第10話 初日
「さあて、出発か」
夏も終わり、暖かさの無くなった早朝に少年は家を出る。彼の叔父には、昨日の時点で既に別れを告げている。もう、ここですることは無い。
(この道を進んで行けば良いんだよな……)
遥か遠くまで続く、デコボコな道を歩きながら、唯一決まっている最初の目的地までの日程を確認していく。そうは言っても、1日に2~3個の村を越えるという、意味があるのか分からないものなのだが。
(ん? あれは……)
少年の元へ、道から外れたところから、小さな子供のような生物が駆け寄ってくる。
「あれがゴブリンか!!」
少年も小さい頃からよく言い聞かされていた。村の外では、森で迷子になったゴブリンが襲ってくると。
メジャーな生物だけれど、少女の住む森にゴブリンのような魔物はいなかったため、実際には、見たこと無かった。
だが、彼女の操る水人形としては幾度となく戦ってきている。それに加えて、大人ならば余裕を持って勝てるほど弱いのもあり、少年の相手では無い。
「さあ、こいっ!」
少女から貰った、半身に掛かる赤茶のマントを翻し、剣を抜く。半狂乱でこちらに迫ってくるゴブリン相手に構える必要も無く、軽く一振り、剣を凪払っただけで、絶命した。
「ふう……」
少年は一息付き、死体処理の準備を始めた。
カバンから金属でできた小さなビンを取り出し、その中から、粉を何つまみか、ゴブリンの死体に振り掛ける。そして、うっすらと全体に被せるよう水を撒くと……
(おおっ、やっぱすげーな)
小さな煙が出て、ゴブリンの死体のみが溶けていく。
この粉は、とあるキノコを乾燥した物で出来ていて、同じ事をしても、魔物の死体以外には、酸性の反応しか示さない。
それでも、魔物の死体の分解を急速に速めるという特徴があるため、一般的によく使われていた。
有難い事に、骨まで溶かし尽くしてしまうため、角や毛皮など、有用な素材がある場合は、事前に取り除く必要はあるのだが。
「そろそろ……いいか」
溶けるのを見送った後、少年はまた足を進め始めた。
その後、何かに襲われる事も無く、今日の宿泊予定地である、故郷を出てから3つ目の村についた。
少年は、軽い謝礼を払って納屋を借りた。その中に広げた布の上で、体を揉む。
(さすがに……歩きすぎたか?)
朝早くから夜の始まりまで、休憩を除いても、10時間以上は歩いた少年。幾つかの荷物を背負っているのもあって、様々な疲労が貯まっていた。
(アイツも言ってたけど、こりゃ8時間を目処にしとくか……)
少年は、少女との事前の話し合いで、季節や天候なども考慮した、1日に進むべき距離についても決めていた。それによると、今日進んだ距離の、半分も進めば十分間に合う計算である。
ならば、ここまで疲れて無理をする必要は無いと、少年は事前の決めた通りに行くことにした。
簡単な支度を終えた少年は目を閉じる。すると、今日歩いた道や村の景色が浮かぶ。
(なーんも、変わりなかった)
外は物珍しい事で溢れているかなと、うっすらと期待していた昨日。それを裏切った、故郷と何も変わらない今日の景色。
(強いて言うならゴブリンだけど……、あれも色が違うだけで滝の裏で見たまんまだしな……)
浮かんできた景色も、これでは詰まらない。あっさりと消えていく。そして次の瞬間には、少年の意識は闇に落ちていた。
「早く……街…………」




