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世界最弱の希望  作者: 人鳥
第一章『本当に勇者なら』
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第十三話『読書経験』

 火薬。

 英名、ガン・パウダー。

 熱や衝撃などの要素により、燃焼反応を起こす物質。その英名から察せられるとおり、銃砲に利用され、戦争に革命を起こした。その破壊力たるや、人の力など及びもしない。

 中学時代に兵器に関する本を読んでいたことからわかるかもしれないが、その当時、ぼくは戦記、戦争、兵器に関する本を多く読んだ。だから知識はそれなりにある。けれど、それを実用的なレベルにまで持っていくことができるのか、と問われれば、大いに疑問がある。

「カヤクで対抗するんだ! 我々にカヤクに関する知識がなかったように、あちらにもその知識はない! となると、やつらがカヤクに対抗するためには時間がかかるはずだ!」

 熱が入ったノエルさんは、「いいぞ!」と、拳を握った。リサさんはわけがわからないと言わんばかりに、ぼくを見た。

「この人に何を言ったの?」

「こちらの世界の戦いを少々……」

 ただそれだけのつもりではあったのだが……やはり新たな知識――殊に、戦いの知識となると、人はここまで興奮するということか。人の歴史は戦争の歴史、だったか。

「あの……ノエルさん?」

「なんだ、何かいい案でもあるのか? 俺はそうだな……工業が盛んな町に依頼をした方がいいと思っているんだ」

「いや、それはそれでいいですけど、そうじゃなくてですね、ノエルさん――まだ、火薬のことをあまり知らないですよね?」

 ノエルさんは咳払いをして、居心地悪そうに腰を下ろした。リサさんは呆れたように、ノエルさんの正面に座る。

「さて、と。取り乱して悪かったね、その――カヤクというやつを教えてくれないか」

「あの……そのことなんですけど……」

 ぼくはその手の本を読んでいるとはいえ、その詳しい製造法については知らないのだ。伝えられる知識は決して多くない――いや、ほぼないと言って間違いないだろう。となれば、実用化はさらに遠のく。火薬の実用化は、あまり現実的ではないような気がする。さらに、たとえぼくがそれを理解していたとして、その物質の名前がこちらでも使われているのか、という点が大きな問題となる。

「確かに……となると、この話は――――いや、諦めるのは早いな。ひとまず要請だけはしておこう。リサ、そっちの手続きは頼んだ」

「了解。でもさ、全然理解できてないんだけど?」

 前途多難だ。

「それもそうだな。よし、今からそのカヤクについて知っていることを、この紙に書いてくれ……あ、文字がわからないんだったな。俺が書くから言ってくれ。あそこの連中はこういう話が大好きだからな、少ない情報からでも似たようなものを作り出すだろう」

「そうですね……」

 物語では、大体、こういう話はその新たな物が人自身に災害をもたらす。けれどもまあ、これは物語じゃないのだから、そういう心配は必要ないか。願わくば――人同士に使わないでもらいたい。

 自分が知りえる火薬の知識を、ノエルさんに話す。リサさんも興味深そうに、ぼくの話を聞いている。ただ、ぼくが知っている火薬の知識は、とても微々たるものだ。その少ない情報から、どのようにして火薬を生みだすというのだろう。

