第22話 ダングジジイの腕相撲
(どう対処するか……)
親切心を無下に扱う訳にもいかないため、依頼書に手を掛けた状態で少し止まる。それでも引く訳にはいかないため、出来る限り正直に答えることにした。
「心配してくれてるのは分かる。でも、これを受けないと俺の欲しい物が手に入らない。だから受けるんだ」
こう答えると、椅子に座ってこちらへと語ってくる歳のいった男は驚くような顔をした。
「何だぁ? 目的は金じゃねえのか。村から出てきたばっかだと思ってたけどよ、んゥ何か違うじゃねぇか。まあ坊主、こっちに来い。それを受けるってなら俺と腕相撲をしてからにして貰おうか」
「お、ダングジジイの腕相撲か?! おい、場所開けろ」
「坊主はここだっ!」
「はっ? えっ?!」
恒例行事か何かだろうか。
周りにいた何名かの冒険者が反応し、素早い動きで張り飛ばすようにして、少年をダングジジイと向かい合う形にする。
「さあ、坊主。片手出せ」
少年は抜け出せないかと周りを見るも、夕前の仕事から帰った冒険者達に囲まれていることに気づいて諦めた。
「……少なくとも、俺が勝ったら詫びはして貰うぞ」
慣れない状況に追い込まれた事でイラついた少年は、目の前の太い腕と、臆する事なく組み合う。
(ボロ負けして依頼を受けれないなんて事になったら大問題だしな……。全力だ……全力……)
少年も、単純な腕力では負けている事は見た目で分かるが、大事なのは力の使い方。それは剣と一緒だ。そう自分に言い聞かせながら、いつの間にかレフェリーとなっていた一人の冒険者の合図を待つ。
「初顔の少年とダングジジイ! 何時ものヤツだが、今回は何かが違うらしい!! それでも勝負は一瞬、目を離すなよ! よぉーうい、スタート!!」
「ふんぬっ!」
「ぐぅぅ!!」
まるで神の鉄槌のように、止まる事無く少年の腕を曲げていく太い腕。そのまま初動で決まってしまうかとも思われたが、辛うじて位置関係が変わったことにより、止まる。
「あと何ミリか!! それでも少年の腕はまだついていねぇぞ!! このまま終わってしまうのか、少年よ耐えろー!」
そんな実況の最中、少年は僅かにできた時間に、全力で思考していた。
(使っているのは、腕のココと此処だな!? 後は脚と胸、あれ、これ使っても良いんだっけか? くそ、分からん)
腕相撲なんて村にいた頃や、飯の席でしかやったことがない。正式なルールが何なのか、そもそも、それはあるのか。判断がつかない少年は、とりあえず全部、腕に力を伝えるため使う事にした。
「ぐぬぉぅ! やるなぁボウズゥ」
「ジジイ? の方がスゲェェ!! んだよ」
人体の仕組みや様々な物理法則については少女から数多く教えて貰っていた少年。自分の鍛えた肉体に加えてその知識をフル活用して挑んでいるのに、巻き返しきれない。
それは、ジジイの筋力が異常なことを示していた。
「まだ……まだ続く! この少年、見た目に反してダングジジイに腕力で並ぶのか!!」
この頃には、ギルドの外で飲んでいた冒険者も何人か見に集まっていた。
二人を中心に高まる熱狂と声援。しかしそれは、少年の耳には届かない。少年は心の奥で、静かに短期疲労と向き合っているのだ。
(そろそろ……限界だな……、もう十分なんじゃねぇか、これ)
諦めかける少年。しかしそう思った直後にある思いが灯る。
(この程度で負けて、俺は果たして魔王の誕生を止められるのか? 何としても、俺は勝たなきゃいけないんじゃ無いのか? 負けられない……負けられない)
疲労と混乱により、思考がおかしくなり始めていた少年は、一つの記憶に辿り着く。
(やるしかない!!)
遠い日、いつの間にか会わなくなった友人、亡くなってしまった親、そんな人達との数少ない思い出。完全に忘れていた物だが、手段を選べない少年は、そこで覚えた技を使う事にした。
「ガハッ! 何だぁ? その顔! ぬぅふっふ!」
その技……変顔。幼い時のように行ったそれは、ダングジジイに大きな笑いをもたらした。そして緩んだ筋繊維。産まれた隙を逃す少年ではない。
「負けろぉぉ!!」
優れた反射神経で、最後は力任せ。中心で競り合っていた両者の腕は、ダングジジイの方へと傾き、そのまま押し込まれた。
「ハァハァハー、勝ったぞぉー!」
上がらない腕を上げながら、叫ぶ。周囲も叫ぶ。
もはや何のために戦っていたのか思い出せない少年も、この結果には大いに満足していた。
「ガッハッハ! 最後の顔! 今思い出しても笑えるぜ。変なのに巻き込んで悪かった。こうして話すキッカケを作らねぇと、オメエみたいなバカが上位種と戦って死んじまうからな」
周りが酷くざわつく中、ダングジジイの声が響き渡る。
「けど、負けちまった訳だ!! 詫び代わりに今日は全員奢ってやる。さあ、食ってけテメェら!!」
「は……?」
「うぉぉ!! 初顔の少年、勝ってしまったぁぁ!! それにしてもダングジジイ、太っ腹だなぁ!!」
勝ったら“詫び”と言ったのは自分なのだ。それに、慣れないだけで、騒がしいのは嫌いではない、宿でも取って休みたかったが、こうなれば存分に乗っかる事にした。
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