第38話 目覚め
(ここは……どこだ?)
眼球を動かして、周囲を見渡す。タイタンと戦い倒しきったというところで、体の一部に頭をぶつけたのは覚えている。その時に怪我をしたと思うが、不思議と痛みは無いし、感覚も普段通り。
それでも、少年は浮かぶような感覚に体を動かせずにいた。正確に言うと、動かしたくなかった。
「あー起きたみたいだけど、大丈夫そうかな? 一応、怪我は回復魔法で治したらしいけど」
「んあ、それは大丈夫だ。それよりフィーリー、だよな。無事だったのか、てっきり目を離したうちに吹き飛ばされたのかと」
深緑の髪に変な癖はついていないし、服も街の人が普段着るくらいには清潔になっている。そんな違いがあれど顔や雰囲気が同じだ、奴隷の女フィーリーだろう。
「そもそもタイタンとは戦ってないからねー。ま、事情は後で話すとして、まずはお目覚めモードから切り替えてよ。あ、良いものあるからさ、ちょっと待ってて」
そう言ってフィーリーは部屋から出ていく。それを追って体を起き上がらせることで、漸く部屋の全貌が見えてくる。
「豪華だなー」
夜なのだろうか、窓はカーテンで覆われていて光が差し込む様子は微塵もない。それでも、壁に掛けられている何本ものロウソクにより、明るさは保たれている。
ロウソク以外にも、彫刻の入ったタンスや透明に近い色の水差しなど、明らかに高そうなものばかりだった。
(俺が寝てる部屋ですらこれだ、もしかして貴族の家か? それともフィーリーがいるってことで豪商の家だったり?)
「んんー」
そうして気を紛らわせていたが、やっぱり気になってしまうのはタイタンと戦ったその後、自分の背後にいたミュンジョーの安否、他の生存者の有無、フィーリーが言うには何やら事情があるらしいし、それを知りたかった。
「はい、ちょっぴり待たせた。執事の奴が、早く準備しろーだってさ。君は重要な参考人だって言うのにね。もっと落ち着いて欲しいもんだよ、全く。じゃあこれ食べて、目覚めのティーとトースティーマフィンだよー」
それらの乗ったお盆を受けとるために、ベッドから身を乗り出したことで気づく。
「さっむ」
「わ、ワイルドだねー」
秋も終わりの隙間風を文字通り肌に感じる。それが意味することは一つ、少年は足に掛かるシーツ以外、何も身に纏っていなかった。
「と、とりあえず、食べるなりあそこの服を着るなり少しだけ自由にしててよ。10分後また来るから、その時には外を歩けるようにだけ、よろしくねっ! じゃ!」
「あ……あぁ分かった」
少年は絵画のモチーフにでもなりそうな体勢で、去っていくフィーリーの姿をただ呆然と見つめるだけだった。
「美味しいな」
少しでも暖まろうと、紅茶を口に含む。濃いめの味が、ジャムの乗ったマフィンを誘うが、我慢して服へと意識を向ける。
「そういや俺の服は……」
呟きながらも、タイタンの血を目一杯浴びた記憶を思い出し、きっと洗浄して乾かしてくれているのだろうと、前向きに考えることにした。
(心地は良いけど、なんかなぁ)
シンプルなシャツに袖を通して着衣を完了する。普段は着ることのない服の上質な肌触りを感じながらも、1ヶ月以上ほぼ纏い続けてきたマントが無いせいで、しっくりこない。
「あ、てか置いてきてるじゃんか!」
タイタン戦の前に邪魔になるからと取り外したのを思い出す。少女から貰った少年に取って大事な物の一つ。実利的にも丈夫で、刃や魔法にも大きな耐性を持つ物らしいし、回収されていることを願うばかりだった。
「さて、食うか」
椅子が無いためベッドに腰を掛けて、マフィンを手に取る。どのような服かも分からないし、食べ方には細心の注意を払う。
「旨かった」
あれから何時間も経っているだろうし、戦闘という運動もした。握り拳よりも大きかったが、数口で食べてしまった。
「あー、準備は良いかな。うん、良さそうだね。じゃあ会って色々と話をして貰いたい人がいるから、ついてきてよ」
食べてから数分間、感覚的には直前にあったタイタンとの戦いについて思い出していると、フィーリーがそう言って呼んできた。ゆっくりと扉を開けてきたのを見ると申し訳ない気持ちになる。
「それは良いが、誰なんだその人は」
扉へと向かいながら、単なる疑問をぶつける。ベッドの横にあった長剣も持っていくのは忘れない。
「この領都アウルンスベンの主にして、侯爵であらせられるアーノワール・ブレイン様だよー。だからその剣もできれば置いていって欲しいんだけどなー」




