第11話 街と情報
耳を澄まさなくても雑音が聞こえる。
人が、触れあう程に多く歩いている。
まるで違う世界。それを目の前にした少年は、ここまで歩き続けたその足ですら止めてしまった。
「これが……街」
三日間の旅を経て、ついにたどり着いた最初の街。具体的にここですることは無いが、精神的な目的地としては少年にピッタリだった。
「お前さんは行かんのかい……、じゃあ先に行くぞぉ」
圧巻して立ち止まっていると、邪魔だと言うように、後ろから追い抜かされてしまった。
(しっかり……しないとな)
少年は、街の入り口である、木の塀の区切れを進む。
(まずは……酒場? だっけか。そこで色々聞かなきゃだよな)
ここに来るまでに、親切な村の人が少年に教えてくれていた。知りたいことがあるならば、酒を奢れば教えてくれると。
自分が、常識を知らないことを自覚している少年は、素直に助言通りしてみる積もりだった。
しかし、少年は、それ以前に酒場の場所も分からない。路上で雑貨売りをしている老婆に聞いてみることにした。
「すみません、酒場ってのは何処にありますか?」
「おやおや、敬語なんてけったいな! そんなのワシに使うもんじゃないよ!」
少女から教わったお願いする時の口調を使ってみたが、失敗したようだ。
「そうか。じゃあ、酒場は何処にあるんだ?」
「言い直せば良いってもんじゃないよ……。まあいいさ、この道を真っ直ぐ行って、煩い声や音楽が聞こえてくりゃそこが酒場さっ。さっ、教えてやったんだ! なんか買っていきな」
「うっ」
少年は、この程度で、と思うと同時に、酒場でも酒の代わりに情報を教えて貰うのだ。雑貨屋なら雑貨をこの老婆に買う代わりに情報を貰うのが道理。しかも雑貨はこちらが貰える。ならば納得するしかない。
「なんだい? 若いってのに金を惜しむのかい?」
「旅をしててな、貯金を減らしたくなくてね」
幼少期から貯め続けたお金は農村にしては多くあるが、西への長い旅を考えると心許ない。出来る限り節約するつもりだった。
「んなもん、その場その場で仕事して稼ぎなさんな! ほらっ、旅をしてるならこれなんかどうだい?」
そう言って老婆は、5センチ程度の幾つか穴の空いた笛のような物を少年に見せる。
「使い道は見たまんまさ、だけど、ちょっぴり優れものでね。塞ぐ穴によって、熊、狼、猪。こいつらを遠ざけるんだ」
音を出しさえしないが、実際に指で押さえながら説明してくる。
「便利だな。それで、いくら何だ?」
少年としては、それらの動物をそこまで不安視していなかったが、緊急時や複数人で追い込む時に使えるだろうと思って、購入することにした。
「銅貨5枚。一食分の値段だね! 安いもんだろ」
思いの外、安いことに驚く少年。
「じゃあこれで、情報ありがとう」
肩から掛けて、腰にある革袋から硬貨を取り出し笛と交換する。
「こんなもん情報とは言わないよ! 毎度あり、行った行った」
少年は、それでも助けられたと軽く笑いながら、人混みに紛れていく。
「俺たっちゃ、愉快な狩人っだー! だーけど、きょーはバカ騒ぎ~!」
近くを通っただけで、ここが酒場なのだと分かった。入るのは少し躊躇するものの、止まっていても仕方ない。意を決して、大きな木の扉を引く。
「おぉー! ん?」
鼻腔をくすぐる美味しい香り。それを全て掻き消すように広がる酒の混じった空気。これは酒場と呼ばれるわけだ。少年は一人納得していた。
真ん中は先ほどから歌っている狩人の集団が、右側は複数の団体客が占領していた。唯一空いている左側と言えば……
「うん、あそこにしよう」
目的は違えど、少年のように一人で来ている者がちらほらと座っていた。
「お、お客さんだねー! 注文はなんだい?」
こんな盛況の中でも、店のウェイトレスは少年の姿を見逃さなかった。
「……」
少年のほんの一瞬、ただ疑問の声をあげようとした間ですら、ここの普通の注文スピードよりも遅いらしく……
「ん? どうしたん……あ、見ない顔。そういうことかー! ごめんね」
勝手に疑問を持たれ、勝手に解決してくれた。
「うち、夜は色々やってるけど、昼は塩漬けの肉か川魚のセットだけなのさ。ま、ささっと食って帰る奴が多いからね」
少年はちょっとした疑問が浮かんだので、視線を右側に向ける。
「アイツらは例外さ。大物を狩ったらしく、昨晩からずっと飲んでるんだよ。ま、酒を出してるのはこっちなんだけどね。それで肉か魚、どうするんだい?」
少し迷うも、これまで肉の方が食べる機会が少なかったなと思い、すぐに結論は出た。
「肉の方で頼む」
「あいよ、銅貨6枚さ。……よし! 少し待ってな」
そうして、厨房に向かうウェイトレス。肉一つ! 歌に負けない大きな声が聞こえてくる。
「さて……誰にするか」
目論見は外れて、しっかりと酒を飲んでいるのは狩人だけのようだし、その狩人はまともに応答できる様子じゃない。
それでも、折角来たんだ、誰かしらに話を聞きたい。少年は良さそうな人に目星をつけていく。




