墨筆島剣綺譚
猩々丸:しょうじょうまる。人斬り。無類の酒飲み。《酔剣》の使い手。
残柄:かまなたざんえ。役人。打首執行人。《鎌鉈流剣術》の使い手。
比良坂:ひらさか。墨筆島の管理人。
:本編
:墨筆島
比良坂:「(M)――墨筆島。この島には、剣客が集う。東西南北、津々浦々から。有名、無名を問わず」
比良坂:「(M)彼らは、望んでいた。剣戟を。闘争を。果てのない――真剣勝負を」
比良坂:「(M)だが、そのためには――時間が足りない。命が足りない。敵が足りない。――故に。彼らは腐るように、死を待つばかりだった。果てを――待つばかりだった」
比良坂:「(M)――しかし。この島は――墨筆島は、彼らに楽園を与えた」
比良坂:「(M)どこの誰が広めたか。ある噂話」
比良坂:「(M)この島で命を絶った者。その者――剣士なれば。冥土へは逝かず。茫漠に彷徨うこともなく――辿り着く場所」
比良坂:「(M)そこは――剣士にとっての楽土。剣戟の雨が降り、闘争の波が立つ。血煙が漂い、雄叫びが絶えず木魂する――無間の戦場」
比良坂:「(M)まさに――理想郷。彼らの望みを満たす場所が、そこにはあった」
比良坂:「(M)……とはいえ、あくまで噂話。だがしかし――事実、これまで幾人もの剣士が死に様を刻んできたこの島に――そして今、新たに足を踏み入れる者が一人……」
猩々丸:「いやぁ、お前さんも物好きだねぇ、まったく。いや、それともおれのことが好きなのかい? ねぇ?」
比良坂:「(M)――否。二人」
残柄:「戯けたことを抜かすな。あくまでもこれは公務だ。しかし……、仮に情を抱くとすれば、それは愛などではなく、憎悪の類だろうな」
猩々丸:「厳しいねぇ。おれたちの仲じゃない」
残柄:「好意ばかりが縁でもあるまい」
猩々丸:「そりゃそうだ。にしたって、もう放っといてくれてもいいと思うがねぇ。何せおれは、ここに死にに来たんだから」
残柄:「それで見逃しては怠慢もいいところだろう。勝ち逃げされるのと変わらん」
猩々丸:「勝ち逃げさせてよう。漢――猩々丸の最期を、美しく飾らせてくれてもいいじゃない」
残柄:「私が貴様に好意を持っていれば、あるいはその手向けもあったやもしれんがな。生憎、貴様を捕らえるのが私の仕事だ。貴様の死に場所はここでもなければ、死に様は呆気なく、そして見窄らしく散らせてやる」
猩々丸:「執念だねぇ。ほんと、嫌な奴から目をつけられたものだよ」
残柄:「しつこいのはお互い様だろう。大人しく捕まってくれていれば、私もここまで苦労はしなかった」
猩々丸:「それはお前さんの落ち度の話だろう。おれのせいにされても困るね」
残柄:「なればこそ――これで最後だ。なんにせよ、ここで捕らえられなければ――残るのは貴様の骸だけだ」
猩々丸:「お前さんが斬ったことにすればいい」
残柄:「そんなことをすれば、私は自分の腹を裂かねばならん」
猩々丸:「真面目だねぇ」
残柄:「それが取り柄だ。人の道を外れるつもりはない」
猩々丸:「なら、せいぜい頑張んなさい。言っとくけど、これまでおれの全戦全勝だからね?」
残柄:「貴様と本気で剣を交えた覚えはないがな。逃げてばかり、不成立もいいところだろう」
猩々丸:「だって、逃げることがおれの目的だったんだもの。その意味で、おれに負けはない」
残柄:「ならば、正面からのやり取りはこれが初だ。これまでの戦績は当てにならんよ」
猩々丸:「どうかな。たしかに逃げ続けてきたけど、それはお前さんの剣を幾度も捌いてきた証明でもある」
