第一話『人生に伏線はない』
短編『本当に勇者なら』
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ぼくの一日なんて、本当にどうしようもないほど平凡なものだ。学校の成績も可もなく不可もない、ごくごく普通の成績だし、運動能力も何か突出しているわけじゃない。ほんの少し、平均よりも速く走って、平均よりもほんの少し、遠くまで跳べる程度のことだ。
誰よりも普通でありたい。
何よりも平凡に。
これこそが、ぼくが長年抱いてきた願いだ。
周りから特別視されるなんてまっぴらごめんだ。
「さて……今日はどの本を持っていこうかな」
そんなぼくでも、人並みに趣味と呼べるものを持っている。それは読書だ。本を読むことである。ぼくの部屋には五段組みの本棚が三つ並んでいて、一列に文庫本なら三十冊、ハードカバーなら10冊程度収めることができる。そんな大きな本棚も、もう少しもすればパンク状態になるだろう。
今、ぼくが選んでいるのは、学校に持っていく本だ。休み時間に読む為のもので、大体二日に一度(これくらいで文庫本なら読み終わる)、ぼくは本を入れ替えるのだ。ちなみに、学校にも数冊の本を置いている。置き傘ならぬ、置き本だ。
よし。今日は『時計塔の下』にしよう。一昨年に発売された本格ミステリだ。ぼくのお気に入りの一冊である。
学校までは自転車を使用する。歩いていくこともできる距離なのだけど、いつも起きるのが遅いから、徒歩だと遅刻になってしまうのだ。通学中に同級生の誰かと会うことはめったにない。幼馴染と言えるようなやつはいないし、近所に友達も住んでいない。行きも帰りも、いつも一人だ。
「落ちるのは一瞬だ。だけど、今を楽しめ」
ふと、そんな言葉を思い出した。何かの本で読んだのか、誰かから聞いたのか、さっぱり思い出せないけれど。自分が考えた言葉ではないと思う。なんとなく思い出せそうで、けれども思い出せない。
「いっか」
思い出せないことを無理に思い出そうとするのは、あまり意味のあることじゃないだろう。思い出せる時にはすぐに思い出せるのだから。
下り坂をブレーキをかけつつ下ると、まず小学校が目に入る。小学校では既に授業が開始されていて、運動場で遊んでいる児童はいない。今頃、校舎の中で悩んでいるんだろうな、なんて思うと少し懐かしい。自分にもそんな時期はあったんだ、と。
結局。
高校に到着するまで、同級生に会うことはなかった。
「うぃーっす、ひっじっりー」
教室に入るなり、誰かがぼくの背を叩いた。
「うぉうっ! ……ああ、なんだ。賢治か。おはよう」
「なんだ、とは失礼だな。そんなんだから聖は……」
にやにやと嫌な笑みを浮かべるのは、ぼくの友人の沢井賢治だ。小学校からの付き合いで、この教室内にいる連中の中では、もっとも付き合いが長い。
「ぼくがなんだよ」
「口答えなんて……そんな子に育てた覚えはありません!!」
「育てられた覚えもねぇよ」
よよよ、とわかりやすい泣き真似をする賢治は放っておいて、ぼくは自分の席に向かう。カバンから今日持ってきた小説を取り出し、さっそく読書を開始した。
『時計塔の下』は、本格ミステリであるはずなのに、まるで漫画のような構成になっている。トリックと論理を重んじるのが本格ミステリであり、この本もその枠組みからは決してもれていない。しかし、この本の冒頭は主人公ではない人物の視点から開始され、そこで殺人が起きるのだ。しかも、身体的特徴まで書いてしまっている。
そう。
『時計塔の下』は、読者が既に、犯人と事件の決定的な情報を得た状態から始まるのだ。とても衝撃的なことだったけれど、それゆえに、とても斬新で新鮮味のあるものだった。
「まーたそれを読んでんのか」
賢治が机に両手をつき、少しばかり呆れたように言った。
