(2)
俺は改めてエルミナを見る。鮮やかな赤毛のロングヘアを編み込んだツインテール。金色の瞳は知性的で鋭い光を湛えている。貴族令嬢特有の優雅な仕草の中にどこか凛とした気品が漂っていた。
「まずは基本的なことを聞こう。君は剣を振ったことがあるか?」
「いいえ、剣は持ったこともありません」
キッパリと答えるエルミナ。
「魔法だけか?」
「そうです。杖術は少し嗜んでいます」
「料理や洗濯は?」
少し顔をしかめる彼女。
「家政婦が全てやってくれていましたので……。ですが簡単なことは覚えられます!」
「野営の経験は?」
「ありません」
エルミナは少し恥ずかしそうに俯いた。
「火起こし、水汲み、獣の解体もやったことがないんだな」
「そうですね……。でも覚えます! 必要なことですよね?」
彼女の目の輝きが増す。
「ダンジョンに潜ったことは?」
「一度だけ見学に同行しました。でも下層までは降りていません」
俺はゆっくりと頷く。大体わかった。思った通り彼女は戦闘以外の基礎的な生存技術をほとんど持っていない。
「冒険者が通常どんな仕事をしているか知っているか?」
「冒険者ギルドから依頼、モンスターを討伐しての素材回収、迷宮探索での宝物発見。そういうことですわよね?」
エルミナは自信ありげに答える。まあそうだな。だが知っているのと実際やるのとは大違いだぞ。
「では、実際に冒険者ギルドで依頼を受けてもらうか」
「えっ? 今からですか?」
驚くエルミナ。俺は淡々と続ける。
「そうだ。君はまだソロだ。君の一人の力量で達成できそうな依頼を受けてみてくれ」
「はい……わかりました」
少し不安そうな表情を見せるも、すぐに背筋を伸ばすエルミナ。
「よし、ギルドに行こう」
俺は立ち上がり、扉へと向かう。その後ろを小走りで追いかけるエルミナの足音がやけに軽快に聞こえた。
ーーー
ギルドの掲示板の前で二人は立ち止まる。
「どれにする?」
俺の問いかけにエルミナは真剣な眼差しで依頼票を見つめる。
「そうですね……この『ゴブリン討伐』はどうでしょうか?目的は街道の安全確保ですね」
エルミナは、そう言いながら一枚の依頼票を指差す。初心者向けの定番任務だ。報酬も控えめだが安定している。
「ふむ……まあいいだろう。やってみろ」
「はい! セイン様、見守っていてください!」
胸を張って答える彼女だが……。依頼を受ける手続きを済ませると、二人は王都を出てすぐの草原へと向かった。目的地は『灰色の谷』と呼ばれる地域。ここでゴブリンの目撃情報が寄せられているらしい。討伐目標は5匹。やり方さえ間違わなければソロでも十分討伐可能な数だ。そう、やり方さえ間違わなければな。
「ゴブリンいませんね……」
「そうだな」
「もう少し奥の方に行った方が良いのでしょうか?」
彼女は焦り始めている。まぁ当たり前だな。ゴブリンを倒さない限り依頼達成は出来ない。そもそもゴブリンを探すことができていないのだから。
「君ならどうする?」
セインは立ち止まり、エルミナに問いかける。
「えっ……?」
「ゴブリンを探すにはどうするのが良いのかね?」
エルミナは戸惑いながらも答えを探しているようだ。