残柄:「反撃できなければ意味がない」
猩々丸:「それはこれから証明するさ」
:間
猩々丸:「……で、いい加減気になってたんだけど――君、誰だい?」
残柄:「私からも問おう。この島には、住人はいなかったはずだが」
猩々丸:「やけににこにこしておれたちの話を聞いてたけど、そんなに面白かったかい?」
比良坂:「――うん、最高だったよ。君たちとは初対面だけど、それでもお互いがどんな人間なのかわかるくらい、そして二人の関係性がどんなものかわかるくらい、素晴らしいやり取りだった。僕はこの島で、数々の生き様と死に様を見届けてきたけど――君たちほど、死に様が気になる相手はそういない。あ、いや。そこの精悍なおにーさんの方は、死ぬつもりないんだっけ。残念だよ」
残柄:「何者か、と問うているのだが」
比良坂:「おっと、これは失礼。申し遅れたね。いや、君たちの邪魔をしたくなくてさ。――僕は比良坂。この墨筆島の管理人をしてる」
残柄:「管理人だと? それはあり得んな。この島は無人のはずだ。仮に管理するものがいたとして、それは幕府の中にいるはず。比良坂など、まして貴様の姿など見たことがない」
比良坂:「あー……。そういう公的な意味じゃないんだけど。どうしたもんかな。説明したところで納得してもらえないと思うんだよねぇ」
残柄:「貴様の目的はなんだ? 事と次第によっては、貴様も連行しなければならないが」
比良坂:「ちょっとちょっと! それは勘弁してよ。というか――僕を連れていくことはできないと思うよ? なにせ――僕はこの島から出られないからね」
残柄:「どういう意味だ?」
比良坂:「そのままの意味さ。まあ、それでも連れていくってんなら、止めはしないよ。実際見てもらった方が早いしね。でも、とりあえず今この場は、善良な観戦者だとでも思っててよ。二人の邪魔はしないからさ」
残柄:「…………」
猩々丸:「――ま、いいんじゃない? 嫌な感じはしないし。これくらいの歳の子ってさ、ちょっと浮世離れな感性を抱いちゃうものじゃない。お前さんだって冷たくはあれど、酷な人間じゃないだろう」
残柄:「……だが、少しでも妙な動きを見せれば、先に斬るぞ」
比良坂:「うん。構わないよ」
猩々丸:「――さて。それじゃあ彼は、さしづめ証人ってところだ。いいねぇ。この戦いにも、張り合いが出るってものじゃない」
残柄:「言い訳はしてくれるなよ。処刑されてなお、無様を語り継がれたくないのならな」
猩々丸:「それはお互い様だろう。まあ、お前さんにその心配は不要だろうが」
残柄:「当然だ。無事、貴様を連れ帰り、真っ当に罪を償わせる。私が口にするのは、その報告だけだ」
猩々丸:「ちがうね。お前さんが口にするのは、おれの最後の言葉さ。それは一生消えない――心の瑕となる」
残柄:「貴様に言の葉の才はないと思うがな」
猩々丸:「それは聞いてから判断しなさいな」
比良坂:「(M)――二人が同時に、腰に据えた得物に手をかける。片や一刀、片や二刀の剣は――恭しくその鞘から引き抜かれ、鮮やかながら静かに、その刀身に光を映す」
猩々丸:「……そういえばお前さん、二刀流を相手取った経験はあるのかい?」
残柄:「ほんの数回だがな。しかし、貴様相手では参考にもならんだろう」
猩々丸:「……なんだ、認めてくれてるんじゃない」
残柄:「不本意だがな。貴様のこれまでの罪が――貴様の実力を、素直に表している。それだけは、認めなければならん」