「それはまあ、なんとかなるだろう。どんな発明も最初はゼロからだ。何にもないところから見つけ出すものだからな」

 情報があるだけ楽だ。

「それならいいんですが、ぼくが知っているのはこれだけです。あとはもうお任せするしかありません」

「いいってことよ。まあ、俺が作るわけじゃないんだが……ということでリサ、これよろしく」

「了解」

 リサさんはメモを持って、二階へ上がっていった。

「さて、と。何の話をしていたんだったか……そうそう、何か要望はないか?」

 そういえば、元々そういう話をしていたのだった。どうしてだか火薬――兵器の話になってしまったけれど、ぼくの要望を聞いてくれる、そういう話だったはずだ。

「そうですね……あ、そうだ、服を買いたいんですが、どこで買えばいいですかね?」

「服を? それなら、俺に聞くよりアーシャに聞きな。俺は大抵もらい物だからな。あいつに聞いた方がいい。なに、どうせ客なんてヒジリひとりだから気にするな」

 それは別の意味で気にしてしまう。

「はあ、そういうことならアーシャにお願いすることにしますよ。この時間は宿にいますかね?」

「どうだろうな? まあ、お前という客がいるんだから、宿に待機していると思う」

「そうですか。なら、ぼくは一度帰りますね」

 要望と言われても、ぼくは特にこれといってない。というよりも、どんな助けが必要なのかがわかっていないのだ。

「ああ。あいつによろしくな」

「わかりました」

 宿に向かう途中、何やら大きな荷物を抱えたアーシャを見つけた。両手に抱えているその袋には、野菜らしきものが入っている。今夜の食事の材料だろうか。

「やあ、アーシャ」

「あ、ヒジリさん。兄には会えましたか?」

「うん、今はその帰りだよ」

「そうですか、ではご一緒にいかがです?」

「そうしよう……少し持とうか?」

 アーシャが持っている物は、とても一人で運ぶのに適した量とは言えない。足取りも危なっかしいし、見ていてハラハラする。

「え? いや、悪いですよ」

「いいって。よいっしょ――っと」

 抱えている袋のひとつをアーシャの腕から抜き取り、それを抱える。思ったよりもそれは重くて、一瞬、落としそうになる。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫。それにしても、こんな重さのもの、よくふたつも持てるね」

「慣れていますから」

 慣れれば持てるようになるものなのか。やはり、慣れというものは人間にとって大切な要素らしい。

「でも、なんだか悪いですね、ヒジリさんはお客さんなのに」

「いいよ、これくらい。安くしてもらってる料金の代わりってことで」

 そう言うと、アーシャはうれしそうにうなずいた。

「はい、そういうことにしましょう」

 宿につくと、アーシャは「こちらです」と言って、ぼくをカウンターの奥へと通した。事務室のような部屋を抜け、その先には厨房があった。効率が良いのかどうかわからないが、経営をしているのがアーシャと……誰だ? わからないが、きっと多くはないだろうから、あまり気にならないのかもしれない。

「ここに置いておけばいいかな?」

「はい。ありがとうございました」

「いえいえ。そういえばアーシャ、ここには他の従業員はいないの?」

 聞くと、アーシャは申し訳ないほどに、沈鬱な表情になってしまった。

「あ、いや、ごめん」

「いいんですよ。この不景気だから仕方ありません。ま、それはヒジリさんがきにするようなことじゃありませんよ」

 努めて元気そうに、アーシャは笑う。空元気だと、すぐにわかった。

「あ、そうだ」

 雰囲気が嫌だったこともあるが、何より、今まで忘れていたために聞き損ねていたことを思い出した。

「服を買いたいんだけど、どこで買えばいいかな?」

「あ、それなら一緒に行きましょう。わたしもそろそろ服を買い足そうと思っていましたから」

「そう? それじゃ、一緒に行こうか」

「あ、じゃあ、少しだけ待っていてください。片づけてから行きますから」

「わかった」

 宿のロビーまで戻る。相変わらず、というのもおかしいが、客が来そうな気配は全くない。魔が跋扈するこの時代――いや、この時代だからこそ、宿には客が来そうなのだが。

 物語の読みすぎ、か。

「ゲームのしすぎかもしれないな」

 どっちにしても、ぼくのような存在はフィクションのようだ。魔を倒す勇者だなんて、そうそうお目にかかれるものじゃないだろう。

 まあ、そうだな。とりあえず、今は――少なくとも今だけは、そのことは忘れることにしよう。落ち着いていられる時は、そうしておかないと気が持たない。町から一歩出れば、そこは常に――死線の(ふち)なのだから。


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