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新米冒険者育成計画~レベル1からの導き手~  作者: あどん


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(1)

王都アウラニアの冒険者ギルドの一室。かつては埃っぽい古書庫だったその場所は、今や「銀翼の巣」と呼ばれる育成施設へと生まれ変わっていた。木製の扉には燐光を帯びた青い鳥の紋章が刻まれており、室内に入ると壁一面に張られた地図やモンスター分布図がまず目に飛び込んでくる。古めかしい机には数多くのメモ帳が山積みとなり、隅には傷だらけの模擬武器が整然と並ぶ。奥の窓からは冒険者通りを行き交う人々の賑やかな声が遠く聞こえていた。


部屋の主はセイン・ウォード。二十歳を超えた彼の姿は、かつての少年の面影を残しながらも逞しさを備えた青年となっていた。短く刈り込まれた亜麻色の髪に鋭い眼差し。腰には実用的だが装飾のない短剣が吊るされている。


「四人パーティーの連携は完璧です。攻撃時の位置取り、弱点への集中攻撃、回復タイミング──全て規定水準を超えています」


女性の声が静寂を破る。声の主はセインの背後に立つ銀髪の女性ソフィアだ。彼女は「銀翼の巣」で教官補佐を務める元冒険者。冒険者ギルドの職員でもある。彼女の査定をクリアしない限り「卒業」はない。


セインは頷き、目の前に直立不動で立つ四人の若者を見据えた。


「君たちの最終試験を認定しよう」


セインの言葉に四人の顔がぱっと明るくなる。


「【銀翼の巣】第52期訓練生パーティー『蒼狼団』──合格だ」


歓声が上がった。新米冒険者のアッシュが拳を突き上げ、盾を構えるカルマが感涙を堪えながら肩を震わせる。短剣使いのリーシャと回復術師のナタリーも抱き合って喜びを分かち合っている。


「さて、最終確認だ。今後、俺は君たちのパーティーから離れる。つまり【経験値増加エクス・ブースト】スキルの効果はなくなる」

「ああ、わかっているわ。これからは今までよりレベルが上がらなくなるということでしょ?」


リーシャが真剣な表情で答える。


「そうだ。逆に言えば、ここまでの急激な成長速度自体が異常だっただけだ。本来のペースを取り戻すだけのこと」


セインの言葉に一同が納得したように頷く。


「俺には苦い思い出があるんだ。【経験値増加エクス・ブースト】スキルでレベルだけ上がったパーティーがあった。レベルが上がったことに舞い上がった彼らは自信過剰になり、中層ダンジョンに挑み……全滅した」


セインの声が低くなるにつれ、部屋の空気が凍りついたように感じられた。


「適正レベルだった。しかし彼らには冒険者として経験が不足していたんだ」


セインは語気を強めた。


「知識がない。判断力がない。連携もない。戦闘センスは身体を動かして初めて養われるものだ」


四人が背筋を伸ばす。


「君たちは違う。確かな知識と判断力を身につけた。仲間との信頼関係も築けた。心で戦えるようになった」


セインは懐から4枚の金属プレートを取り出した。プレートには銀翼の巣のシンボルが刻まれている。それを握手をしながら一枚づつ渡していく。


「このプレートを持ち、各地の冒険者ギルド支部で提示するがいい。君たちの修行の証として受け入れられよう」


受け取ったプレートを握りしめながらナタリーが問いかけた。


「先生……やっぱり私、先生と一緒に冒険したいです!!」


そう言うと、隣で聞いていたリーシャも「私も私も!」と言った。カルマも無言で頷いている。


「言っただろ。俺はこれ以上強くなれないんだ」


経験統御者エクスペリエンスドミネーター】という特殊な【ロール】ゆえなのかセイン自身のレベル10で止まっている。レベル3までは一瞬だった。それがレベル4、5を進むにつれて加速的に成長スピードが鈍化していったのだ。もしかしたらレベル10の先があるかもしれない。しかし、それはより多くの経験値を必要とするはずだ。さらにレベルアップに時間が掛かるのだろう。


「そ、それでも先生なら、先生なら!」

「そう言ってくれるのは嬉しいがな。過去にもそう言ってくれたパーティーはいたんだ。だが【経験値増加エクス・ブースト】のせいでレベル差はどんどん広がっていく。そうなると確実に俺はお荷物になっていくんだ」


A級冒険者クラスになるとレベル80や90の世界だ。そこは知識や経験、判断力だけでは到達できない世界だ。


「わかった……先生には感謝してる。私たちがもっと上に行ってみせるよ」

「ああ、お前たちならA級冒険者を目指せるさ」


セインは笑みを浮かべた。C級冒険者になれば安定した生活ができると言われている。A級ともなれば国家騎士と同等の扱いだ。一攫千金も夢じゃない。


「さぁ行け、銀翼の下で羽ばたくが良い」


四人の瞳が揺れている。それぞれが決意を新たにし、銀翼の巣を去って行く背中を見送るセイン。その横顔には達成感と一抹の寂しさが浮かんでいた。そして部屋には再び静寂が訪れた。