「えっと……ゴブリンは洞窟や廃墟を好むんですよね?だからそういった場所を探せばいいのでは?」
俺は首を横に振る。
「確かにその通りだが……君は魔術師だ。他に方法はないのか?」
「え?」
まだよくわからないみたいだ。
「【探索】の魔法は使えないのか?」
「え?でもあれは?味方を見つけるための魔法じゃないんですか?」
驚きを隠せないといった表情をするエルミナ。俺は呆れ顔で続ける。
「俺だって使えるぞ」
「え……?セイン様は魔術師なのですか?」
「違う。魔術師じゃなくても、一部の魔法は他の【職】でも使えるんだ」
エルミナは目を丸くして驚く。
「そ、そうなんですか……」
「【探索】は相手が生物であれば使用できる。別に敵探すことだってできるし、アイテムの捜索にも使える。応用次第だぞ」
「そ、そうなんですね……」
エルミナは、ポカンとしている。魔法学園の学生にありがちだな。応用がまだまだだ。まぁいい。続けようか。
「ほら、やってみろ」
「は、はい!」
エルミナは杖を構え呪文を唱える。
「【探索】」
すると彼女の杖先から青白い光が広がり、周囲に放たれる。しばらくして光が収束すると彼女の顔がパッと明るくなった。
「いました! 北東に200メートルほど行ったところに集団がいます!」
エルミナは興奮した様子で指差す。どうやら【探索】はうまくいったようだな。
「よし、じゃあ行こうか」
エルミナは張り切った様子で指示された方向へと駆け出して行った。その後姿を見ながら俺は呟いた。
「さて……どうなることやら」
ーーー
エルミナの誘導に従い北東に進むこと約10分。鬱蒼とした林の中、苔むした岩肌にぽっかりと開いた洞窟が見えてきた。入り口付近には確かに小さな足跡が多数残っている。ゴブリンの住処で間違いなさそうだ。
「あの洞窟に隠れているみたいです」
「ああ、気配がするな。数は五体……情報通りだな」
「は、はい……」
「なんだ怖気づいたのか?」
「いえ!やります!やってみせます!」
彼女は背筋を伸ばし杖を握りしめた。
「魔導師の力を……見せてあげますわ!」
エルミナは洞窟入口から20メートルほどの距離に陣取ると詠唱を開始した。杖先に青白い魔力が螺旋状に収束していく。その集中力は本物だ。彼女の周りには微弱な風が渦巻いている。
「氷結の刃よ 飛翔せよ! 【氷弾連射】!」
三連続で放たれた氷の槍が、洞窟から様子を伺っていた小柄な緑肌の影──3体のゴブリン──に命中した。甲高い悲鳴と共に血飛沫があがる。2体は即死。もう1体は腹部を貫かれ動きを止めた。
「よし!……残りは……?」
エルミナが得意気に呟くその刹那──
「ギギャッ!!」
洞窟の奥から狂ったような叫び声と共に棍棒を振りかぶった二体が飛び出してきた! 伏兵を潜ませていたのだ。
「しまっ──!?」
エルミナの防御が一瞬遅れる。間髪入れず振り下ろされた棍棒が彼女の肩を掠め、衝撃で体勢が崩れた。防具もない布地の制服は容易く裂け血が滲む。
「くっ……!」
痛みに耐えながら後退するエルミナ。
「【炎掌】!」
咄嗟に掌底から放たれた灼熱の波動が一体のゴブリンを吹き飛ばす。しかし──
「ギゲェ!」
最後の一体が凶暴な目で獲物を捉え、跳躍した!