猩々丸:「はっ。可愛いんだか、可愛くないんだか」
残柄:「気持ちの悪いことを言うな。腑抜けていては、事は一瞬で終わるぞ」
猩々丸:「間違って殺さないでよ? まあ、おれはそれでもいいんだけどさ」
残柄:「安心しろ。急所は心得てある」
猩々丸:「おぉ、こわ」
比良坂:「(M)――互いが剣を構える。その一瞬で、場の雰囲気はがらりと変わった。ただ、潮騒だけが、遠く響いて――」
猩々丸:「――せやああああああっ!」
比良坂:「(M)――鬼の怒号が、轟いた」
:
猩々丸:「ふんっ! はあぁっ!」
比良坂:「(M)――二刀の猛攻は絶え間なく。そして男は獣のように、荒々しく」
残柄:「…………」
比良坂:「(M)――だがしかし、対する男は、あくまで静かに。振り下ろされる剣戟に、圧されることなく捌いていく」
猩々丸:「その涼しい顔、いつまで持つかな?」
残柄:「貴様こそ、最初から飛ばしすぎじゃないか?」
猩々丸:「はっ。お役人様の剣道ってのはお堅くっていけないねぇ!」
残柄:「野蛮なだけの貴様とは比べられたくないがな。……しかし、いい加減うっとおしいな」
猩々丸:「そんなこと言って、きついだけなんじゃないの?」
残柄:「蚊の羽音もしつこければ癪に障る。それだけのことだ!」
猩々丸:「おっ、と。危ない危ない。わかってはいても、その剣速には毎度驚かされるねぇ」
残柄:「攻守交代だ。貴様こそ、その余裕の笑みがいつまで持つか、見ものだな」
猩々丸:「やってごらんなさい。いらつくのはお前さんだけだと思うがね」
残柄:「――ふっ!」
比良坂:「(M)――文字通りの攻守交代。手数は確かに不利ではあるが、針の穴を通すような繊細さで、二刀の隙間を完璧に捉える。だが、二刀の男は笑みを崩さない。刃の網をくぐり抜けられようと、その図体からは想像もできないほど滑らかに、刀の軌道から身を逸らす」
残柄:「まるでうなぎだな。その動きの様は」
猩々丸:「それは褒め言葉ってことでいいのかい?」
残柄:「うなぎが好きならな」
猩々丸:「じゃあ褒め言葉だ」
残柄:「……猩々丸」
猩々丸:「ん? なんだい、急に。かしこまって。まさか戦意喪失したってわけじゃないんだろう?」
残柄:「当然だ。……貴様、なぜ人斬りなぞした」
猩々丸:「うん? どうして今、それを聞くんだい」
残柄:「これまでは聞く暇もなかったからな。それに、この先聞けるかどうかもわからん」
猩々丸:「それは、敗北宣言かい?」
残柄:「ぬかせ。口がきける状態にあるかわからんという意味だ。口を塞がれたまま処刑された者もいるのでな」
猩々丸:「うわぁ……、残酷なことをするねぇ」
残柄:「罪人が贅沢を望むな。……で? どうなんだ」
猩々丸:「人斬りの理由ねぇ……。そんなもの、大した理由はないよ。一応言っとくけどね、おれぁ気狂いを自称するつもりはない。ただ――人を斬るのが性に合ってたってだけさ。快楽とか、そんなんじゃなくてね。斬ることが、生活の一部だったんだよ」
残柄:「……それは充分に、人道を外れたものだと思うがな」
猩々丸:「そうかい? しかし、人を殺したいという欲そのものは、珍しいことでもないだろう。おれの場合、それを抑えるだけの理性的な理由がなかったというだけさ。家族や、友人のようなね」
残柄:「言い訳だな。人の理性は、外にその責を求めるものではない。自らを律する――その心こそが理性だ」
猩々丸:「平和に生きてきたんだね。その考え方は否定しない。だが――他の在り方も知るべきだ」
