姫様は好きが言えない〜オーク顔の呪いにかかっていますが好きな人がいます〜
リンデベル王国は大国と渡り歩くほどの力を持つ、中規模国家である。
始祖を始めとした、歴代国王たちの完璧無欠の手腕によって発展を遂げたその国は、周辺諸国からも一目置かれた存在となっていた。
王室は男系で、生まれてくる子供は皆男の子だった。それが現国王になって、ようやく可愛らしい女の子が誕生した。
王室も国民も姫の誕生を大いに喜んだ。
父親譲りの菫色の瞳に、母親譲りの金色の髪と目鼻立ちのはっきりした顔。
周りからは将来、周辺諸国一の美姫になると称されていた。
蝶よ花よと大切に育てられた姫はすくすくと成長し、誰からも愛される存在となった。
――とある事件が起きるまでは。
それは姫が八歳の時、婚約候補の一人だった隣国カラリア王国の王太子・ジークハルト殿下が挨拶に来た時のこと。
三つ年上だったジークハルト殿下は、姫の愛らしい容姿を一目見て恋に落ちた。
一週間かけて親交を深めた彼は、姫の婚約者となるために真っ赤な薔薇の花束を携えて跪く。
『好きです。僕と将来結婚してくれませんか?』
すると、ジークハルト殿下から愛の告白を受けた姫の顔に変化が起きる。
口からは長い牙が生え、白い肌は退紅色に、そして小さな鼻は大きな豚鼻へと変化したのだ。
あまりにも衝撃的な姿に、ジークハルト殿下は『なんて醜いオーク顔なんだ!』と叫んで気絶した。
姫は訳がわからず、手鏡で容姿を確認して悲鳴を上げた。
身体はいつもの自分なのに、どういうわけか顔だけがオークの醜い顔になっていたのだ。
貴賓室に運ばれたジークハルト殿下を見舞いたかったけれど、先触れを出したら向こうから拒絶の言葉が返ってきた。
ついでに、先ほどの求婚はなかったことにしてくれと言われる始末だ。ジークハルト殿下がその日のうちにカラリア王国へ逃げ帰ると、ようやく姫の顔は元に戻った。
どうしてあんな醜い顔へ変化してしまったのだろう。
心当たりもなく、ただひたすらベッドの上で啜り泣いていたら、お父様が高祖父様に原因があると教えてくれた。
高祖父様は王太子時代に、西の地で暴れ回っている魔女を成敗しに行った。
魔女は部類の筋肉好きで、高祖父様の鍛え上げられた立派なシックスパックに心臓を射抜かれ告白した。
もちろん、即答で断られる。
フラれた魔女は号泣し、腹いせとしてある魔法をかけた。
『私の失恋の痛みと苦しみを、おまえの子孫にも味合わせてやる。次に生まれてくる女子は、災難が降りかかるだろう』
魔女はそう叫んだ後、高祖父様に成敗された。
こうして魔女の魔法――もとい呪いにより、姫はオーク顔になる不憫な身体になってしまった。
呪いの発動条件は、恋愛感情を乗せて『好き』と言ったり、言われたりすること。
そして、告白した側から恋愛感情が消えれば、元の顔に戻るというものだった。
そんな哀れな姫の名はジゼル――私のことだ。
魔女の呪いが発現して以降、私は王宮奥深くの離れで育った。これは誰かに告白されてオーク顔になってしまうのを私や家族が恐れたからだ。
離れを出入りできる人間は、忠誠心の高い人間に厳選された。
最悪なことにジークハルト殿下は自国や近隣諸国で私の顔が如何にオーク顔の醜女であるかを言いふらしてしまった。
その結果、私は醜い容姿を恥じて離れに閉じこもっていると世間一般では言われている。
「世の中には、呪いで猫やウサギ、リスといった可愛い動物に姿を変えて素敵な殿方に可愛がられる話が数多く存在するっていうのに。どうして私はオーク顔なの? こんなの可愛がられるどころか煙たがられるじゃない」
ブサ猫でもいいから呪いの内容を変えて欲しい。
ブサイクだろうと猫は猫。ブサ可愛いという言葉が表しているように、ブサイクだけど愛嬌があって可愛いから最終的に殿方から可愛がられる。