「──間に合わない!」
エルミナが杖を翳すも呪文構築は間に合わない。鋭い牙を剥き出しにしたゴブリンが彼女の喉元めがけて迫る。
「きゃあっ!」
金切り声を上げるエルミナ。まさに牙が皮膚を抉る寸前──
「【流動障壁】!!」
突然、地面から噴き上がる水流の盾がゴブリンの顎を受け止めた。反動で宙を舞った小鬼の体を、すかさず飛来した短剣が正確に心臓を貫く。
「……え?」
膝をつき愕然とするエルミナの前に、悠然と立つセインの姿があった。投擲した短剣を手に戻しながら涼しい顔をしている。
「終わったな」
セインは地面に転がったゴブリンの死骸を見下ろし呟いた。
「あ……わ、私は……」
「見ての通りだ」
セインは腕を組み厳しい表情でエルミナを見据える。
「これが冒険者だ。君が理想とする『力』を求める世界だ」
エルミナの顔が青ざめる。制服は泥と血で汚れ、裂けた袖からは生々しい擦過傷が覗いている。腕が震え、杖を持つ手も小刻みに揺れていた。
「敵の待ち伏せを警戒することも無く……魔法詠唱中に死角からの接近にも気づかず……たった5体の下級魔物に死にかけるとは……」
セインの言葉は容赦なかった。洞窟内には未だ微かな息遣いが響いている。倒しきれなかった伏兵が潜んでいる可能性も完全には排除できない。
「これが現実だ。宮廷魔術師の仮想訓練や貴族令嬢の茶会とは違う」
エルミナは唇を噛み締め、やがて震える声で言った。
「……はい」
返事は小さかったが、確かな覚悟を秘めていた。彼女は血の滲む制服の袖を引き裂き簡易包帯を作る。そして地面に転がるゴブリンの耳をナイフで切り取った。討伐証明部位の回収──依頼達成の最低条件だ。
ふむ、討伐証明部位を自分で切りにいったところを見ると、まだ心は折れていないようだ。だが……。
「【眠り霧雲】は使えないのか?」
「え?」
「使えば、前に出ていた3体は全員眠らせることもできただろう」
【眠り霧雲】は範囲内の生物の意識を奪う。強制的に睡眠状態にする魔法だ。威力はそれほど高くないが、下級魔物にはかなり有効な魔法だ。特にゴブリンは魔法に弱い。魔法使いにとっては有利な相手だ。
「攻撃魔法を使うだけが魔法使いの役目じゃないぞ。【光撃】を使って目くらましをしたり、【沈黙の霧】を使って足音を消したり、逆に【騒音爆破】を使って大きな音を立てて誘導したり、初級魔法と呼ばれる魔法でも使い方次第なんだ」
俺の言葉にエルミナはハッとした表情を見せる。
「そ、そうですね……どうしても魔法使いと言えば攻撃魔法ばかり考えてしまうのですが……そうですね。応用する必要がありますわね」
「そうだな。魔法使いは前衛が敵の注意をひきつけている時に使うイメージがあるが、時には前衛を押し留めるために行動を阻害したり、隙を作ったりすることも重要なんだ。それを意識しておかないと、ただの火力馬鹿になってしまうぞ」
エルミナは神妙な面持ちで頷く。
「今後、冒険者を続けていくならパーティーを組むことになる。魔法使いは後衛の一番後ろにいることになる。一番戦況を見定められる位置なんだ」
「後衛……戦況……ですか」
「そうだ。魔法使いはパーティーの司令塔なんだ。自分のありとあらゆる知識や魔法を使い、パーティーを有利な状態で戦えるようにする。パーティーメンバーに適切な指示を出す。それが冒険者に求められる魔法使いだ」
「……分かりました」
「エルミナが考える『最強』の魔法使いとは違ったか?」
「いえ、そんなことはありません。ただ……自分が分かっていなかっただけです」
「そうか……」
これで彼女の心境が変わってくれると良いんだが。
「よし、じゃあ今日はこれで帰ろう。ちょっと無茶させてしまったし」
「え?無茶ですか?」
「ああ、【探索】の魔法を使っただろ?あれは相手の位置がわかるが、相手にも自分たちが発見されているという情報も同時に与えてしまうんだ」
「え?そうなんですか!?」
「ああ。あの魔法を使うということは、自分はここにいるぞという合図みたいなものだ。だからこそ普通は、レンジャーや盗賊の【職】が索敵するんだよ。彼らのスキルで索敵すれば、自分たちの位置情報は与えなくていいからね」
「なるほど……」
「まあ今回の件は良い勉強になっただろう。冒険者を続けて行く中で必要なのは知識だ。それがないと今回のように戦闘中で不利になることもある」
「確かに……魔法学園では得られない経験です」
エルミナは真剣な面持ちで俺の言葉を聞いていた。
「さて帰ろうか」
「はい」
そうして帰路につく。帰り道のエルミナは終始黙り込んでいた。ただひたすら前を見て歩いていた。