残柄:「それは甘えだ」
猩々丸:「どうかな。人間の本質は、そんなに簡単なものじゃない。……なら、おれからも聞こう。なぜ処刑人なんかやってる?」
残柄:「鎌鉈家の人間として生まれたからだ。こう言えば、自分の意思はないのかと問うてくる愚か者がいるが――先に断じておく。私は私の意思で、この道を選んだ。父の姿を見、こうありたいと思い、進んできたのだ。後悔もなければ、この職務に誇りを持っている。悪を斬り裁く――まごうことなき善の道であることもまた、己の矜持に繋がっているのだ」
猩々丸:「……そうかい。いや、素晴らしいと思うよ。たしかに、お前さんの生き様と比べれば、おれの生き様は甘えたものかもしれないねぇ。だが――矜持というなら、おれにもある。おれぁ自分の生き様で、後悔したことは一度もない。表の道を歩けないとしても、常に追われる日々だとしても――それすらも、おれの日常だ。不足はないね。あぁ、だから、こっちからも先に断じておこう。それは人の歓びを知らないからだと、過去に言ってきた大馬鹿野郎がいたが――それはちがう。おれにだって、一端の人間様をやってた時分はあるのさ。それと比べてなお、今の生き様に後悔はない。これがおれさ。猩々丸という男なのさ」
残柄:「……そうか。ならば――これ以上は無駄な問答だな」
猩々丸:「そうかい? お前さんとこんなに話したのは初めてだからねぇ、もう少しばかり、雑談に興じたって悪かねえと思うが。それとも、情でも移ったかい?」
残柄:「まさか。どうあっても救えないということに、これ以上の時間を割く理由がないだけだ」
猩々丸:「……お前さん、おれを救おうとしたのかい?」
残柄:「懺悔の機会は平等にあるべきだ。しかし――貴様には、無駄な説教だったようだがな」
猩々丸:「…………」
残柄:「どうした。まさか感化でもされたか」
猩々丸:「……とんでもない。いや、しかし感動はしたよ。おれに言われるのも癪だろうがね――お前さんは間違いなく、出来た人間だ」
残柄:「ふん。当然だ。罪人の言葉では、重みがまったくないがな」
猩々丸:「ははは! そりゃそうだろうな! ――さて。そんじゃあそろそろ、本気でいこうか」
残柄:「そうだな。問答をするなら、刀で充分だろう」
猩々丸:「小手調べも挑発も、もう必要ない。ただ――己が剣にすべてを込めるのみ」
:猩々丸、懐から瓢箪を出す
猩々丸:「……ってことで、いいかい?」
残柄:「とめて聞くのか?」
猩々丸:「はっ。そうだねぇ。それじゃ、遠慮なく――、んぐっ……、んぐっ……、っはぁ……」
残柄:「どうだ? 最後の酒は」
猩々丸:「間違いない。これが人生で一番の酒だ。せっかくだ。お前さんも飲むかい?」
残柄:「あいにく下戸でな。遠慮させてもらう」
猩々丸:「そりゃあ残念だ。うっく……。まあ、こんなにすぐ酔っぱらってちゃ、おれも人のこと言えないがね」
残柄:「酒を食らうことで力を発揮する。やはりふざけた剣術だな。貴様のそれは」
猩々丸:「だが実績はある。努々――油断めされるなよう?」
残柄:「誰に言っているのか。貴様こそ、いくつ流派を沈めてきたか知らんが、それらと同等などと甘く見積もってくれるなよ?」
猩々丸:「当然。むしろ、その真髄を目にできるってんだ。最期に相応しい景色だよ」
残柄:「あいにく、貴様が最期に見るのは斬られた自分の首元だ」
猩々丸:「わかってないねぇ。――浪漫の話さ。これは」