けれど、私のような顔だけオーク顔の中途半端な人間にブサ可愛いは通用しない。何故なら可愛い要素がどこにもないのだ。
ブサイクだけの私を好きになる殿方なんて、この世に存在するのだろうか。
可能性は限りなくゼロに近い。
「姫様ったら、一体どこでそんな偏った知識を吸収したのですか」
窓辺の席で嘆いていたら、侍女のマルティナが呆れた様子で話しかけてくる。
私は手にしていた詩集をテーブルの上に置き、居住まいを正してハッキリと答えた。
「そんなのおまえのロマンス小説からに決まってるじゃない」
「なななっ、私はそんなもの持ってません!」
マルティナは手にしていた本をさっと後ろに隠す。本には有名な詩集のタイトルが書かれているが、あれの中身はロマンス小説だ。
私はテーブルに肘をついて手を重ねると、その上に顎をのせた。
「”呪われた私と殿下の十日間”って言葉に聞き覚えがあるんじゃないの? 良かったら感想を聞かせてくれる?」
「あばばばばっ」
伯爵家出身だというのに、マルティナは俗っぽいところがある。
普通の令嬢は、本といえば詩集を嗜む者がほとんど。ロマンス小説は市民の娯楽に過ぎないため、貴族の間では低俗な読み物と認識されている。よって、好き好んで読む人間はほとんどいない。
私は焦るマルティナを見てくすくすと笑った。
「安心して。伯爵には言わないでおいてあげるわ」
「ありがとうございます」
余談だが、マルティナは金髪碧眼のきらきらしい王子様が好み。外見の要素が合致しているジークハルト殿下を見たら、黄色い声を上げるだろう。
不意に、ジークハルト殿下の拒絶の言葉が頭をよぎった。何度も脳内再生されて頭から離れない。
私だって好きで醜いオーク顔になったわけではないのに……。
「はあ、せめてミニブタに変身する呪いだったら良かったのに」
嘆息をもらしていると、マルティナが口元に手を置いて小声で言う。
「姫様、ミニブタはミニサイズのブタじゃないので別に可愛くないですよ?」
「それくらい私も知っていてよ? でも、オーク顔の醜女よりミニブタの方が愛嬌あると思わない?」
「いひゃい、いひゃいです姫しゃま」
減らず口を叩くマルティナの頬を引っ張っていたら、扉を叩く音がした。
どうせ他の侍女がお茶を持ってきてくれたのだろう。
「お茶ならそこの机の上に置いておいて」
振り返りもせずにマルティナへの攻撃を続けていたら、予想外の声がした。
「ジゼル様、おはようございます」
落ち着いた男性らしい声。驚いた私は肩越しに振り返る。
すると、見上げるほどの位置に美丈夫な顔があった。
銀髪の前髪を後ろへ撫でつけてはいるが、額に数本はらりと落ちて朱色の瞳にかかっている。
精悍さと甘さを兼ね備えたその顔を見た途端、私の心臓がギュンッと高鳴った。
「あ……」
後ろにいたのは私の護衛騎士、イーサン・ロシュ。
西の辺境地を治める有力貴族、ロシュ辺境伯の息子だ。
イーサンは私が十歳の時に護衛騎士になった。五つ年上で、当時は騎士叙任式を終えたばかりだったが、騎士団長にその腕を見込まれて任命されたのだ。
「本日のお加減はいかがですか?」
「見れば分かるでしょ? この通り元気よ」
私はマルティナの頬から手を離すと腰に手を当てる。
イーサンはじっと私を見つめてから窓の外を一瞥した。
「私はいつも通り、近辺の見回りから始めます」
「ええ、よろしく。挨拶が終わったのなら下がりなさい」
必要最低限の言葉を交わし終えると、イーサンは一礼して出ていった。
彼の後ろ姿を見届けている私の隣で、頬をさするマルティナが苦言を呈する。
「イーサン様ったら相変わらず無愛想ですね。姫様に笑顔の一つも見せやしません。やっぱり、殿方は金髪碧眼のきらきら王子様がさいこ……」
嗚呼、好き!!
