第8話 その結果
そこからは、少年に取って作業のようだった。最低限、三人まとめて掛かってくるものの、襲い方は大して変わらない。気を遣うだけだった。
一度だけ、剣や槍の気配も無しに矢が飛んできたのは、少年を硬直させるに値したけれど、それでも、それくらいだった。
(にしたって……どこまで続くんだ? ここ)
途中、何度も足を止めたものの、既に二時間近く走っていた少年。滝の流れから考えて、こちらが村の方角だと検討をつけて来たようだが、景色は何も変わらない。
(水人形が追い付く時間も長くはなってるし、距離は離れてるハズなんだけどなぁ……)
水人形が少年のいる地点まで辿り着くのは、今ではもう30分近く掛かるだろう。完全に迷子な広い森の中で少年は不安な気持ちが芽生えていた。
(俺ってどうやって帰るんだろ……。見えなくても俺の位置は把握してそうだけど、来てくれるのかな……?)
「終わり」
「うおっ、危なっ!」
突如、少年の数メートル前方に少女が現れる。全力疾走とは言えないものの、かなりの速さで走っていたため、止まったのは本当に直前だった。
「あ……」
数歩離れるように下がると、少女の背後に見えるのは大きな滝。自分がここに来る時と同様、不思議な力で移動させられたようだ。
(本当に……これで終わりなのか?)
開始前に自分が感じた緊迫感を思い出す。そうすると、少女の言葉にも疑いたくなってしまった。
「何やら構えているようだけど、これで終わり。疲れているでしょ。剣はここで預かる。もう帰って休むと良い」
少年の思いとは裏腹に、少女は再度、訓練の終わりを告げる。
「本当……なんだな、そうか……。ていうか、水人形、弱すぎやしないか? あれなら何時もの訓練の方が張り合いがあったと思うんだが」
妙な心のモヤモヤから少女に疑問をぶつける少年。
身体能力の高さに少々ピンチにはなったものの、彼処から打つ手など、いくらでも思い付いた。少なくとも、事前の想像よりは遥かに弱く、死を感じさせる物ではなかった。
「……この訓練で君に経験して欲しかったのは、完全な敗北ではなく疲れ。継続戦闘からくる、肉体、精神的な疲れ。あえて言わずにはいたけど、ほら」
気づいた途端、腰が崩れる。
いつの間にか、ついていた体力。無尽蔵にも思えるそれは、少年に取って根源的な自信だった。それでも、3時間というのは長く、少年の思い込みによって、無尽蔵のように感じられていただけだった。
「君はこの一年、筋肉的な限界はあれど、疲労に倒れることは無かった。だから、一度くらい丁度良い機会だと思ってね」
少女は、やや満足げな顔をして少年を見下ろす。
「はは、じゃあ……勝手に一年の節目の大きな訓練だと考えてたのは、俺の思い込みだったんだな……」
「ううん。全体的な君の能力も確認できたし、これが、今後の訓練計画に影響する。節目として扱うのは、あながち間違いではない」
「そー言われてもな」
少年に取って、ここで回答に罰点ではなく、三角をつけられても正直言って何か変わるものではなかった。
「……今までの一年、君はよく頑張った。この調子なら、君は予定の通り完成する。私がそう導く。だから、これからも止まらずに、ね?」
色々と疲れ果てた1日だったが、この言葉は少年に取って大きな癒しとなった。
「ああ、まあな」
少年は立ち上がりながら、そう返す。そしてそのまま背を向ける。
「じゃあな」




