午後の紅茶-1
マリアの住む所は、小さな部屋が集まる集合住宅だ。三階建てのこの建物の最上階に彼女は住んでいる。そこに続く階段を、クウサは自分の足で上っていく。運動不足は体力の衰えを招くからである。
マリアの部屋までたどり着くとクウサはドアを叩く。
しばらくして、「どちらさまですか?」と声がした。
「クウサよ。ルーナからロザリオを預かってきたわ」
するとドアが開いて、マリアが顔を出した。クウサは彼女にロザリオを渡す。
「あら、わざわざありがとう! どう? あがって行かない? たいしたおもてなしはできないけど」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
マリアに誘われクウサは部屋の中へと入って行く。クウサにとって、マリアの部屋に入るのはこれが初めてだった。
中はキッチン、バスルームに加え部屋が一つあるだけだ。一人暮らしをするには十分な広さがある。生成りや淡いピンクでまとめられた部屋はマリアのセンスのよさを語っている。……ヨーロッパ人らしさを語っている、とも言えるが。
「そういえば、そろそろお昼ね。せっかくだからお昼、食べていかない?」
「いいの?」
「うん。せっかくだもの。とりあえず、紅茶いれるからくつろいでて」
言われるがままクウサは椅子に座り、テーブルに肘をついて、紅茶をいれるマリアの後ろ姿を眺めていた。
準備が整ったところで、マリアがトレイに乗せた紅茶のセットを運んできた。白いカップにカップの受け皿をテーブルに並べ、ポットを置く。透明なポットの中には紅茶と、それの上に薔薇の花びらが浮かんでいる。
「ずいぶん豪勢な紅茶ね」
クウサは紅茶に浮かぶ花びらをまじまじと見つめて言った。
「この数年で生活水準が急上昇したわね……」
「そうなの?」
マリアが首をかしげた。
「ええ。五年前の庶民の食事はとても貧相だったと聞くわ。私は城を追い出されてからその現実を見たんだけど、最初はこれが庶民にとっての『普通』なのか『貧相』なのか、わからなかった。……にしても、毎日貧相な食事しか採れなかった国民が、『死んだ』私のために財政難を解決できるほどのお金を積むなんて……ちょっと不思議ね」
カップに紅茶を注ぎながらクウサは語る。マリアは既に彼女の素性を聞かされていたため、うんうんと頷きながら話を聞いている。
「きっと、それだけクウサが愛されていたのよ」
「……自分の生活を犠牲にできるくらい?」
「それだけクウサには魅力があったのよ。…………ねぇ」
マリアはクウサの手に自分の手を乗せた。
「あなたにとって衝撃的な過去であることはわかるけど、考えすぎは良くないわ。今は今だもの。愛してくれたことに感謝して、今を生きましょ」
「……感謝……か。――――そうね。感謝しなきゃね」
クウサの表情が少し明るくなった。彼女は紅茶をすする。
「うん、おいしい」
そして彼女の顔に笑みが浮かび上がってきた。
「よかった」
マリアも微笑んでいる。
「そうそう。お昼の準備をしなきゃだったわ! まっててクウサ」
マリアは手をパンと鳴らして、キッチンへと向かって行った。
「楽しみにしてるわ」
クウサはそう言ったが、内心、少し不安でもあった。
昨日マオウの城で料理をした時、マリアの作った物は明らかに塩味が足りなかった。これは彼女の味の好みの問題なのかもしれないが、やはり塩味が足りないのでクウサが味の調節をしていた。
――――しばらくして、料理ができあがったようだ。マリアはオムライスとスープをテーブルに並べる。
「さ、召し上がれ」
笑顔でマリアは言う。クウサは若干の不安を抱えながらオムライスを口に運ぶ。