好き好き好き好き好き。イーサンが好きすぎるわ!!
マルティナが講釈を垂れているけれど、そんなのどうだっていい。
私はイーサンが好き。普段は寡黙で涼しい顔をしているけど、時折見せるくしゃりと笑った顔が好き。
物腰は柔らかいのに、異変があったら精悍な顔つきになって任務に当たるあのギャップが堪らない。
詰襟の騎士服に身を包んでいても、細身の身体が鍛え上げられているのは一目瞭然。
最近は大人の甘やかな色気が増して、かっこ良さに磨きがかかった。あの朱色の瞳と目が合うと、私の心臓が悲鳴をあげる。きっと一分以上見つめられたら気絶する。確実に。
出会った当初、イーサンは兄のような存在だった。けれど、歳を重ねていくうちに私の中で特別な存在に変わっていった。
その決定打となったのは、私が十三歳の時。
地方からやって来た酔狂な役人が、私の顔が本当に醜いオーク顔なのか確かめようと企てた。宴で警備が手薄になっているのを見計らい、役人は夜陰に乗じて私の部屋まで辿り着いたのだ。
部屋で一人だった私は恐怖で悲鳴も上げられず、ただクローゼットに隠れるしかなかった。
役人に見つかるのは時間の問題。
息を殺してクローゼットの扉の隙間から外を観察していると、とうとうこちらに近づいてきた。
役人がクローゼットの取手を掴んで扉を開こうとしたその時、イーサンによってその役人は捕らえられた。
あの時のイーサンの迅速な対応は、今でもこの目に焼きついている。役人の手首を掴んで腕を捻り上げると、素早く床に押さえつけて手刀で気絶させていた。
その勇ましい姿と圧倒的な強さに、私は一瞬で恋に落ちた。以来、ずっと片想い中である。
「ううっ、イーサンが好…………すね毛ボーボー」
危ない危ない。
うっかり『好き』だなんて口にしたらオーク顔になってしまう。
イーサンが巡回からいつここに戻ってくるのか分からない。あんな醜い姿を見られたら一貫の終わりだ。
ジークハルト殿下のようにイーサンも気絶するかもしれない。
最悪、拒絶されて護衛を辞められる可能性だってある。
イーサンに嫌われるなんて耐えられない。想像しただけで胸が張り裂けそうだ。
「姫様ともあろうお方が。もう少しマシな言葉で寸止めしてくださいよ」
私がイーサンを好きだと知っているマルティナは、額に手を当てる。
「咄嗟に出た言葉がそれだったんだから仕方ないでしょう? それにイーサンから嫌われる方が大問題だわ」
真顔で答える私に、マルティナが「はいはい」と軽口を叩くと話題を変えた。
「そろそろ針子とデザイナーが来る時間です。王太子殿下の戴冠式でお召しになるドレス一式を届けてくれますよ」
「一兄様の戴冠式……」
私には三人の兄がいる。一番上の兄はこの度リンデベル王国の国王として即位するのだ。
戴冠式には国内の有力貴族はもちろん、近隣諸国の王族が招待されている。
これまでの公式行事はすべて欠席してきた。けれど、今回ばかりは王族の威信にかかわるため、そうもいかない。
お父様やお母様からは、ただ笑顔で挨拶するだけで良いと言われているものの、不安は尽きない。
戴冠式はスケジュール通りに進行していくので心配していない。
問題はその後に待っている宴だ。
私は顔を伏せると心の内を吐き出した。
「無事に終えられるかしら」
「心配は要りませんよ。何かあってもイーサン様が姫様を守ってくださいます。そうですよね、イーサン様?」
顔を上げると、いつの間にかイーサンが巡回から戻ってきていた。
考え込んでいたせいで、気づけなかった。
イーサンはこちらに近づいてくると、私の目の前で跪く。
「カラリア王国からはジークハルト殿下ではなく、弟君のヘンリク殿下が出席されると聞いていますのでご安心を。当日は呪いが発動しないように私が全力でお守りします」