ーーー



「やれやれ……」


俺は深く息を吐き出し、窓際へと歩み寄った。硝子越しに見える夕暮れの街並みが橙色に染まり始めている。四人の新人冒険者の姿はもう見えない。彼らがこの先どんな冒険を重ねていくのか想像するだけで胸が熱くなった。


机の上に乱雑に積まれた書類の山をぼんやりと眺める。最初は孤児院の片隅を借りて始めたこの事業。誰にも相手にされない【経験統御者エクスペリエンスドミネーター】の能力を無駄にするまいと始めた小さな試みだった。


(まさかここまで大きくなるとはな……)


銀翼の巣は今や王都屈指の育成機関となり、ギルドから正式な委託業務まで任されるようになった。


「寂しくなりますね」


背後からソフィアの柔らかな声が聞こえた。銀髪が夕陽を反射し微かに輝いている。


セインは振り返り苦笑した。


「彼らが卒業してくれなきゃ。ギルドから報酬が支払われんからな」


冗談めかして言うとソフィアはクスリと笑い返した。


「卒業した冒険者からの『仕送り』だけでも生活できますのに」


卒業したメンバーから3年間は報酬の1割を送ることになっている。これを俺らは『仕送り』と呼んでいる。卒業したての彼らが羽目を外しすぎないようにするための処置だったのだが、3年経っても止めずに送ってくれるメンバーも多いのだ。


「次の依頼はあるのか?」

「候補は何人かいますが、今のところはありません」

「そうか。では少し休むかな」


最近ずっと『蒼狼団』の育成にかかりっきりだった。しばらく休んでもバチは当たらないだろう。俺は大きく伸びをすると冒険者ギルドに併設してある酒場へと向かった。



ーーー



「月光亭」――そこは冒険者ギルドの建物に隣接する老舗の酒場だ。店内にはすでに何人かの冒険者が集まっており、テーブルを囲んで明日の討伐計画や魔物情報を交換している。俺はカウンターに座りビールを注文した。その時。


──突然、扉が勢いよく開いた。


「失礼します!」


鋭い声とともに現れたのは紅髪の少女だった。瞳には強い意志の光が宿り、制服の上着の裾を翻しながら小走りに近づいてくる。


「王立魔法学園三年生のエルミナ・スプリアと申します。あなたがセイン様ですね!」


凛とした声音で自己紹介を済ませると胸を張る。


「俺がセインだが……学園生が何の用だ?」

「あなたに弟子入りさせていただきたいのです」


突然の申し出に、店内が一瞬静まり返った。その沈黙を破るように別の男の声が飛んだ。


「おいおい嬢ちゃん。ここは遊び場じゃねぇぜ」

「そうですよ。魔法学園のお嬢さんが冒険者になるなんて──」


酔った冒険者たちが口々に嘲る中、エルミナは凛とした態度を崩さない。胸を張り堂々と言い放った。


「私は最強の魔導師を目指しています。そのためには理論だけでは足りません。実戦での経験が必要なのです!」


セインは少女の目を見据えた。それなりの覚悟を持ってここに来ているように見える。


「魔法学園を卒業してからでもいいんじゃないか? そっちの方が堅実だろう」

「時間を無駄にできません! 学園の授業だけでは限界があります。私の家は代々最強の魔導師を輩出してきました。その名誉を守るためには──」


セインは内心ため息をつく。確かに彼女の意志は固そうだ。


「わかった。とりあえず話を聞くが……」


そう言いつつ、頼んでいたビールが来たのを確認する


「明日にしてくれないか?今日は一杯やりたい気分なんだ」


そう言うと、渋々少女は承諾した。


「分かりました……明日また来ます」


去っていく少女を見送り、セインはグラスを傾けた。ビールの苦味が喉を潤す。


(魔法学園の学生か。ソフィア頼んで詳細を調べてもらおうか)


新たな波乱の予感を感じつつ、セインは静かにグラスを掲げた。



ーーー



エルミナ・スプリア。王都アウラニアでも名の知れた貴族スプリア家の出身。祖先は賢者と称された魔導師だと言う。子供の頃から才能を発揮し、英才教育受けてきた。魔法学園の入試では首席。現在三年生だが、既に四年生の課程を履修済み。同学年ではトップ10に入る成績優秀者。