「いいだろ? ぼくのお気に入りなんだ。賢治もラノベばっか読んでないで、少しはこういうのも読んでみないか?」
「んん? 俺は勘弁願いたいね。それ、ミステリだろ?」
「そうだけど、ミステリは嫌いか?」
ラノベにもミステリ要素の混じる作品は多いと思うけど。
「嫌いじゃないけどよ、そういう本格ミステリとかは堅苦しくてヤだ」
「……否定はしないよ。肯定もしかねるけど」
全てがそうだとは言い切れないし。
「あ、そろそろホームルームだな」
時刻は始業の一分前。先生もやって来る頃だ。
「あー……だるいわ」
賢治は本当にけだるげに、自分の席に向かう。賢治が席に着いたところで、始業を告げるチャイムが鳴った。
放課後、帰宅部のぼくはすぐに帰路につくことになる。今日も例にもれず、ぼくは真っ先に教室を出た。あまり、自分の教室が好きになれないんだ。まだ入学して半年くらいだというのに、少し、クラスが嫌いになりかかっている。
「とはいえ、積極的に嫌いという感情があるわけじゃないけど」
実際、あまりにどうでもよくて、好きも嫌いもなく、だから逆に嫌いのように感じてしまっているだけなのかもしれない。
好きの対義語が無関心なら。
嫌いの対義語も無関心だ。
実際的に、無関心を無関心のままでしておくのは難しい。ぼくはきっと、無関心を嫌いと勘違いしているのかもしれない。
いや、うん。わかんないけどさ。
帰り道、いつものように自転車を転がしていると、少しだけ寒気がした。まだ残暑の残る季節なのに。これはまさか、悪寒というやつか? まさかな。単に、誰かが良くない噂でもしているに違いない。
なんとなく、帰り道にあるコンビニに立ち寄った。普段は全く利用しないのだが、今日は少し小腹がすいたのだ。菓子パンを一つ買って、店の外に出る。袋からパンを取り出し、すばやく胃に収めた。コンビニの前であまり長時間いたくない。
ほら。
嫌なことが起きた。
「あーら。久しぶりじゃない」
「お久しぶりです」
気さくに声をかけてきたのは、同級生のお母さんだ。ぼくとその友人が中学時代にやっていた部活で、なんだかぼくのことを気に入ったらしいのだ。
正直、苦手なわけなのだが。
「またかっこよくなっちゃってまあ」
「そうですか? 変わってないと思いますけど」
早く解放してください。
そりゃまあ、同年代や子供と話すくらいなら、大人と話した方が話しやすいのがぼくという人間なのだけど、こういう慣れ慣れしく接してくるタイプの人は苦手だ。
慣れた仲なんだけどね?
そのお母さんと別れたのは、それから十分ほど後のことだ。
「ふう。普段と違うことはするもんじゃないね。全く」
何とも言えない疲労感に見舞われながら、今度こそ帰宅を開始する。
カラリと乾いた風が吹いてくれたらいいのだけど、ぼくに当たる風は湿っていて、なんとなく嫌な気分だ。雨っぽい臭いもするし、もうすぐ雨が降るかもしれない。
自転車をこぐペースを上げて、雨が降り出す前に帰えられるように頑張ってみる。
もう少しで、あと坂を一つ登れば家に着くというところで、冷たいものがぼくに当たった。気のせいかと思ったが、すぐにそれは勢いを増してぼくを襲う。
「ちっ」
舌うちをして、さらにペースを上げた。家までもうすぐだ。あと二分としないうちにたどり着く。
濡れた服に嫌悪感を覚えながら、玄関のドアを開ける。
「ただいまあぁぁ!」
なんでだろう?
足を一歩、家に踏み入れたら、ものすごい勢いで落ちる感覚がぼくを襲った。
視界が暗転する。
はじめましてでしょうか、お久しぶりでしょうか、人鳥です。
今回は、本来的意味の「連載」に挑戦しています。今までのようにあらかじめ完成させている小説を投稿しているわけではありません。
週に1~2回の更新を目標とします。
2500字以上、4500字以下を一話の目安としますが、あくまで目安です。