イーサンはそっと私の手をすくい取ると、手の甲に誓いの口づけをする。
触れられた部分がジュッと熱くなり、全身にそれが駆け巡る。心臓の鼓動が速くなる。
嗚呼、言えない。あなたが『好き』って言えない。
好きな人が目の前にいるのに告白できないだなんて。
魔女がまだ生きているのなら、この呪いを解くよう追及したいところだ。
「当日は頼んだわよ」
イーサンに感情を悟られないよう、私はそっぽを向いて答えるしかなかった。
戴冠式当日。私は十年ぶりに公へと姿を出した。
「あれが噂の姫なのか?」「醜いと言われているが美人じゃないか」「一体どこがオーク顔なんだ」
招待客は、悪評とは違う私の容姿を目にして驚愕している。
マルティナの手によっていつも以上に美しく飾り立てられていたのだから無理もない。
イーサンを伴った私は、微笑みを浮かべて会釈した。
たったそれだけなのに、彼らの視線が集まってくるのがありありと分かった。
一兄様の戴冠式が礼拝堂で無事に終わると、大広間にて宴が開かれる。
戴冠式とは違って進行が決まってはいないため、私はたくさんの招待客と挨拶を交わした。
話してみて分かったが、今日招待された王侯貴族は皆敬意をもって接してくれている。
一日会っただけで告白してくるような人間はいない。
よって、私の呪いが発動することはまずないだろう。
そう高を括っていたのがまずかった。
「ご機嫌麗しゅうございます。ジゼル姫」
安心しきっている私の目の前に、とある男性が現れた。
それはジークハルト殿下の弟、ヘンリク殿下。
幼い頃のジークハルト殿下を彷彿とさせる顔立ちだったので一目で分かった。きっと彼が成長すると、こんな感じになるのだろう。
「醜女のオーク顔だったはずなのに魔法が解けたのですね。こんなに美しいだなんて」
「いえ呪いが解けた訳では……。ともかく、どうぞ最後までお楽しみください」
ヘンリク殿下のねっとりとした視線に危機感を覚えた私は、挨拶を済ませてその場から離れようと試みる。けれど、回り込むようにしてヘンリク殿下が私の行く手を阻んだ。
「嗚呼、お待ちください。もっと話をしましょう。あなたはその女神のような美しさでこちらを魅了したのです。『好き』にさせた責任を取ってください」
「っ……」
私の心臓が大きく跳ねる。
ヘンリク殿下は私に好意と共に『好き』と言った。
それが何を意味するかは一目瞭然で、ヘンリク殿下も周りも騒然とする。
「ジゼル様!」
すかさずイーサンが私の顔を隠すようにマントで覆ってくれた。けれど、時既に遅し。
「美しかった顔が変わったぞ」「嗚呼、見るに堪えない」「まさに醜女のオーク顔だ!」
周りはひそひそ声で私のオーク顔を話しているはずなのに、その声は嫌というほど私の耳に届いた。
けれど、初対面の人になんと言われようと平気だ。
一番の問題は、このオーク顔をイーサンに見られたこと。
私の醜い顔を見て、どう思っただろう。
「失礼します」
私は目深くマントを被ると、そのまま大広間から走り去った。
そのまま離れまで走った私は、肩で息をしながら庭の池のほとりで膝をつく。
恐る恐る顔を覆っているマントを取って、池の水で顔を確認する。
水面に浮かび上がっているのは口から長い牙を生やし、退紅色の肌に大きな豚鼻のオーク顔だった。
私の瞳からポロリと涙が零れ落ちる。
終わった。私の恋はあっけなく終わった。告白する勇気もなかったけれど、こんな醜い顔見られてこの恋を終えることだけはしたくなかったのに。
顔を両手で覆ってさめざめと泣いていたら、誰かがこちらにやって来る。
「ジゼル様」
イーサンの声に私は肩を揺らした。わざわざ追いかけて来てくれたことが嬉しくて心が高鳴る。