「冒険者にならなくても引く手あまただろう」

「ええ、宮廷魔術師に、魔法研究機関、商業ギルド、縁談の話も複数来ているようです」


ソフィアは淡々と報告する。相当な逸材であるのは間違いないようだ。


「彼女の【ロール】は?」

魔導師アークメイジです」


珍しい【ロール】ではない。冒険者にも比較的多い【ロール】の一つだが、いろんな職業で活躍できる多様性の高い【ロール】なのだ。


「魔導師として実力もあり、学校でも優等生。何故、こんな所に来る必要があるのだろうか?」


冒険者は確かに夢がある職業ではある。一攫千金も夢ではない。A級ともなれば社会的地位も高い。しかし、それはごく一部。冒険者の多くは中堅以下のBランク。一生C級冒険者の範疇で終わることが多いのだ。そして冒険者であれば常に命の危険が伴う。華やかさもあるが、同じくらい陰りがあるのも冒険者というものだ。華やかさだけならば冒険者にならなくても魔法学園卒の経歴があればいくらでも選択肢はある。優等生であるのであれば尚更だ。


「家族は何て言っているんだ?」

「表向きは自由にさせておりますが……。ご存知のようにスプリア家は最強の魔導師を輩出してきた家系。その伝統を守るためにも、跡継ぎ問題も含めて色々難しい部分もあるようです」


確かに名家の子というのは家のために進路を選ぶのが普通だ。自ら選んだということは何か理由があるのだろうか。


「それで何で冒険者になりたいんだ?」

「それは……きっと彼女自身に聞いてみないと分からないでしょう」


ソフィアは、肩をすくめた。


「まぁいい。今日来る予定だったな」

「はい。昼過ぎにここに来ると」


そう言うと、扉がノックされた。どうやら来たようだ。


「ちょうどいい。通してくれ」


扉を開けて入ってきたエルミナ。昨日と同じ制服姿だった。


「お邪魔します」


エルミナは丁寧に挨拶をする。セインは席を勧め、彼女は促されるままに椅子に座った。


「今日はゆっくり話を聞こう。単刀直入に聞きたいのだが……」


俺は一呼吸置いて切り出す。


「冒険者になろうと思うのはなぜだ?」


俺が質問するとエルミナは少し間を置き答えた。


「スプリア家は代々高名な魔導師を輩出しています。ですが……姉の【ロール】は魔道具開発師マスターアーティザン。妹は占星術師スターライトセージ……どちらも文官向きの【ロール】です。対して私は魔導師。実戦的な【ロール】です」


彼女の眉間に微かに皺が寄る。


「父や兄たちはいつも『スプリアの血が薄まった』などと言って嘆いています。彼らは血筋の純潔こそが重要なのだと……。特に父は伝統を重視する保守派ですから」


エルミナの拳が膝の上で小さく震えている。


「私には力がある。理論だけでは届かない境地があると信じています。実際に命を賭ける現場でのみ磨かれる感覚……それがなければ本当の強さは掴めないと」


熱っぽく語るエルミナは、これこそが自分の答えだという質問をしてきた。


「宮廷魔術師と冒険者、『最強』の称号を得るとしたらどちらでしょうか?」


冒険者は命を懸けて様々な難敵と戦い、それを乗り越えて行く。それはレベルにも反映される。宮廷魔術師はレベル20前後で頭打ちとなることが多い。しかし、冒険者であればレベル50、60も珍しくない。上級冒険者になればレベル80超える者もいる。


「そりゃあ、冒険者だな。宮廷魔術師には危険な魔物と戦うような仕事はないからな」

「その通りです。宮廷魔術師は政治的配慮で『最強』の肩書きが与えられることがあります。ですが冒険者は純粋に実力のみが評価されます」


エルミナの目が真摯に光る。


「私は確かな力が欲しい。それがスプリアの誇りだと証明したいのです」


彼女の想いは理解できる。しかし……。


「魔法学園を卒業してからでも遅くはないだろう。何も学生を辞める必要はないと俺は思うんだが」


エルミナはこちらをしっかりと見据えていう。


「卒業まであと一年半ありますが……私は四年生の課程を履修済みですし、学業はすでに終了しております」


彼女は少し唇を噛み、続ける。


「それに……私はすでに大人です。自分で決断できます」


どうやら本気のようだ。


「分かった。俺も鬼じゃない。しかし、このまま卒業すればきっと王宮勤めだろう。あるいは名門の研究機関への就職が待っている。それでも冒険者になりたいのか?」


セインは正面から見据える。


「はい! それが私の望みです」


エルミナの眼差しは揺るぎない。


「わかった。だが、まずはお試しだ。その間に冒険者として続けられるか確かめてみよう」


そう言うと彼女は喜色満面で立ち上がった。


「ありがとうございます! セイン様!」


その勢いに思わず笑みが零れる。冒険者は貴族のお嬢様が思い描くほど甘い世界ではない。現実を見せてやればすぐに諦めるだろうと思っていた。

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