比良坂:「(M)――風が、変わった。熱気を帯びているのは2人のせいか。あるいは――島の息吹か。まるで陽炎のように、2人を覆う空間が揺らいで――そして」
猩々丸:「――《酔剣》猩々丸! 推して参る!」
残柄:「――《鎌鉈流》《十二代目》鎌鉈残柄。来ませい!」
:技の応酬
猩々丸:「《酔剣》《二刀流》――《剣菱》!」
残柄:「《鎌鉈流》――《奏乱》!」
猩々丸:「《酔剣》《二刀流》――《山桜桃》!」
残柄:「《鎌鉈流》――《紫錐》!」
猩々丸:「どうした! そんなものかい、《鎌鉈流》ってのは!」
残柄:「貴様こそ、そんなに腑抜けた剣術なのか、《酔剣》というものは!」
猩々丸:「《酔剣》《二刀流》――《黒松剣菱》!」
残柄:「ぐっ……!」
猩々丸:「畳みかける! 《酔剣》《二刀――」
残柄:「《鎌鉈流》――《櫓崩し》!」
猩々丸:「ぬおっ!」
残柄:「《鎌鉈流》――《靁落》!」
猩々丸:「うぉっとお! ふうぅ……。さすがに今のは、危なかったねぇ……」
残柄:「《酔剣》……、たしかに、一般的な剣術と比べれば、多少動きの読みづらい剣捌きではあるが――しかし、対処できん程ではないな」
猩々丸:「言ってくれるねぇ……」
残柄:「諦めるなら今のうちだ、猩々丸。そうすれば綺麗な体のまま、苦しむこともなくあの世へ送ってやる」
猩々丸:「それがこの場でないなら、お断りだよ。おれぁ剣客のまま死ににきたんだ。お上の前で白装束着たんじゃ、それも叶いやしねえ」
残柄:「それが罪に対する罰だ。剣客だと? 一端を気取るな」
猩々丸:「じゃあ無理やり連れ帰ることだね。問答は刀で――だろ?」
残柄:「……いいだろう。望み通り、終わらせてやる」
猩々丸:「あいにく、そう簡単に負けるつもりはないよ。……鎌鉈残柄。お前さんに《酔剣》の極意を見せてやろう」
残柄:「なに……?」
猩々丸:「これを見せるのは人生で二度目だ。そしてお前さんが逃げないのなら――戦うのはこれが初だ。おめでとう。喜んでいいよ」
残柄:「…………」
比良坂:「(M)――明らかに、気配が変わった。男が口角を上げる。やがてそれは、獣のような獰猛さを見せて――」
残柄:「……これが――《酔剣》の極意……」
猩々丸:「――さあ、しかと目に焼き付けな! ――《酔剣》〝奥義〟! 〝迫覡〟――《酒呑童子》!!」
:間
猩々丸:「……ふぅ……、はぁ……」
残柄:「…………」
猩々丸:「……は、ははは。どうだい、すごいだろう。酒豪の鬼――酒呑童子。これはその威風を身に宿し、身体の能力を上げ、一切の敵を撃ち滅ぼす力を得る。まさしく神がかり。人を捨てた――まさに奥義の為せる業さ」
残柄:「……なるほど。難癖をつけるのならば、酒による幻覚症状だが――この気迫、紛い物でもないようだな」
猩々丸:「当然。勘違いでも、実を伴えばそれは真だ。それを極限まで突き詰めたからこそ、奥義なのさ」
残柄:「……たしかに、これは厄介だな」
猩々丸:「どうする? ここで引くなら、おれも刀を納めよう。別におれぁ、お前さんを殺したいわけじゃないからねぇ」
残柄:「…………」
残柄:「――いや、貴様は必ず捕える。逃げることなどあり得んよ」
猩々丸:「……そうかい。なら仕方がない。その心意気と共に、散ってくれ」
残柄:「…………」
猩々丸:「《酔剣》《二刀流》――《神便鬼毒》!!」
残柄:「――《鎌鉈流》《第八極致》――《慈限》」
猩々丸:「なっ……!」
比良坂:「っ!」
:間
比良坂:「……今のは……」