けれど、これはあくまで護衛騎士の仕事として追いかけてくれただけだ。
そう思った途端、私は余計に惨めな気持ちになった。
「急に走ってごめんなさい。イーサンもこんな主人に仕えて大変よね。お父様や一兄様には部屋に戻ったと伝えて。それが終わったらあなたも休んで良いわ」
泣いている顔を見られないように服の袖で涙を拭く。
私はさっとその場から立ち上がった。
これ以上同じ空間にいるのが耐えがたい。
「ジゼル様」
イーサンはもう一度私の名前を呼ぶ。
続いて彼は私の手首を掴み、私に正面を向かせた。
イーサンの朱色の瞳と目が合う。自分の顔を恥じた私は咄嗟に目を逸らした。
「醜い顔でしょ」
「いいえ。ジゼル様の顔はいつも通り可愛らしいですよ」
「お世辞なんて言わなくていい。醜いものは醜い。それが事実よ」
ムキになった私は彼の掴んでいる手を振り払おうとする。
けれど、イーサンの掴んでいる手に力が籠もってできなかった。
「私は嘘は吐きません。呪いで醜い顔になってしまったとしても、私はジゼル様をお慕いしています」
「え?」
聞き間違いかと思い私は顔を向ける。
イーサンはそれが真実だというように、真剣な顔をしていた。
それからフッと口元を緩める。
「私はジゼル様をお慕いしています。どうか触れることをお許しください」
そう言って顔にそっと触れてくる。ゴツゴツとした手が私の頬を包む。
彼の親指が顎を撫でると、その次に唇へとスライドして優しく押し当ててくる。
艶めかしい行為は私の頭を真っ白にさせた。
「う、ううっ……」
「申し訳ございません。お嫌でしたか?」
切なそうに眉尻を下げるイーサンが手を引っ込める。けれど、私はイーサンの手を両手で握り締めた。
「ううっ、イーサンが私に触ってるぅ。嫌な訳ないでしょ。嬉しいのよ!」
我慢が限界を迎えたのか、瞳からぼろぼろと涙が流れていく。
イーサンは困った顔をしつつも、空いている方の指の腹で私の涙を拭ってくれた。
「私はジゼル様が好きです。どうか結婚してくださいませんか? 前国王陛下や現国王陛下からの許可はいただいております。ですが、あなたの気持ちが伴わなければそれに意味はありません」
「そんなの、端から答えは出ているわよ」
ぐすぐすだった私は袖で涙を拭くと、背筋を伸ばして真顔になった。そして、言ってはいけないと自分に言い聞かせてきた言葉をはっきりと口にする。
「私はイーサンが好き。ずっと告白するのを我慢していたくらい、大好きよ」
いつも冷静なイーサンは今回ばかりは顔が赤くなっている。
恥ずかしいのか自身の顔を手で覆い、視線を逸らす。
「これは……やばいですね」
いつも以上にイーサンの色気が爆発している。
その破壊力にタガが外れた私は『好き』を連発した。
「私はイーサンの顔が好き。身体も好き。たまに見せる可愛いところが好き。任務に当たる凛々しい姿も好きでしょ。それから……」
どんなところが好きなのか詳らかに語っていたら、突然目の前が真っ暗になった。
数秒して口を塞がれたのだと気づいた時には、私の意識が一瞬飛んだ。
「これ以上私を煽るのはやめてください。ジゼル様?」
こつんとイーサンの額が私の額に触れる。
「えっと……」
自分でも分かるくらい、私の顔に熱が集中していく。
まさか好きな人と両想いになっただけでなく、キスまでするなんて想像もしていなかった。幸せすぎてこれは夢じゃないか不安になるくらいだ。
やがて、夢見心地だった私は我に返った。
「イ、イーサン、怪我してない?」
ふと、長い牙がイーサンの顔を傷つけはしなかったか心配になる。見る限りどこにも怪我はないようだが、気をつけないといけない。
