第16話 迫る魔狼
「打ち合わせの通り、私とジャガンが先頭、二人が真ん中、君が一番後ろね。分かってると思うけど、前から襲われたら私達が対応するから、落ち着いて動いてね」
そろそろ街の範囲を出て森に入るところで、カリルが隊列を指示する。
「後ろは任せたぜ、少年! 最低限の腕があるのは動きを見てりゃあ分かるけど、気を抜いたら一網打尽だからな! 気を付けろよ」
「ああ、分かってるよ。普段通りいくさ」
少年は、この街に来るまでの三日間、森の中で何度も襲われていたため、突然敵がやってくる危険性は理解しているつもりだった。
「……いたぞ」
茂みを越えた先に魔狼が見える。今はまだ大丈夫だが、魔狼というのは鼻が利くらしい、気づかれるのも時間の問題だろう。
「あいつらは魔物だ、こっちに気づけばすぐに襲ってくるぜ。集中してろ」
パーティーメンバーなら分かりきっている事をジャガンが言うのは、初仕事の少年のためだった。張り詰めた空気が続く中、葉を踏むようなガサッという小さな物音がなる。
「っ! 来る、リーク頼んだ!!」
気づかれた瞬間、全員で背後のやや開けたところまで下がる。それが完了したと各々が思う頃には、少年の真横からぶつぶつとした声が聞こえてくる。
「……土よ! 我への障壁になりて!」
ハッキリと聞こえたリークの言葉、それと同時刻、茂みのこちら側に小さな魔法陣が生まれる。
「一匹掛かったな!? 行くぞ!」
「うん!」
三匹の魔狼が草むらを飛び越えて、こちらにやってくる。だが、一匹だけ、それが叶わなかった者がいた。
それは、魔法陣に向かってきた個体。さっきまでそこには何も無かったのに、気づいた時には小さな光が、眼前に迫った時には土の壁に。
その壁に激突した個体は、脳でも揺らされたのか、土煙舞う草の上で意識を失っていた。
「俺の出番は無さそうだな……」
少年は、始まった戦いを見つめながらも、そんな感想を既に抱き、呟いていた。
右側の一匹を担当する、大槍のジャガン。穂先で、魔狼の大きな爪や頭から生える角を確実に受け止めている。その重量で、叩き殺すのは時間の問題だろう。
左の一匹を担当するのはカリル。これを初めて見たものは驚くだろう。魔法のガントレットを着けているとは言え、その手その腕で魔狼と張り合っているのだから。繊細で素早い体の動きは、不安を感じさせながらも、余裕を見せつけているようだった。
少年はそんなプロの仕事に見とれながら、自分ならどうするかという思考に陥っていた。もちろん、背後の警戒も同時に行っていたが。
「てぇぃりゃ!!」
先に終わったのはカリルの方、予想外に積み重なるダメージにより、逃げ出そうとする魔狼へと決められた重い一撃。ボキッと骨が割れるほどの威力の秘密には、魔力を込めれば一時的に重くなるというガントレットの特殊効果もあるだろう。
それに追従するようにジャガンも、一歩下がりながらその手に持つ槍を大きく振り払う。遠心力により加速したそれは、魔狼の頭にクリーンヒット。木に、叩き付けられるようにして絶命していた。
「っとまあ、ざっとこんなもんかな? ……よっしょ」
もう一匹、気絶しているだけの魔狼に止めを刺しながら、自慢気に振り向いてくるカリル。それに答えるように少年は言葉を紡いでいく。
「ああ、本当に……凄かった。効率的で、リークの魔法もピッタリなタイミングで……魔法ってのはあそこまで自由なもんなんだな!」
村の長老、森の少女の使う物に次ぐ、三度目に見た魔法。もちろん話には聞いていたが、実際に見ると、格別に便利な物なんだなと実感する少年。
「僕も、小さい頃から訓練してるからね。魔法には結構自信があったんだ。そう言って貰えて嬉しいよ」
そう言って、微笑むリークの後ろから、にょっこりと出てきたモンス。彼は背負っている大きなカバンから幾つかの道具を取り出しながら言う。
「さて、ここからは僕の仕事ですね。戦闘では活躍出来ませんが、その分こちらで頑張らせて貰いますよ。さ、狼をこっちに持ってきて下さい」
「相変わらずスゲェぜお前! どうやったらそんな綺麗に剥がせるんだよ、皮」
「元から皆さんの仕留め方が良いんですよ」
モンスは、まだ滑りが残る魔狼の皮に、腐敗を遅らせる液を塗りながら、周りの褒めちぎる反応に対して、謙虚に返していく。
「これで、依頼の品や売れる物は最後です。皮をしまったらもう何セットか行きますよ」
「今度は少年! 俺の代わりに前に出て、魔狼の相手をしてみないか? その顔つき、もう行けそうなのだろう?」
さあ、出発だという時に、ジャガンは、隊列を変える提案をしてきた。急に変えると大きく影響がでそうな物だが、この状況は事前に織り込み済みだったので問題はない。
「そうだな……、確かに、少なくとも勝つ自信はあるし、仕事としても上手くやれると思う」
あくまでも彼らに取っては、魔狼を倒すことが目的なのではなく、その素材を売ることが目的なのだ。倒す事は前提条件の一つに入っていた。
「よし、それなら安心だ! 後ろは俺が見るから、彼には前に出て貰う! みんな、問題無いな?」
全員が頷いたため、ジャガンは少年と位置を入れ換える、
「誘った僕としても、君がどれだけ強いのか気になるところだからね。期待してるよ」
リークがちょっとした顔芸を見せながら言ってくる。
「そうか、それに答えられるように頑張る。それと、合図……は俺がするってことで良いんだよな? ……分かった。じゃあ、進もう」
じわりじわり。獲物の住む大きな森を、彼らは再度歩き始める。その動きはまるで、無音を持って近寄り、相手を絞め殺す蛇のようだった。
「…………」
(凄いものが見れそうです……)
ポーターとして、前を歩く仲間の足跡を見たり、植物の見極めを行ってきたことによって、鍛え抜かれたモンスの見る目。
その目には、少年のただ歩く姿が、絶対的な物として映っていた。