残柄:「…………」
猩々丸:「……がっ……、ごふっ……!」
残柄:「……今ので生きているのは、貴様が初めてだ」
猩々丸:「はぁ……、はぁ……。……はは。こんなの――もう死んでるのと変わらないようなものだけどねぇ……」
残柄:「…………」
猩々丸:「……なぜ、殺したんだい……。生きたまま捕える。それがお前さんの目的だったはずだ……」
残柄:「……あんなものを見せられて、四の五の言ってられなくなったからな。こうしなければ、私が死んでいた」
猩々丸:「……ふは。……あれが、《鎌鉈流》の奥義かい」
残柄:「あぁ。《鎌鉈流》では《極致》と呼ばれるがな。あの技はその八つ目だ。現時点での最終到達点。自慢ではないが、私が作った」
猩々丸:「……は。ははは……! そりゃあ立派だ。自慢するといい。なにせ、あの《酔剣》の奥義さえも破ったのだから」
残柄:「自慢なぞできん。私は職務を全うすることができなかった。力不足の表れだ」
猩々丸:「大真面目だねぇ……。いっそ馬鹿馬鹿しいくらいに」
残柄:「愚かであるよりは、幾分ましだ」
猩々丸:「……そうかい」
比良坂:「――決着、みたいだね」
残柄:「…………」
猩々丸:「あぁ……、まったく――こてんぱんにされたよ」
比良坂:「……最後のアレ、すごいね、おにーさん。この二刀流のおじさんも充分すごかったけど――おにーさんのアレは、正真正銘、人間をやめてる。神がかりどころか、神の領域に片足突っ込んじゃってるよ。《鎌鉈流》……だっけ? どういう流派なわけ?」
残柄:「そういう貴様はいったい何者だ。この島の管理人を名乗ったことといい、貴様こそ本当に人間か?」
比良坂:「うーん……、その質問には答えてあげてもいいんだけど――いいものも見せてもらったしね。でも、まずはこのおじさんが先かな」
猩々丸:「なんだい、治療でもしてくれるってのかい? あいにく、必要ないんだがねぇ……」
比良坂:「ちがうよ。――おじさん、この島へは死ににきたんでしょ? 僕はね、おじさんみたいな人を案内するために、ここにいるんだ」
残柄:「案内だと?」
比良坂:「そう。おじさんも望んだんでしょ? 果てのない剣戟を。終わりのない闘争を。この島は、それを叶えてくれるよ。いい? おじさん。今から行くのは、これまで何人もの剣客を迎え入れてきた、文字通り剣士たちの楽園。剣戟の雨が降り、闘争の波が立つ。血煙が漂い、雄叫びが木魂する、まさしく無間の戦場だ。もちろん、そこにいるのは、誰も彼もが、揃いも揃って血気盛んな人たちばっかりだから、楽しく談笑したり、仲良しこよしが出来るだなんて思わない方がいい。もしかしたら、地獄よりも地獄らしい、阿鼻叫喚の有り様を迎えることになるかもしれないけど……、それでもいい? それでも――おじさんは、この楽園の扉を叩くかい?」
猩々丸:「……ふ。ふふ……、ははは。――はははははは!!! そりゃあ――願ってもない! 地獄のような楽園! 結構結構!! それこそ、おれが望んでたものだ! 阿鼻叫喚の有り様? あぁ、迎えてやるとも! その上で、返り討ちにしてやるともさ! はは! こりゃあ楽しみだ!! はははは!!」
比良坂:「ふふ。いいね。そう来なくっちゃ。それじゃあ、まずはゆっくりおやすみ。次に目が覚めた時、そこが楽園だ。きっとみんなが歓迎してくれるよ。どいつもこいつも、新参者には飢えてるからね」
