」

 不思議そうにぼくを見上げる。

「どうしてって――」

 どうやら、この世界ではあまり知られていないことのようだ。

「高い壁があるし、建物もいっぱい建ってるだろ? そうすると……なんて説明すればいいかな? まあ、なんていうか、風の勢いが増すんだよ」

「へーっ! ヒジリさんって物知りなんですね」

「………まあね」

 世界が違えば、知識の種類も違う、ということか。それとも、ここが商業都市だから、その手の知識を必要としていないのか。建築の知識は持っているようだから、そういうわけでもないように思えるのだが。

 商業都市、リヴィル。

 こうして町を歩いていると、やはり、人は忙しなく歩いているような印象を受ける。王都がのんびりとしていただけ、なのだろうか。金という利益が目の前にあると、人も忙しなくなる――という理由は嫌だな。

 宿に戻り、アーシャに制服を渡す。それから部屋に戻って、ベッドに倒れた。

「ふぅ……」

 買い物は楽しかったが(アーシャも少し、気分がハイになっていた)、やはり、文字が読めない、場所も知らない、そんな場所での買い物は疲れた。こんなことを言っていたら、これからの旅が思いやられるけれど。

 こちらの世界にやってきてから、一人の時間が大幅に増えた。当たり前のことではあるけれど――仕方のないことだけど、しかし、今の自分の状況はそれほど悪くないように思える。もちろん、こんな理不尽な境遇に関して言えば、それは絶対の自信を持って悪いと言えるのだけど、一人の時間というのは悪くない。

 これからのこと。

 今までのこと。

 自分の世界のこと。

 それらをゆっくりと考えることができる。戦闘技術を全く持たないぼくが、一体どうやってこれから戦っていくのか。火薬という案が出たものの、あまり現実的ではないとぼくは考えている。ではどうするか。という思考の時間も、一人だからできることだろうと思う。

 小説のキャラクタたちならどうだろう。一人旅、そう、完全に一人旅の小説をぼくは今まで読んだことがないから、滅多なことは言えない。もしかしたら、そういう小説だってあるのかもしれない。いや、あって然るべきだ。なにせ、ぼくがこうして一人で旅をしているのだから。

 ともあれ。

 ぼくが今まで読んできた小説の旅人たちはどうだろう。とりあえず、一人旅じゃないから、周りには仲間がいて、知恵を出し合い、和気あいあいと、ときにケンカをしつつ旅を続ける。死線を越え、逆行もものともせず、つまずいても立ち上がって……。そして、どんな時も傍らには――仲間がいる。

 ――――っ!

 考えなければよかった。こう考えてしまうと、まるで自分が一人ぼっちみたいだ。ぼっちなの? ねえ、ぼっちなの? と、笑われてしまうかもしれない。くすくすされるかもしれない。

 なるほど。そう考えると、一人旅の小説を書くことは、主人公をそういう目で見られる可能性を孕んでいるということになるのか。仲間がいる小説を書くわけだ。物語はやはり、仲間との関係性があった方が面白い。

「いやいや、ぼくの旅は始まったばかりなんだ。これからだ、これから」

 仲間が増えないとも言い切れない。最初は一人で、後から仲間が増えていくというのもよくある話だ。RPGなんて、その筆頭と言っていいだろう。あ、でも、最初から複数ってこともあるか。それこそ一人旅も良くある……うん、どうでもいいか。

 さて、明日で滞在三日目となるわけだが、どうしようか。とりあえず、明日は騎士団に顔を出しておくことにしよう。アーシャにもちゃんと挨拶をして、明後日出発することにしよう。町を出たくないという気もないではないけれど、ここに泊るのもただじゃない。いくら安くしてくれているとはいえ、安くしてくれているということは、長期滞在すればするほど、赤字が大きくなるということだ。あまり甘えてもいられないだろう。

 ひとまず、次の目的地は工業都市とやらだ。よもや、逆の方角とは言わないだろうな。もしそうなら、ぼくは色々な意味で泣きたくなる。



 しかし、ぼくは気付いていなかったんだ。町の目的地を決めることに必死になっていたんだ。

 ぼくは致命的なミスを犯していた。おそらく、今まで出会ってきた全ての人たちも失念、もしくは気にさえしなかっただろうが。この旅をする過程において、もっとも大切な情報を――ぼくは得ていなかったのである。

 最近、リアルの都合で更新が滞っています。

 もしかしたら、一週間たっても更新されないという、今回のようなことになることが増えるかもしれませんが、中止にはならないのでその点はご安心を。

 

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