第18話 待ち時間
「あ、あ!?」
シンプルながらにあり得ない。それが、とある槍使いの目の前で起こったことへの感想だった。
「これは……想定外に次ぐ想定外だね。まさか、もう終わるなんて」
「うひゃー! スッゴいね君。そのブレの無い繊細な動き、お姉ちゃんも真似したいもんだよー」
興奮しきったカリルは、シャドーボクシングのような動きを始める。
「瞳を超えても頭蓋骨があるハズですが……。上位種だから形が違う? それとも瞳から真っ直ぐに貫いた? とにかく、開いて……いえ、このまま持ち帰るというのも良いですね」
どんなに驚くべき状況であっても、熱は覚める。モンスの言葉に、一行は一見無傷の狼をどう運ぶかという段階に移っていく。
「まず、俺らだけで運ぶのは無理そうだが。こういう時ってどうするんだ? ギルドに依頼をする?」
少年は、頭から剣を引っこ抜きながらどうするのかを考える。長い時を過ごした大木を、そのまま倒したような太さ。引きずるならまだしも、切り崩さずに運ぶのは不可能と言うしかない。
「基本的にはそうだね……。ジャガン、一走りして来てくれるかい?」
「もちろん良いぜ。けど、俺が抜けて大丈夫か? こっちは一人でも大丈夫……そうか、少年がいたな。だったら問題ねーな!」
そうして槍だけ手に持ち、走り出して行った。
「僕は最低限の初期対応だけしてきます。あ、カリルさん、魔狼王を持ち上げたりするので、ちょっと手伝ってください」
「分かったよー」
(魔狼王というのか……)
モンスの作業を見ながら、自身が倒した敵の名を、心の中で噛み締める。そうしていると、丁度磨き終えられた魔狼王の額にある三本の角も王冠のように見えてきた。
「君があの場で殺れてなかったら、あれと戦う事になってたんだよね。復帰したばかりの身には流石に重そうだよ。急に動いたのには少しびっくりしたけど、ありがとうね」
「ああ、それは済まなかった。あの時は、こう殺ろうって思ったら止まらなくて……。一応、そっちの事も考えてはいたんだが」
「本当に気にしないでくれ。あれだけの技量があるなら、そりゃあ、するべきだったよ。にしたって本当に村から出たばかりなんだよね? 本当だとしても、どんな村何だろうなー」
リークは、少年がいるにも関わらず、空想の世界に浸り始めた。その顔をチラリと見たあと、少年は誰に言うでもなく
「……まあ、村自体は普通だったな」
そう口に出した。
意識した事により、思い出される少女との訓練。全方向から飛んでくる水の塊。それを落とさず当たらず突いていく。あの時は意味が良く分からなかったが、その時の身のこなしや精密性はあの一瞬にとても役立った。
数日にしてこれなのだ。これからの旅で更に分かってくるであろう少女の教えの凄さが、とても楽しみになった。
「やはり来たか……なあ?」
少し離れたところに、血の匂いに寄せられて来たのだろう、二匹の魔狼が見える。少年は、完全に油断しきった顔で何かを考えているリークを揺すり、戦闘態勢に移る。
「おっと、ごめん。久し振りだからか体力が落ちてきたかもなー。集中しなきゃだね」
「そうして貰えるとありがたい」
「……? とりあえず私が、あっちの相手するから、君は右側よろしくね。うー、頑張るぞ!」
流石に魔狼が近づいて来ているのもあって、モンスの手伝いから外れたカリル。おおよそ今日、最後の戦闘なだけあってか、かなりのやる気を見せている。
「グルゥァ!!」
そうして構えていると、魔狼が牙を見せながら突っ込んでくる。
「つぇぁあ!! ぐぅぅ」
初手で首を切り裂こうとするも、その爪と押し込むパワーによって防がれる。
(一撃で倒すのは、流石に難しいな……)
そう思う少年だが、防がれた剣で、爪を軽くいなす。そしてそのまま、最初にやろうとした通り、首に刃を通して戦いを終いにした。
「そっちは?! ……そう言えば、さっきも余裕だっだな」
少年はすぐにカリルへと視線を向けて声を掛けるが、最初と変わらず、余裕を持って仕留めるところだった。
「やぁっ!! ……ふう、終わりかな。お疲れ様」
「お疲れ様ー、僕いらなかったね」
「居てくれるだけで良いと思うぞ。リークの場合は」
戦いの後、そうやって労っていると、また遠くから物音がする。聞き慣れない音から、新手の敵かと警戒する少年達。しかし、よく目を凝らすと……
「あ、ジャガン達だ! おーい!」
ジャガンを先頭とした10人を越える冒険者と、それに担がれた大きい担架だった。