私は自分の口元に手をやる。すると、あるはずの牙がどこにもなかった。
驚いてイーサンを見ると、彼が朱色の瞳を細める。
「両想いで告白し合うと呪いは解けるみたいですよ。今のジゼル様は私がよく知るいつもの可愛らしいジゼル様です」
「……も、戻っているなら教えなさいよ」
唇を尖らす私を見てイーサンが困った表情で首後ろに手を置く。
「お伝えしたかったのですが、ジゼル様が『好き』を連発するので、機会を逃してしまいました」
要するに、私が告白した段階でオーク顔の呪いは解けていた。
もう私が『好き』と口にしても、あの醜いオーク顔には二度とならないのだ。
呪いが解けて嬉しさが込み上げてくると同時に、宴がまだ開かれていることを思い出す。
リンデベル王国の新しい君主となった一兄様の権威を示すため、今夜は大事な客人ばかりを招いている。彼らとの関係を深めていく必要があるのに、私の醜聞で宴は台なしになった。このまま終わらせる訳にはいかない。
「イーサン、ちょっとついてきて」
彼の手を取った私は急いで大広間に戻る。
私の呪いのせいで収拾がつかなくなったのか、まだこれからだというのに宴はお開きになろうとしていた。
「皆様にご報告があります」
オーク顔だった私の顔が元に戻っているのを見て、周囲がまた困惑している。
特に事情を知っている家族は私が元に戻っているので、目を白黒させていた。
私は柔和な微笑みを浮かべると胸に手を当てて優雅にお辞儀をする。
「先ほどはお見苦しいところを見せてしまい、申し訳ございませんでした。ちょっとした余興のつもりが、失敗して皆様を失望させてしまったのです。お詫びに余興ではありませんが、この場を借りてある発表をします」
私はイーサンに隣に来るよう目で合図を送る。
イーサンは怪訝そうにしながらも私の隣に来てくれた。
続いて、私は自分に注目が集まっていることを確認して口を開く。
「私、ジゼルは西の地を治めるロシュ辺境伯の息子、イーサンと結婚します」
その発表に歓声がワッと沸き立った。
たくさんの人から祝福の言葉が贈られる。
「まさか今夜発表しなくとも……」
突然の結婚発表に目を見張るイーサンだったが、やがて頬を赤めてはにかんだ。
嗚呼、照れてる姿も可愛い。好き。
私はイーサンへ満面の笑みを向けた。
「周りにしっかり知らせておかないと。これからもよろしくね、イーサン」
こうして王家の醜聞で終わるはずだった宴は、私の結婚という喜ばしい宴として無事に幕を閉じた。
◇
ジゼルを離れの部屋まで送った後、イーサンはすぐに踵を返してある人物を探した。
その人物は中庭の木の陰で貴婦人に甘言を吐いている。相手の方も満更ではないようだ。
イーサンは迷うことなく話しかけた。
「素敵な夜をお過ごしのようですね。ヘンリク殿下」
相手の貴婦人は小さな悲鳴を上げた。慌ててその場から離れていく。
しばらくして、木の陰からヘンリクが現れた。
唇近くに貴婦人の口紅がついている。二人がお楽しみ中だったのは明らかだった。
(なんてはしたない)
ヘンリクのだらしなさに片眉をピクリと動かす。軽蔑すると同時に、こんな男がジゼルを苦しめたのだと改めて実感し、怒りが湧いた。
対して、ヘンリクに悪びれた様子はない。ただ楽しい時間に水を差されて不満そうにしている。
「君は確かジゼル姫の護衛騎士だっけ? あんな醜女の護衛だなんて可哀想に。貧乏くじを引かされた君に心底同情するよ。愛でる花は美しいものに限る。そう思うだろう?」
ヘンリクはジゼルの結婚発表の場にはいなかった。
ずっとこの中庭で貴婦人とよろしくやっていたのだから無理もない。
イーサンは朱色の瞳をすっと細めた。