猩々丸:「望むところよ! ……あぁ。不思議な気分だ……。死へと向かっているというのに、体にはこんなにも活力が溢れている……。なんとも幸福な死に様であろうか……」
猩々丸:「…………」
残柄:「……猩々丸」
猩々丸:「あっとぉ!」
残柄:「っ!」
猩々丸:「はは、危ない危ない。忘れるところだった」
猩々丸:「――鎌鉈残柄。お前さんとの出会い――おれぁ一生忘れない」
残柄:「…………」
猩々丸:「いろいろ迷惑をかけた、なんて言っても、中身なんざ感じられない話だろうが――それでも、ここまでおれに付き合ってくれたこと、感謝してる。……おれを殺しちまったことで、お前さんの処遇がどうなるかはわからんが――まあ、お前さんのことだ。うまくやるだろう。はは。というのはさすがに無責任か」
残柄:「……罪人に責任など感じられては恥もいいところだ。貴様に心配などされずとも、自分の身くらい自分で保障する」
猩々丸:「……そうかい。いや――そうだな。お前さんはそれができる男だ」
猩々丸:「――それじゃあ、おれは無責任に、先に行かせてもらうことにするよ」
残柄:「…………」
猩々丸:「……ありがとう。鎌鉈残柄」
残柄:「礼ならもう聞いたぞ」
猩々丸:「この言葉でこそ伝えられるものもある」
残柄:「……浪漫か」
猩々丸:「そうとも。どうだい? 言の葉の才、こんなおれでも、光るものがあるだろう」
残柄:「……どうだかな。ずいぶんと子供じみている気もするが」
猩々丸:「大人のしがらみがない方が、純粋に伝わっていいじゃないか」
残柄:「……かも、しれんな」
猩々丸:「……良い日々だった。……ではな。鎌鉈残柄」
残柄:「あぁ。さらばだ。猩々丸」
:間
残柄:「…………」
比良坂:「――さて。で? どうする? おにーさん。僕を島の外へと連れ出してみる?」
残柄:「……いや。どうせ無駄なのだろう。不要な努力はしない主義だ」
比良坂:「あら、残念。おにーさんの驚く顔が見てみたかったのに」
残柄:「……それよりも。結局――貴様は何者なのだ。先ほど、質問には答えてあげてもいいと言っていたな」
比良坂:「耳ざといね、おにーさん。……んー。いや、やっぱやめとく。謎は謎のままの方が面白いしね」
残柄:「それはもう、答えのような気もするがな」
比良坂:「ふふ。たしかに。でも――おおよその見当はついてるんでしょ? おにーさん、頭良さそうだし」
残柄:「どうだろうな。貴様が今、私の頭の中をのぞいているというなら、自信が持てるんだが」
比良坂:「んふふー。それは内緒」
残柄:「……厭なやつだ、貴様は」
比良坂:「褒め言葉として受け取っとくよ。ありがとう」
残柄:「……あいつは本当に、楽園とやらに行ったのか」
比良坂:「そこは心配しなくていいよ。僕は怪しいやつだけど、嘘つきじゃないから」
残柄:「……そうか」
比良坂:「……おにーさん」
残柄:「なんだ?」
比良坂:「もし、おじさんに会いたくなったら、またここに来なよ。特別に一回だけ、こっちに呼んであげる」
残柄:「……ふん。馬鹿馬鹿しい。捕えられるならともかく、どうせ島からは出られんのだろう?」
比良坂:「そりゃあ」
残柄:「ならば奴に会いたいと思うことなどない。私は失敗した。奴は願いを叶えた。それでこの話は終わりだ」
比良坂:「……おにーさんって、素直じゃないね」
残柄:「……貴様に語られたくはないな」
比良坂:「……ふふ。うん。そうだね」
残柄:「……なんだ?」
比良坂:「んーん。なんでも」
残柄:「……ほんとに厭な奴だ、貴様は」
:完




