序章
――――もう、うんざりだ。
どこか遠くに……誰も俺の素性を知らない……尚且つこの世のくだらない常識からはずれた世界にでも行きたいもんだ。
そう思った時、俺はあの本に出会った――――
大学受験に二度失敗。この不景気の中、高卒の俺を雇ってくれる会社なんてあるわけがなく……。やる気を無くした俺は現在ニート。今年、成人を迎えた。
ニートの俺には特にやることもなく、暇つぶしにと缶チューハイを片手にPCの電源を入れた。
その時、部屋の隅に積んでおいたノートが目に入った。……高校時代に使っていたノート。飛騨孝太郎と名前が書かれている。読みは『こうたろう』ではなく『たかたろう』。俺の名前だ。
二年前は想像もしなかった。まさか自分がニートになるなんて。……バイトくらいしろと親に散々言われたが、今の時代、アルバイトでさえなかなか決まらない。もう何件も落とされた。やる気なんか起きない。
そうこう考えているうちに、PCの準備が調った。
特に用もないけど、ブラウザを起動させてお気に入りを眺める。――行きつけのブログの更新でもチェックしようか。
――――ああ、暇だ。暇だけど、全てにおいてやる気がしない。
結局更新は一件しかされていなかった。――しかたない、目障りなノートを目につかない所に隠そう。
そう思って椅子から立ち上がった。そしてノートの山に手を伸ばした――――が、さっき見た時にはなかった物が山の一番上に乗っていた。……分厚いハードカバーの本だ。
「なんだこれ……どっかから……落ちてくるわけないよな」
ノートのある場所は部屋の隅。近くに本棚や何かを入れるスペースは見当たらない。
「まあいいや……。片付けよう」
ひとまず本を机の上――PCの横に置いて、俺はノートの山を持ち上げた。それをクローゼットにしまい込んで、俺はさっきの本に目を向けた。
青いカバーのかかった本。タイトルは書いてあるけど、ロシア語か何かで書かれていて読めない。当たり前だが全ページびっしりと書かれた中身も全く読めない。
英語の本なら勉強用にいくつか持っているが、その他の言語なんて勉強した覚えはない。
――誰かが置いた?
けど、誰もこの部屋には入ってきてない。
と、なると……俺の望んでいた、くだらない常識からはずれた世界への入り口!?
……なんてな。それはない。
だとするといったい?
……なんだか気持ち悪くなってきた。この本もクローゼットに押し込んでおこう。
俺はクローゼットに本をしまった。しかし……部屋を出た瞬間、なぜか……廊下にさっきしまったはずの本が置いてあった。というより落ちていた。
慌ててクローゼットの中を確認してみると本はそこにはなかった。
「な、なんなんだよ!!」
たまらなくなって俺は本をゴミ箱に捨てた。――けど、一瞬目を離したら本は机の上に……。
おかしい。非現実的だ。これは明らかに非現実的だ。確かに俺は常識からはずれた世界を望んでいた……。だけど……。
「こ、こんな奇妙な事があってたまるか!!」
「そうか?」
その時、背後から声がした。女の……子供の声だ。
「オマエは望んでいた。この世のクダラナイ常識からはずれた世界を。ダカラ魔王はオマエを選んだんだ」
所々カタコトな日本語をしゃべるそいつに、俺は振り向いた。白いワンピースを着た、色黒で長い白髪の少女……。やけに前髪が長い。目は透き通った黄緑。……この世に存在……しそうにない存在。ギリシャ系のアルビノのアフリカ人……といえば説明がつくような気がしなくもないが。
けど問題はそこじゃない。
「お前誰だ……」
俺の手はすでに汗だくだ。心臓はバクバクと音を立てて止まらない。
「ワタシか? ワタシはシラキ。シラキ・ダルタニアンだ」
シラキ!? 名前がか? どっちかというと苗字な気もするが……。つくづくわけのわからない奴だ。
「オマエ、飛騨孝太郎だろう。向かえにきた。マオウが待っている」
マオウ……? って、アレか。魔王か!? ……なんだこの中二病ワールドは。魔王が俺になんの用だってんだ。
「ちょうどいいモノがあるな」
そう言うとシラキは勝手にクローゼットを開けようとした。
「おいっ! 勝手に開けるな!!」
俺はそれを止めようとシラキに手を伸ばした――――が、目の前に広がった非現実を前に、動きが止まった。
――――クローゼットの中は、雲の上だった。
外国の家が立ち並んでいる。その上に雲が覆いかぶさっている。その上にクローゼットという名の入り口……。俺は後ずさった。
「何……したんだよ。おい、元に戻せよ……」
しかしシラキは俺の手を掴んで、クローゼットの中へ引きずり込もうとした。……こいつ、意外と力ある……。
なすすべもなく、俺は空の上に引きずり込まれた。シラキは浮いている。俺は浮けない。シラキに手を掴まれ、俺は宙を浮いている……。
「おい! 何しやがる! 帰せ!」
「暴れるな、落ちるぞ」
「うるせぇ! 早く元に戻せってんだ!!」
「ヤメロ! 落ちる!」
シラキに焦りが見えはじめてきた。それを見て俺は動きを止める。本当に落ちたらたまったもんじゃない。
「ちっ……」
俺は黙ってシラキに任せる事にした。……地上に着いたら帰すよう訴えてやる!
しかし……シラキが目指していたのは地上ではなかった。魔王の元へ運ばれるのかと思っていたら、着いた先は雲の上に建つ――小さな家だった。
シラキは玄関前に俺を下ろしてこう言った。
「ここが今日からオマエの家だ」
「はぁ!?」
「また明日来る。それまで大人しくしているんだぞ」
「ふざけるな! 俺は帰せと!」
言い終わらないうちにシラキは空を飛び遥か彼方へと消えていった。
「おい! 待て!!」
俺の叫びは虚しく空に響いた――
俺はくだらない常識から外れた世界を望んでいた。けどそれはあくまでも叶わない夢だから……なのに、これは……。
「俺、これからどうなるんだ……」
プロローグ 終