「私は殿下とは考え方が違います。一緒にしないでください。それと、よくものこのことやって来られましたね。その神経の図太さには脱帽しますよ。ジークハルト殿下」
イーサンは彼がヘンリクではなく、ジークハルトであるのを見抜いていた。
何故なら、彼がジゼルのオーク顔を見たことがあるような物言いをしていたからだ。
「あなたは相当な外見至上主義のようですね。だから幼い頃のジゼル様の可憐なお姿に一目惚れをして勢いで求婚し、勢いで解消した」
オーク顔になった途端、ジゼルを振ったのはジークハルトが面食いだったから。
その証拠は先ほどの発言からも見て取れる。
ジークハルトは肯定するように話を続けた。
「姫の呪いが解けていたら結婚しようと思って来たんだ。ヘンリクや父上には行くのを止められたけどね。まあ結局、期待外れだったよ。醜いオーク顔でなければ、好みの顔だから結婚してやったけど。あれのままでは私の目が腐ってしまう」
ジークハルトはやれやれと肩を竦めてみせる。
(あなたの目は既に腐っていますよ)
イーサンは心の中で言い返した。
ジークハルトは知らない。たった六歳の少女が自分の過酷な運命を受け入れた上で、どう明るく生きるか模索していたなんて。
(もともと私が護衛騎士になったのは、国王陛下と王宮騎士団長に頼まれて断れなかったから)
辺境の地にあるロシュ家は他の貴族とは違い、魔法使いの末裔だ。
代替わりが進むにつれて魔力はなくなり、魔法は使えなくなってしまった。
しかし、国王は自らの足でロシュ家を訪れ、一縷の望みをかけて力を貸して欲しいと頼んできた。
次期当主のイーサンは辺境地を離れるわけにはいかなかったが、期限付きという条件でジゼルの護衛騎士になった。
最初は同情から側仕えしているだけだった。しかし、ジゼルの側に居てその考えは一変した。
離れでひっそりと暮らしてはいるものの、ジゼルはいつも溌剌としているし、姫であることを鼻にかけず皆に平等に接している姿に好感を覚えた。そんな姿に、イーサンはいつの間にか心を奪われ、気づけば好きになっていた。
とはいえ、彼女は王国の姫君だ。『好き』を伝えるのもおこがましいし、伝えたら彼女の呪いが発動して不幸にしてしまう。
したがって、イーサンは時間が許す限りジゼルの側にいようと決意した。父であるロシュ辺境伯から戻ってくるよう催促の手紙が頻繁に届くようになっても無視を貫いた。
だが、それも今日で終わりのようだ。
「ジークハルト殿下には感謝しています。あなたが諦めてくれたおかげで、私はジゼル様と結婚できるのですから。これで返事を書いていなかった父へも報告ができます」
ジークハルトがジゼルの悪評を広めてくれた結果、自分と結ばれた。本来ならば、どこかの国の王子と政略結婚していただろう。その点に関しては感謝しかない。
ジークハルトは眉を上げる。
「君は相当勇気があるな。いくら姫とはいっても俺には無理だ」
「ジゼル様が姫だから結婚するのではありません」
「蓼食う虫も好き好きか……。まあとにかく、おめでとうと言っておこう。だが、その結婚式に俺は参加したくない。招待状が届いた暁には、今度こそ弟を寄越そう。約束する」
「ええ、その方が殿下の身のためです。あなたのような高貴な汚物にお見せするわけにはいきません。後悔しますから、絶対出席なさいませんように」
約束は違えないというように力強く頷くジークハルト。
(私の大事なジゼル様を、あなたの視界に入れなくて済むのなら嬉しい限りです)
イーサンは純白のドレスに身を包む美しいジゼルを想像して、にっこりと微笑んだ。
最初はカエルにするつもりがいつの間にかオーク顔設定に…。
最後までお読みいただきありがとうございます!
ブクマや★は励みになるので、何卒応援をよろしくお願いします。




