望んだ世界
ボサボサ頭の彼の名は飛騨孝太郎。つい先程白髪の少女に連れられこの世界にやってきた。
孝太郎は自宅と言われた家の前で途方に暮れていた。
ここは雲の上。一歩踏み外せば下に真っ逆さまだ。彼に逃げ道はない。
「俺の家って言われてもな……」
彼の家は日本の地上にある。間違ってもどこの国か(或はどこの世界か)わからない所の雲の上にはない。
孝太郎は頭を掻いた。どうすればいいのかわからない様子だ。
「とりあえず……入るか」
孝太郎は恐る恐るドアを開けた。
中は茶色を基調とした部屋で、入って右側の奥にベッドと本棚にクローゼット、茶色いテーブルと椅子が置いてある。左側にはどこかに繋がる部屋が二つと階段がある。そして、テーブルの上には――――あの青い本が置いてあった。
本は薄く光っている。孝太郎はもう、それくらいでは驚かなくなっていた。先程空を飛んだのだから。
孝太郎はテーブルに近付き本を手にとった。そして、家で見た時との違いに驚いた。
「なっ……読める!?」
まったく知らないはずの文字が読めるようになっている。表紙には『魔法書』とだけ書かれていた。ページを一枚めくると、扉絵も何もないページに『基礎魔法』とだけ書かれていて、さらに何枚かめくると、火、水、風、土を使った基本的な魔法、そして空を飛ぶ魔法、物を浮かせる魔法が書かれていた。
「魔法……?」
どうやら彼の望んでいた世界に本当に来てしまったようだ。彼にとって魔法なんて常識はずれもいい所だ。
「俺が、魔法? ば、ばかな事を……」
苦笑いを浮かべ、孝太郎はページを一枚めくった。しかし、そこには――
「何も書かれてない……?」
家で見た時には文字がびっしりと埋め込まれていたページ。それが今では真っさらなページだらけだ。書かれているのは最初の十二ページのみ。
「なんだよ……意味わかんね」
孝太郎は本をテーブルに投げるように置いた。そして入って左側にあるドアの向こうに何があるのか確かめる事にした。
ドアの向こうは、一つはバスルーム。もう一つはキッチンに繋がっていた。
次に孝太郎は二階へ向かった。
二階は屋根裏部屋だった。埃を被った本棚とソファが置いてある。本棚はかなり量がある。
あまりの埃臭さに耐え切れず、孝太郎は窓を開けた。外から乾いた風が吹いてくる。
「本だらけだな……」
本の内容は、魔法に関する本や歴史の本から春画まで様々だった。その中から孝太郎は地図帳を取り出した。彼はその場で地図を眺める。
まずは世界地図を開く。しかし、聞いたこともない地名ばかりが書かれていて役には立たなかった。
「やっぱ……ここって異世界なんだ……」
孝太郎は額から冷や汗を垂らした。
「俺、ファンタジーワールドに来ちゃったんだ……」
彼は静かに地図帳を閉じ、元の場所に戻す。
「い、異世界トリップってこんな気分なのか……。いいもんじゃないな」
窓を閉じ、さらに彼は独り言を続ける。
「明日シラキと話をつけないと……」
――――しかし、孝太郎がなんとかして帰してもらおうと決意したその頃、シラキは主人の元で話を進めていた。
キノコのような形の岩が連なる岩山の中。ある岩に小さなドアがついている。
そのドアの先は、地下に繋がっている。その地下では、シラキがある人物と話をしていた。その人物は、机に置かれた本の山で姿が見えなくなっている。
「マオウ、勇者を連れて来たぞ」
マオウと呼ばれたその男は陽気な声で返した。
「よくやったぞシラキ! これで神の時代も終わりだ!」
「そう簡単にいくか?」
「いいや、勇者が乗り気でなくても私の権力で何とか」
マオウは立ち上がった、が、本で彼の姿は頭半分しか見えない。
「オマエにそんな力なんかないだろう。オマエの取り柄は人の話を聞かない所だ」
マオウの頭半分――短い黒髪のポニーテールと目を隠すように巻かれたオレンジのバンダナに向かってシラキは言った。
「ひどいなぁ……シラキは」
そしてマオウは机から離れて、ようやくその姿を現した。
目隠しにポニーテール、古代ギリシャの衣装に白いマント――――それが、マオウの正体だった。
「そもそも人の話を聞くヤツならその目隠しを外すだろう」
「いいじゃないか。仮面なんかよりずっとカッコイイ!!」
「オマエのセンスがわからん」
シラキはマオウに背を向けた。
「どこに行くんだ?」
「寝る。久々に次元移動をして疲れた」
シラキは指を一つ鳴らして白いネグリジェ姿になった。
「あ、そう。おやすみ」
シラキはマオウに振り向かずに手を振って部屋から出て行った。
「青い勇者か……ついに来たな!!」
マオウは嬉しそうに声を上げた。
「あとは緑の魔法使いと赤い戦士だな!」
マオウは魔法でグラスを出し、その中に魔法で出したぶどう酒を注ぐ。
「明日が楽しみだ……」
ワインを回しながらマオウは椅子に座った。足を組み肘を肘掛けに置いてご機嫌な彼は笑みを浮かべる。
「来たぞ……来たぞ!!」
そして彼はグラスのワインを一気に飲み干した。
「ははは、ようやくこの時が!! これで世界は……!!」
部屋に彼の笑い声が響く。
――――そして翌日。マオウはシラキに二日酔いを訴えるのだった。
「……自業自得だろう」
シラキはマオウの事を心配するそぶりすら見せない。
「今から勇者を連れて来る。それまでには何とかして置くんだな」
シラキはそのまま部屋を出ていってしまった。
「は、薄情者……私を誰だと思っている……」




