第36話 諦めと逃亡
「ふむ、ミュンジョー数秒後には逃げますよ」
腕で這い、足で蹴るようにして騎士を追いかけコチラにやってくるジャイアントタイタンに対する、従者の意見はこれだった。
「次……次で仕留めるから!」
「一応言うが、逃げるにしろ戦うにしろ、もうすぐそこだ! 早く決めろ」
これまでよりも更に大きくなったように見えるタイタンに、自分の剣が、技術が通じるか分からない。それでも、まだ自分には勝機があるのではないかと、少年は選択を二人に任せてしまうほど迷っていた。
「とりあえず魔法、もう使えるだろ? 詠唱するならしてくれ。騎士がなんとか時間を稼いでるみたいだからな」
逃げる途中で4分の3以上の団員が失われたように見えるが、先頭を走っている十数名が、協力してタイタンの攻撃を防いでいる。
しかし、ミュンジョーを除く魔法使いは魔力が切れているようだし、バリスタは装填に時間が掛かる。ダメージと呼べる物は殆ど与えられていなかった。
「時間切れで……」
「次の魔法が効かなかったらね。ここから街まで逃げるかも分からないのだから……炎よ……」
ヲンヌが行動に移そうとした直前、詠唱が開始される。これまでとは少し違った言葉が紡がれるなか、一人また一人と騎士が吹き飛ばされていく。
(どうしようもねぇな……)
鍛えられた大人が持つ盾が数層に重なっている。それでも防ぎ切れないのに、自分が剣で参戦しても意味など無い、そう思ってしまった少年は動けない。
「貫くそれは一閃になりて……」
騎士が全滅直前まで追い込まれた時、詠唱が途切れる。ここに来て魔力切れか、と少年が横を見るとミュンジョーは指を突き刺すような体勢に移り……
「ライロンター!」
そう叫ぶと、指の先端から直線上に炎が飛び出てくる。数十mと爆発するように流れ続ける炎は、速やかにタイタンの頭から胴を通る線をなぞる。
「ガァ?」
もちろん、それに気付いたタイタンは攻撃の手を緩め、石の棍棒を間へと挟む。
「あ……」
少年は魔法でも無理かと、同じようにミュンジョーを見るが、当の本人は微笑むように先を見つめている。
「グガァ」
タイタンが疑問を含むような声を出した時、火の奔流は石棒を押し込み、ヒビを入れ、真っ二つに割る。
「行けるわ……!」
それを見たミュンジョーが歓喜の声を漏らす中、炎は突き進み、タイタンへと触れる。石棒が砕けるなら、タイタンすらも……そう皆が思った矢先
「え……?」
かき消されるように途切れる炎。確かに魔法は当たったハズ、理由は分からない。それでも効いていないのは事実だった。
「逃げますよ」
ヲンヌがミュンジョーを抱き抱えて後ろへと一歩踏み出す。それを見た数名の指揮官や魔法使いも同様の行動を。
「あ、なあ……」
谷へと体が向きつつある少年は、逃げる事にあと一歩踏み出せない。時間稼ぎか生存か、とにかくまだ戦っている騎士が数名残っている。
その迷いから生まれた数秒が少年を救う。
「グガァ? ……ガー!」
少し奥に逃走者がいる。それはもう谷へと侵入している、止めなければ。
タイタンはその根元的な本能に従って行動に移す。もはや棒ではない石の塊を素早い動きで順に投げ飛ばす。
「なっ……は!!」
2つの玉が壁にぶつかる。轟音と共に壁が崩れ落ちてくるその最中、ヲンヌは抱えている主を岩の雨から逃すように振り投げる。
(ってマジかよ!!)
投げられたミュンジョーを追うように見ていた少年は、彼女のいるところはまだ危ないと判断し、急いで引きづる。
「あ、ヲンヌ……?」
岩の山を見ながら呟くミュンジョーの、落石によって怪我したであろう足を視界に納めながら、周囲をぐるりと見回す。
「こりゃどうするか……」
岩の山は少しばかり時間を掛ければ登って渡れそうだが、そんな時間は無いしタイタンはすぐに追い付いてくる。ましてや、彼女を背負っていくなんて無理だ。
高地に囲まれたこの地を抜けるための道はもちろん他にも沢山ある。しかしそれらがあるのは、円形の真反対だったりそれに近いところ。
「ふっ」
結局分かったのはタイタンと戦う必要があること。
少年は、もう眼前とも言えるほど近くにやってきていたタイタンへと剣を構える。
「ガァ……」
少年が戦っていた時よりも、遥かに機敏に振り上げられた拳は彼自身、避けられる気がしない。そもそも避けたところで、背後に座る彼女が潰されるだけ、それは見たくなかった。
(思ったより早かったな……)
まだ最初の関門だと思っていたこの地で、旅の終わりが見えてきた。故郷の森の少女へと後ろめたい気持ちを募らせながら、剣を振り上げる。
「ガラァァ!!!」
破城槌のような勢いの拳に合わせて剣を下ろす。
「は……?」
その2つが激突した瞬間、少年の目の前では本人すらも理解しがたい光景が起こっていた。




